踊れ
高等部を燈くんと散歩していたら、同じく散歩中(仕事サボり中?)のじいちゃんに会った。
「あれ?二人とも授業は?」
じいちゃんにそう聞かれてギクッとする。
「午後はちゃんと受けます」
燈くんはいつもの笑顔でそう言った。
「そうか。ちゃんと授業に出て二人ともえらいね」
じいちゃんそう言われて胸がちくっとした。
本当に偉い子は午前も授業に出るのです。
ごめんなさい。
じいちゃんは特に怒る様子もなく、太い柱が並ぶ西洋風でゴージャスな廊下の向こうへ歩いて行く。
僕はその後ろを勝手についていき、燈くんもすぐに僕の隣に並ぶ。
しばらく歩いた先でじいちゃんが急に立ち止まり、僕はじいちゃんの背中に激突する。
じいちゃんの背中越しに、デカくて重そうな扉が目の前にそびえたっているのが分かった。
ただの扉じゃない。観音開きで取っ手が金ピカで、近くで見ると扉の装飾がすごく繊細に施されている。
「ねーねー。この扉はいつも鍵がかかってるよ。何があるのー?」
僕がじいちゃんの裾を引っ張りながらそう聞くと、じいちゃんは僕を見てニッコリと笑い、ポケットから鍵を取り出した。
「ここはね、大人の仲間入りするための場所なんだよ」
じいちゃんはそう言って鍵穴に鍵を差し込む。
じいちゃんが鍵を回す時、ガッシャン!!って大きな音が鳴った。
そして重い扉を押す。僕らはじいちゃんが扉を押すやいなや、その中を覗くように食い気味に見た。
広くて、天井が高い。電気はついてないのに、太陽の光が差し込んで明るくキラキラしてる。
どこを見ても、宝石箱みたいに輝いてる。天井に大きなシャンデリアがたくさん吊るされてて、真ん中のシャンデリアは他のものと比べて圧倒的に大きくて、特段目を引く1等星だ。
床のタイルが光に照らされて反射してる。吹き抜けになっていて開放感が半端ない。何階分の高さなのだろう。
会場の奥や壁際に沿ってある二階への階段。あそこから下を見下ろせば、どれだけ高貴な気分になれるだろう。きっとそこから会場を見渡して、好きなあの人を見つけて、こっそり見つめ続けるために作られたんだ。
太くて大きな柱がいくつもあって、これでかくれんぼもできちゃいそう。柱の影に隠れれば嫌いなあいつからのダンスの誘いを避けることができるかもしれない。逆に他の人の視線を切ってくれるから、こっそり堆紀とイチャイチャできるかも〜。
きっと壁にもたれながら外のテラスの方を暇そうに見ていたら、燈くんがダンスのお誘いをしてくれるに違いない……!
「素敵だー!!何ここーー!!」
僕がこの広いピカピカの床を走り回り、中央で寝そべると、燈くんも僕の隣で腰を下ろした。
「ここは舞踏会会場だよ」
じいちゃんは僕らの後をゆっくりいつものペースで歩きながらそう言った。
「高等部生は体育の授業でワルツを踊るのが必修科目でね、来月ここで舞踏会が行われるんだよ」
じいちゃんはそう言いながら携帯を操作して数秒後、シャンデリが一斉に明るく輝く。
光をともしたシャンデリアは宝石みたいにキラキラして、床のタイルはより一層に輝いた。
「テストも兼ねていてね。相手の足を踏んだらマイナス50点」
それがじいちゃんの冗談なのか僕には判断がつかない。
もう一回踏んだら赤点じゃん。緊張でカチコチになっちゃうよ。
「ちなみにダンスは誰とでも踊っていいけど、ファーストダンスは好きな人と踊れば、その二人は結ばれる、なんてジンクスがあってね」
「僕堆紀に誘われてない!!」
「おや、残念。毎年舞踏会前はカップルが成立しやすくて、みんな浮き足立ってるよ。永遠も告白する勇気がなければ、こういうイベントに当てられたふりをして、ダメ元でもアタックしてみるといいよ」
「僕には勇気があるよ!誘ってみる!」
「ドレスコードがあるから、ドレスでもタキシードでも、買ってもらうんだよ?」
「白パパと白ママに今日お願いしてみる!」
僕がそう言うと、燈くんが、「来年まで我慢しないの?」と、聞いてくる。「今からタキシード買っても、来年には着れなくなっちゃうかもしれないよ」
確かにそうだ。身長が伸びればの話だが。いや、希望を捨てちゃいけないのかもしれん!
