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転生観測記  作者: スッタ
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3/8

1.2:蚊

「生きてるな」

先輩の言葉は妙に頭に残った。

未来は何になるのかも、この生き物の寿命すらも分からない。

でも今は生きている。それだけだった。


それからしばらく、俺は水の世界に慣れていった。尻で呼吸することにも、浮くことにも沈むことにも。慣れたくはなかったが、慣れた。

気付けば体も大きくなり、泳ぎやすくなっていた。

「俺、でかくなってないか?」

「たぶん」

「お前も?」

「たぶん」

相変わらずだった。

ある日、雨が降った。

人間だった頃なら何とも思わないが、今は違う。世界が壊れる、本気でそう思った。

巨大な水の塊が空から「どごん」と落ちてきて、水面が爆発する。流され、回り、沈み、浮く。

「うわああああああ!?」

ただただ必死になった。


やっと雨が止み、静寂が戻る。俺はへろへろだった。

「死ぬかと思った……」

「死ななかったな」

「お前は余裕だったのか?」

「怖かった」

「怖かったのかよ」

「めちゃくちゃ怖かった。死ぬかと思った」

それならもっと慌てろよ、と思ったが言わなかった。


夕方、水越しに見る夕焼けは、不思議なくらい綺麗だった。

「なあ、赤いな」

「赤いな」

「なんで赤いんだろうな」

先輩は珍しく少し考えてから言った。

「燃えてる」

「燃えてないだろ」

「じゃあ知らん」

やっぱり適当だった。思わず笑うと、先輩も少し揺れた。たぶん笑ったのだろう。

そんな日々の中、ある日突然、異常な眠気が襲ってきた。腹も減らない。何もしたくない。ただ眠い。

「先輩、眠い」

「俺も」

「病気かな。死ぬかもな」

「嫌なんだけど」

「俺も嫌だ」

二匹で黙り、少しして先輩が言った。

「寝るか」

「寝るしかないか」

「そうだな」

相変わらず結論が雑だった。


体が勝手に丸まっていく。サナギの殻に包まれる感覚は、怖いのに、どこか暖かく不思議と安心した。何も考えなくていい。

(ああ……気持ちいいな……)

意識が深く、沈んでいく。

どれくらい眠ったのだろう。

気付いた時、俺は水面のすぐ下に浮かんでいた。

体が変だ。軽いなんてもんじゃない。何かが増えている。知らない感覚、知らない体。

そしてどうしようもなく、水面の向こうへ、もっと上へ行きたいと体が叫んでいた。


「先輩」

呼んでも返事はない。周囲には同じような形が浮かんでいる。皆、眠っているみたいに静かだった。

少しだけ不安になる。でも同時に、楽しみでもあった。

生まれてからずっと何かに向かって進んできた、その終点がもうすぐそこにある予感がした。


水面へ向かう。光が近づき、揺れ、眩しくなる。

そして、触れた。


その瞬間、背中が「ぱきり」と割れた。

(うわっ!?)

俺の中から、新しい俺が出てくる。意味が分からなかったが、それは息をのむほど綺麗だった。

細い足、透明な羽、朝日に光る体。水面の上に立ちながら、俺は見とれていた。

前世では知らなかった。生き物はこんな風に変わる。こんな風に生まれ直すんだ。


やがて羽が乾き、本能が囁いた。

――飛べ。

ただ一言、そう命じられた気がした。


俺は羽を動かした。

ぶん、と体が浮く。

ぶん、と少し上がる。

そしてもう一度、ぶわっと羽ばたいた瞬間、世界が足元から離れた。


「うわぁぁぁぁぁっ!?」


飛んだ。本当に飛んだ。

空だ。空を飛んでいる。地面が遠い。水面が小さい。

頬を撫でる風が、信じられないほど気持ちよかった。

自由だった。

あまりにも、自由だった。

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