僕は高等部生じゃないし、ワルツも踊れない。
でも来年なんてないかもしれない。
「僕ドレス着たい!!来年タキシードを着るよ!」
体育館以上の広さと、恋が始まって人生が動き出す舞台のような舞踏会会場を見てから、僕の心はそれ一色になった。
午後の授業で嵐くんがこの間の試験で100点を取って先生にカンニングしたんだろうと疑われ怒られてる時も、誠くんが嵐くんの無実を主張して泣いてる時も、僕の心には華やかな舞踏会があった。
結局、嵐くんは幽霊に答えを教えてもらいカンニングしていたようだ。僕にとっては幽霊ってわかるようでわからない存在だ。それがカンニングかどうかわからないけど、それが毎回できるならそれもお前の実力じゃねって思う。だけど嵐くんの彼女の真里亞ちゃんはそうは思わないみたいだった。授業後、噂を聞きつけた真里亞ちゃんは嵐くんを教室の前の廊下で問い詰めてた。
「バカ!!私はバカな嵐は好きだけど、ずるい嵐は嫌い!!」
と言いながら真里亞ちゃんは嵐くんをビンタした。
それが廊下で盛大に鳴り響いて、その現場を見た僕と誠くんと雅は何故か自分の頬に手を添えた。
なんか自分が悪いことした気分になった。
嵐くんの受けた傷は僕の傷なんでしょうね。
真里亞ちゃんはぶった後、涙を流しながら廊下の向こうに走り去って行った。
僕らは打たれて放心してる嵐くんに何て声をかけていいのかわからなかった。
その沈黙を燈くんが打ち破った。
「嵐カンニングしたってほんとー?」
背中をさすりながら燈くんが嵐くんに軽い雰囲気で聞く。
「はい……。東大現役合格目指してたした天才に聞きながら問題を解きました……」
確かにあのテストの時、やけにブツブツ言ってたような、「なんでぇ?」「こう書けばいいん?」「これであってるー?」みたいな。
先生もそんな嵐くんを不審に思ったようで、ずっと嵐くんだけを見て、嵐くんの真横で嵐くんだけの試験官になってたけど、イヤホンつけてるとかカンニングしてる証拠がなくて、でも嵐くんは幽霊が見えるんだっていう噂とマジで100点取りやがったという事実とで、職員室をざわつかせたという。
バカだなー。もっと上手くやれよ。
「テストで良い点取るより難しいことがあるよ」
燈くんはそんな嵐くんを責め立てるような顔を一切してなかった。僕と違って。
「相手を尊重してあげること、危害を加えないこと、誠実であること、善人であること、正義の心を持ち続けること」
そう言われる嵐くんの顔は、今にも泣きそうだった。
まるで心が洗われて、自分を恥ずかしいと思うような、こんなに綺麗になっていいのかと思うほど、浄化されていった。
僕の心も。
「ごめんなざいーーーーー!!もうしないーーーーーーーー!!!」
嵐くんは大粒の涙でわんわんと泣いていた。
燈くんはそんな嵐くんを抱きしめてた。
僕も泣いた。僕、何も分かってなかった。
カンニングはしていけないからしないんじゃない。
自分に、人に、誠実で生きないといけないからしちゃいけなかったんだ。
ダメなことをした後に蔑むことは誰にでもできる。
それは危害を加えてるのと一緒だ。こうして正しく導くような、正しいとされる在り方を示すことが必要なんだ。そのためには本当の正しさを常に持ち続けないといけないんだ。
燈くんにはそれがある。自律尊重、無危害、善行、正義、全てを体現してる燈くんの言葉だから、僕の心に響くんだ。
燈くんはやっぱり良い先生になるよ。僕は燈先生と恋がしたかった。
「僕もしないよーーーーー!」
そんなことがあり、帰った後、今日あったことを晩御飯の時にみんなに言った。白パパと白ママと白と堆紀と思水にだよ。みんななんとも言えない表情になってた。ついでに、ドレスを買って欲しいと頼んでみた。
「ドレスは女の子が着るものなんだよ」
白パパにそう言われたら、もう買ってもらう術がない。
ショボーン……。
「ドレスじゃないと堆紀と一緒に踊れないよ」
「誰が女装してる弟と踊るか!」
「買ってくれたらいい子でいるから」
「いい子って何だよ!」
「カンニングしないよ」
「あたりめーだ!!」
堆紀も説得できないし、これじゃあどうしようもない。
「しょうがないな。奥の手を使うか……」
僕は仕方ないと諦めつつ、大好きなエビフライに箸を伸ばす。
隣にいる堆紀さんが僕のエビフライを横取りするように箸で摘んだ。
「僕のエビフライーーー!!」
泣いちゃうよ!
「なんだよ奥の手って!!」
堆紀は僕の涙を吹き飛ばす剣幕でそう言った。
顔こわー。
「秘密だよ。ドレスを買ってもらえず、舞踏会に参加できない僕は誰にも真似できない僕だけの魔法でなんとかしちゃうの。だって僕なんでもできるからね!!」
僕がそう言うとエビフライが堆紀の口に近づいていく。
「いやあーーーーーー!!待って!!ヒーーーー!!!」
僕の叫び声をエビフライが塞ぐ。
えへ。
幸せ。
思水がエビフライを僕にくれた。
僕のエビフライは堆紀に奪われた。ムシャムシャと咀嚼してる。
うん。うまい。世界一美味い!!
「そういうわけなんで、僕は思水を乗っ取って舞踏会に行くの!」
僕がそう言うとみんな、それならいっかと思ったのか薄い反応だった。
「だから舞踏会の日は思水が僕を乗っ取っていいよ。体の交換っこだよ!」
「永遠になれたら、俺は永遠みたいにできるのかな」
思水は箸を止めてそう言った。
真剣そうに目の前の茶碗に盛られた白米を眺めてた。
「俺も視えるかな。未来に行ける?」
思水が未来にいくだと?
行ってどうする。
ネタバレ見ても良い派なの?名作を見て記憶なくしてもう一度見たいって思ったことがあるあなたにはお勧めできませんよ?
だって自分のこれからの人生全て変わっちゃうよ?
ていうか思水にそれができるかな。
それが僕の体である以上可能なのかな?
燈くんは僕になってる時そんなことしてないと思うけど。
僕の体を使って僕の力を使って、知っちゃいけないことを知られちゃうと……。
「駄目だよ!!思水には知らない方が良い未来もあるんです!!」
僕が頭の上で両腕を使って大きいバッテンを作って示すと、白は、「なんだよそれ……良い意味でだよな?」と、聞く。
「悪い意味に決まってんじゃん!」
僕がそう言うと白はぶっきらぼうに、「わかった。もうそれ以上言わなくていいぞ」と、言う。
「人生には永遠なんてない!人には寿命があるんだ!思水は短命だからね!みんな思水を未来に行かせようとしちゃいけないんだよ!!」
僕が慌ててそう言うと堆紀が、「だったらお前は思水と入れ替わり禁止だからな!!」と、怒鳴る。
怖い。
なんか冗談抜きで、本気で、怒ってる。
堆紀の声は僕をビクッとさせる。
僕は心臓に悪い堆紀の怒号が嫌い。
エビフライ泥棒に、ドレスも買ってもらえず、なんか険悪なディナー。
踏んだり蹴ったり?
いいことが一つもない。
運の無さの最高潮?
今日はよくない日だった。
食後にゲームをしてる思水は、いつも通りで、変わり映えのしない思水のままだった。
僕が隣に座って思水の袖を掴むと、思水は、「ハハッ」と笑った。
テレビに映るゲームの画面は笑う要素ゼロだった。
双六だ。思水のゲームの守備範囲は広い。
「そういやうちにもあったんだけどなー。牡丹がピアノの発表会で着てたドレス。もう燃えたか!」
思水はテレビ画面を見ながら、珍しく笑ってそう言った。
いつも能面なのに。
なんかおかしい。
変なスイッチでも押しちゃった?
もしかして短命だって知ってショックだった?
それも言わない方が良かったか……。
僕とお揃いなのに。お揃いって、同じって、仲間がいるって、安心するのに。
「思水は未来に行って何をみたかったの?」
僕が間違えたから、白と堆紀は不機嫌になったんだ。
思水を守りたかったのかな。
「俺が安心したかっただけだよ」
「何をみて安心?」
「お前がいなくなる気がしただけ」
するどーい!!
大正解なんですけど!?
そうなんですよ……僕たち短命仲間。
僕の方が先に死んじゃうかなー。
そうしたら誰が思水を守ってくれるかな。
白パパが1番可愛がってるし、白ママが一番の理解者になってあげてるし、白も堆紀も僕より思水の方を気にかけてるし?
燈くんも大好きな勉強しないで思水と放課後ゲームでよく遊んであげてるし。
みんないるから僕はいらんです?
「ふふふ」
僕が笑うと思水も笑った。
ゲーマーの推理力はナメちゃいけないって今日知りました。
「大丈夫だよ」
僕は思水に寄りかかってそう言った。
「僕はね、きっと何があっても自分を見失わない。狂えないし、手放したりしない。ずっと僕でいられる自信がある。それは、僕が世界との向き合い方を知ってるから」
思水は相変わらず僕と話をする時ゲームをしながらだけど、今はテレビのゲーム画面を見ながら、手は止まってた。
「世界ってのはね、いろんな国があって、この地球上のどこかとか、そんなものを指してるんじゃないよ。世界は、僕が自由に行けるところ、その全てなんだよ」
フーが僕のところにトコトコとやって来て、僕の膝の上に座る。
「それって案外どこにでも行けるような気がするけど、行けないところだってたくさんあるの。お金ないし、飛行機移動は耳が痛くなるし、日本語と英語が通じないところは不安で行けないし、治安が悪いところは嫌だし、自分の足で踏み出せるところじゃないと、そこは自分の世界じゃないの」
フーは欠伸するみたいに息を吸って吐いてた。
「でさ、世界は僕一人で構成されてるわけじゃないんだ。大切な人がいなくなっちゃったり、死んじゃったり、世界の方から自分が取り残されていくことだってある。自分の世界なのに、世界が変わるから自分も変わり続けないといけないの。適応だよ。順応なの!」
僕の頭の上から転落するようにぴーちゃんが落ちて、フーの上に着地した。
「僕の世界には僕が永遠に居続けるんだよ。僕の世界は最初は家の中だけだったけど、白の家ももう僕の家だし、学校は僕の庭みたいなもんだし、燈くんと雅と誠くんの家は最高に居心地がいいし、嵐くんの家はなんか肌に合わないけど」
ぴーちゃんは自分のいる場所に戸惑うようにあたりをキョロキョロと慌てながら見渡してた。
「居場所がある。いっぱい買い物に行って、旅行に行って、勉強して読めない字が無くなってって、絵を描いて、美術館に行って。自分の世界が広くなったよ」
フーが宥めるみたいに優しく揺れる。まるでゆりかごみたいだ。
「牡丹ちゃんに言われたの。思水を家の外に連れてってあげてって。それってゲームはほどほどに世界を広げろって言いたかったんだよね?」
ぴーちゃんは落ち着きを取り戻したみたいで、フーの上でうとうととし始める。
「世界は広がっていくけど、そこには中心があるの。そこが1番落ち着くの。それがベッドなんだ」
ぴーちゃんは寝た。
「人によってはそれがお風呂、こたつ、あなたの腕の中、なんてこともあるかもしれないね!」
フーも寝た。
「世界を守ることはベッドの上の精神状態を良好に保つことが重要とされています」
僕は隠し持ってたメガネをかけた。思水はそれを一瞥した。
「1番安心できるはずのベッドで泣く、眠れない、苦しい、そわそわ、ドキドキは、世界の基盤が崩れる可能性が非常に高いです。危険です」
フーがビクッとして起きた。その振動でぴーちゃんも起きた。
「ここで紹介するのは向精神薬や眠剤ではありません。そちらがあればベッドですやすや眠れるようであればどうぞ皆様精神科へ。そうでない皆様の中に、そんな状況でも負けず屈せず立ち向かえる方もいれば、うまい逃げ道を知ってる方もいます。なんとかなりそうなあなたは自力でなんとかしましょう」
フーはまたすぐに寝たけど、ぴーちゃんは眠れずにぴーぴー鳴いてた。
「そのどれにも当てはまらず、涙枯れ果て、眠れない夜を永遠に過ごし、もがき苦しみ、悲しみも何もかも手放してしまってる方、あなたは世界の中心すら見失ってしまってます。非常に危険です」
ぴーちゃんは思水の方へトコトコと歩いていき、やがてゲーム機を押し除けて思水の手のひらの中で蹲ってた。
「思水の世界の中心は僕の隣かもしれないけど、僕が先に死んじゃっても思水は生き続けないといけないよ」
「そうだよな」
「不安な時にはこちらのフーちゃんを抱いてあげましょう!」
僕の膝の上で静かに座るフーは呼ばれても何の反応もしなかった。
撫でるとふわふわ。とても可愛い。
「世界の中心はこちらのフーちゃんにバトンタッチ!フーちゃんの反応を見て、何もわかってないあなたは世界の全てを知るのです」
「師匠は自由気ままだ。見たってわかんねーだろ」
「そんなことないもん。フーが悲しそうにしてたら自分を俯瞰して見ましょう。怒ってたら歩み寄りましょう。寝てたらスルーしてもいいよ。そうやって世界が壊れそうになってないかチェックしましょう。そのために重要なのはフーを見る習慣をつけることです。フーのわずかな変化も逃さないくらい見ていただくことで、自分の心理状態の把握のみならずフーを可愛がることもでき一石二鳥です」
思水は手渡されたフーとぴーちゃんを手のひらに乗せて不服そうな顔をしてた。
「もしフーがいつもと違ったら、思水は自分じゃなくて、フーを信じてあげて。フーと一緒に白パパと白ママに抱きしめてもらうんだよ」
フーは寝たまま起きないし、ぴーちゃんはいつの間にか泣き止んで静かに眠っていた。
「それが思水が本当の思水になれる方法だよ!」
多分。きっと。だって僕はもう何もしてない。
何もしてなくても、思水はちゃんと世界を見てる。
自分を、僕を、みんなを、ちゃんと見てる。
向き合おうとしてる。
前を向いてる。
僕がコントロールする必要はもうどこにもない。
「簡単でしょ?」
「ああ。それなら出来そう」
思水はもう自分を見失ったりしない。
例えこれからどんなに悲しいことがあったとしても。
「僕らが死ぬ時、そこには家族がいるよ。一人じゃない。僕らはずっとそばにいるよ」
「果てしないな。生きるのって」
ん?
どういう意味だ?
思水は両手にブタを乗せて、ゲームをせず、目線の先もテレビのほうじゃなかった。
目には光がない。つまらなそうに、フーとぴーちゃんを見てる。
こいつ生きることが面倒になってるのかも。
手のかかる子だよ君は!!
短命って聞いたら普通「死ぬまでにケーキホール食いしてやる!!」とか「彼女作る!!」とか「彼女ほしい!!」ってなるもんでしょ!?
致命的に何か枯れてるんだよね、思水って。
君には生命の泉がない!
砂漠!!カラッカラなんだよ!どんな保湿剤でも太刀打ちできない乾燥具合。
絵でも教える?
でも才能なさそうなんだよねー。
牡丹ちゃんちに飾られてた思水作の絵とか、何をモチーフにしたのかわからん黒い影のようだった……。深夜に見たくないランキング1位。思水の作品をこれ以上世に生み出しちゃいけないよ。
思水を語るときゲーム以外の要素ないし。
まあ自殺するほどの元気はないだろうから、しばらく様子見だな。
「思水」
「ん?」
「生き続けることは僕でも起こせない奇跡だ。死んだら僕はもう思水を救ってあげられない。絶対に手放しちゃいけないんだよ」
「おう」
思水は自分の手の上ですやすや寝てるフーとぴーちゃん見たまま手放すこともせず空返事をする。
響かねー。
全然響いてない。
適当も適当。僕の話なんてどうでもよさそう。
「思水」
白パパが思水を呼ぶ。
思水が呼ばれた白パパの方を向く前に白パパが思水を後ろからハグした。
「一緒に寝よ」
「うん」
そうして二人は寝室へ行ったのでした。
いや。いつも一緒に寝てるやん。
よくもまあ毎日白パパと白ママと思水と3人で寝れるよね。
僕だってたまには一人で寝たいと思うよ?
だって堆紀と寝たら蹴落とされるし、白と寝たら休日でも関係なく早起きさせられるし。
僕はお呼びじゃなかった者同士、ぴーちゃんとフーと一緒に思水がつけっぱなしにしてったすごろくゲームをした。
何が楽しいのかわからない。
クソゲーだ。
「おい思水!いつまでゲームしてんだ!!」
何故か僕の方に堆紀の怒号が投げかけられる。
「僕は思水じゃないよ?」
「うわ!!びっくりした!!」
僕は何となく気まずいので思水流にテレビを見つめたまま振り向くことはしなかった。
「思水はどうした!?お前本当は思水だろう!!」
「僕は僕だよ。思水じゃないよ」
「じゃああいつはどこでゲームしてんだよ!!お前は何でゲームしてんだよ!?絵でも描いてろ!」
何を描けばいいんだ。
最後の晩餐的な?今日の晩餐?もう思い出したくないよ。
僕にはテストで100点取るより難しい、相手を尊重してあげること、危害を加えないこと、誠実であること、善人であること、正義の心を持ち続けることの少しだって出来ない、ひどい子だったんです。
そりゃお母さんもお父さんも僕に会いたくないよね。
ちょーウケる。
「じゃあ果てしない人生の絵でも描くよ」
僕はコントローラーを置いて、スケッチブックを手に取る。
果てしない人生ってなんだ。
果てしないな、生きるのって。
それって良い意味で言ったのかな。
僕は悪い意味と取ったけど。
「果てしない人生ってなんだよ?」
堆紀は濡れた髪で僕の隣に座った。
頭乾かしてきなさい。風邪ひきますよ。
「ポジティブにとらえると、やろうと思えば出来ないことなんてない!いくらでも挑戦してどこまでも高みを目指そう!ネガティブにとらえると、生きること飽きちゃってます。そのうち来る終わりを待ってまーす。って感じかな」
僕が鉛筆でシャッシャッ、と音を立てて描いているのを、堆紀は眺めながら髪をタオルで適当に拭いてた。その濡れた前髪の揺れる様を、僕は描きたいと思った。
「思水は前者ではないけど、そんなつまんねーやつでもないだろ」
堆紀は僕の心中なんぞ知る由もなく、そう言う。
確かに思水はいつだって愉快だ。
僕ははちみつが大好きだ。瓶1つ1日、いや、3時のおやつの時間にペロッと食べてしまう。
おいしいから。
そういうことで瓶は瓶でも小さくきれいな小瓶を白ママが買ってきた。「はちみつはこの小瓶に1日1本だけよ。」そう言われた時の僕の絶望を想像してほしい。それだけかよ、って。
まあ人様の家のはちみつですしね。僕もさすがに我を押し通すだけの子供じゃないんですよ。
その小瓶もだいぶ使って、そろそろ新しい小瓶をと、白パパが出張先でお土産として買ってきてくれました。早速洗って、いざはちみつを入れます。
でも前の小瓶に入ってるやつがもったいないから、古い小瓶から新しい小瓶に移し替えるのです。
小瓶同士の口は同じ大きさで、口を合わせた状態で古い小瓶を上に、新しい小瓶を下にして、すべて新しい小瓶に流れ落ちるまで待っていたのです。
そして僕は飽きてそれを思水に託し、思水はその両の小瓶を手にしたまま、椅子に腰かけたのです。
するとなんということでしょう。
同じ大きさの口の小瓶だったはずなのに、座った時の衝撃か反動か時空の歪みで、古い小瓶の口は新しい小瓶の口にすっぽりはまってしまったのです。
思水はそうなってしまい、一生懸命引き抜こうとしたそうです。
誰にも言わず、とりあえず力いっぱい両の小瓶を引き離そうと頑張ったんです。
でも無理でした。
どれだけ引っ張っても2つの小瓶は1つの新しい小瓶になってしまったんです。
今でははちみつ型の砂時計として、白の家のリビングのテーブルに飾ることとなってしまいました。
以上です。
「そのうちやりたいことでも見つけたら、ポジティブに生きるだろ」
堆紀は髪を拭き終えたタオルを、肩にかけながらそう言った。
やりたいこと……?ゲーム以外に……想像できん。
「思水に生きがいなんてできるのかな」
「できるだろ。お前にだってできるよ」
「僕にはもう絵があるよ」
「もっと楽しいことがあるよ」
「なんじゃそりゃあ!」
「この世界には全てがある。お前らが自分の世界に引きこもってるだけ」
「思水だけじゃなくて僕もかよ!」
「そうだよ。この間VRゴーグルつけてゲームの世界とリアルの世界を同時に歩いてきた。あれ超面白かった。ものに触れても感触はないけど、動かせて、本物じゃない夜空が本物よりきれいでだった。バイトでランウェイ歩いたんだけど、行き過ぎて客席に落ちて、たまたま一番前に座ってた父さんに助けられたわ。マジで緊張で集中力切れてた。もっと……どんな状況だって自分をコントロールできるようにしないとダメだった。この間社長に連れてってもらったメシが全然旨くなかった。高くて、みんなうまいって言うけど、俺はその日思水に作ってもらうはずだったあり余りで作る野菜炒めが食べたくてしょうがなかったよ。この双六みたいに、俺の人生は平凡なことの繰り返しだけど、大きな舞台の上に立ったり、家を離れるとお前らを思い出すよ。きっと今頃俺の気も知らないで馬鹿笑いしてんだろーなって。これは俺が選んだ道で、俺がしたいことなのに、帰りたくなる」
「僕らが大好きなんだ!」
「だからいつか連れてってやろうと思って」
「VRゴーグルに?ランウェイに?高くてまずい飯屋に?」
「お前らの知らない世界に」
そうして世界が広がることは、いいことなはずだ。
堆紀にとっても、思水にとっても。
僕は……。
「僕はいいや。時間の無駄だ!そんなことしてる暇があるなら絵を描くよ」
「お前のキャンパスの中の世界は綺麗だけど、面白くない」
面白くない。
おもしろくない?
綺麗なだけ?
それってなんか……。
「カッチーン!!」
「何の音だ」
「紅葉にも言われたよ!!僕は美人だと!!」
「よかったな」
「面白くないなら意味ないじゃん!!僕の思いが届かないなら意味ないじゃん!!思水のゲームと同じじゃん!!自己満足じゃん!!生きてた証にならないじゃん!!こんなの何の価値もないじゃん!!」
僕は手に持ってたスケッチブックと鉛筆を床にたたきつけてた。
鉛筆が割れて、床の上をコロコロと転がっていった。
「とか怒ってみたりしてー」
「何がしたいんだよお前」
「心が暇なのかも」
「退屈しのぎにキレんな」
マジで何のために生きてるんだろうね。
今が楽しければいいのか。
充実してればいいのか。
面白おかしく生きていればいいのか。
死ぬてわかると、急にすべてが退屈に感じる。
どうでもよくなる。
何をしたって意味をなさない。
そう思えば確かに、人生は果てしない。
「僕……思水に謝ります……」
「いらねーだろ」
「傷ついたかもしれないよ?」
「あいつがそんな感情理解できるわけないだろ」
そんなに馬鹿じゃないと思うけどなー。
だってゲームに係るすべてのスキルを獲得してるっぽいし。
「あいつはお前と違ってプライドがない、自我も薄いし、自己主張もない。死ぬ前に何かしようとか、何かを残したいとか、本能さえあるのか疑わしい。お前はめちゃくちゃだけど人間としては真っ当だ。思水はそういう意味で終わってる」
ひどい言われようだ。堆紀の思水への評価はまるで人間以下じゃないか。
堆紀はコントローラーを握り、双六を始めた。
「そういう意味の分からないやつから淘汰されていくから、守らないといけないと思ってたけど……」
テレビ画面を見ている堆紀を見てると、思水みたいだと思った。
「本当に短命なのなら……死ぬまでに書けるようになってもらいたいものだな。自分の名前くらい」
堆紀はお兄ちゃんだ。思水を守ってくれる。
「まったく。手のかかる弟だね。でもそこもかわいい」
僕がそう言うと、堆紀は「あぁ。ずっと生きていてほしい」って、静かに言った。




