じいちゃんの秘密兵器誕生
堆紀は進路希望要旨の紙を眺めてた。
堆紀は白の家のリビングのダイニングテーブルに着いて、その紙を乱暴に置いて、肘をついて大きなため息をした。
僕は堆紀が大人になった姿を想像した。
きっとモデルや役者は適当なところでやめてくれる。僕と遊びたくなるに違いない。
そんで燈くんと同じ学校の先生とかやったら良いんじゃないかな。
生徒や教師を頭突きしたり手が出そうになったり、教育委員会の人やPTAと大いに揉めても構わない。
きっとじっとは生きていけないだろうな。
堆紀はあつい人だから。
そんで弱ってるところに付け込んで僕が沢山優しくしてあげるんだ。
そしたら堆紀は僕のもの!
ハッピーエンドだ!
でもなんか普通すぎるな。
平凡な人生じゃない?
もっとハラハラドキドキのアクションライフが観たいなぁ。
例えば……新たな敵、現る。
一難さってまた一難。
アーティファクトが無い能力者は短命で、牡丹ちゃんは死んじゃったけど、なんとかなって、僕らみたいな人はもう1人もいなくなる。
みんな長く、楽しく生きていける世界が来る。
そんな夢の希望ある明日がくる。
でもその平穏な時に奴らは現れた。
アーティファクトを自在に操り暦学校のアーティファクトを狙う新たな組織X。
彼らからアーティファクトを守り、能力の存在を秘匿し続けるために戦う戦士たち。
彼らに待ち受けるのは希望か、はたまた絶望か。
「乞うご期待!」
「うるせーな。黙れ」
僕が神様にプレゼンしてたら、いつの間にか声に出てたみたい。
堆紀に怒られちゃった。
僕はしょんぼりしながら堆紀の膝の上に座り落ち込む。
堆紀はそんな僕の頭に手を乗せて撫でてくれた。
僕がしょんぼりすると慰めてくれるようになった。
えへへ。
「堆紀は何に成りたいの?なんて書くの?僕が描いてあげようか」
「俺の進路をか?お前は俺の何を知ってるんだ」
「任せて!堆紀の武器はもちろん素手!それと頭突き!コンクリの地面だって叩き割るその力でみんなを守ってくれるんだ!」
「俺は格闘家になってるのか?」
『月華煌めく闇夜に現る、魂を揺さぶるイケメンに目を奪われたが最後、力はあるがままに振るわれ、アーティファクトはあるべきところに帰るだろう……』
僕がそう言うと、堆紀は驚いた顔をしてテーブルについてた肘を離し、僕の両肩を掴んだ。
「今の何」
僕の声に、僕自身に、そう問く。
僕もちょっと驚いた。
え、今言ったの本当に僕だった?
みたいな驚き。
まあそんなこともあるか。
「もっとアバンギャルドになっちゃってもいいよ」
僕がそう言うと堆紀はいつも通りの苛立ちをあらわにした顔に戻った。
「だから……未来視か予言か知らねえけど!時と場所を考えて発言しろって言ってんだろ!?なんだよその意味わかんねー不穏な発言は!?」
おっと。
これは予言でも牡丹ちゃんが見た未来でもなくて、本当になんでもない僕の妄想なんだけど、僕の不用意な発言で不安にさせてしまったみたいじゃないか。
ダメだよね。こういうのしてたらオオカミ少年になっちゃうよね。
「うっそーん」
「ふざけんなお前面白おかしな世界じゃないと生きていけない馬鹿餓鬼が!良いんだよ普通で!お前少しは大人になってみろ!?お父さんが地面割って帰ってくる家に生まれたいと思うのかよ!」
「働くお父さん憧れるー!」
「いやお前の父さんだって働いてるじゃん。しかも単身赴任で外国に」
「知らんけど。わくわく」
「頼むから平凡な未来を見せてくれ」
「平凡はつまらんじゃない?」
「お前がいればつまらなくないから大丈夫」
まじか。
僕、堆紀とずっと一緒にはいれない。
やっぱ僕の代わりに面白い世界を神様が作ってくれないとダメなんだ。
堆紀の人生が最強にドッキドキでワンダフルになったらいいな。
「じゃあ僕が戦う最強のお父さん図を代わりに描いてあげるね」
僕がそう言って堆紀の進路希望用紙に向き合って描こうとしたら、堆紀に口と鼻を塞がれる。
僕は数秒我慢してたが、息が苦しくなって懸命にもがくと堆紀は手を離してくれた。
僕はプハっと息をいっぱいに吸った。
窒息死させられそうになった。
「僕殺されるなら心臓を鷲掴みにしてほしいかも!」
「俺の手に心臓まで貫通させる鋭利さは無いんだけどな?」
「何が気に食わないの?あ、他になりたいものでもあるの?」
「何もない」
「じゃあ戦うお父さんでも良いじゃん」
「それ以外ならなんでもいい」
難しいなぁ。
堆紀の要望も取り入れつつ、実現可能な未来にしないといけないのか。
「じゃあ小説家のお父さんは?」
「お父さんはなんだよ。なんでお父さん限定なの?お前のお父さんなの?」
「うん。僕のお父さん小説家なんだよ!って言ってみたい!堆紀いつも本読んでるじゃん。良いじゃん!戦うお父さんとどっちでもいいよ」
「別に俺は読む専門で自分で書いたりしないけど」
「小説は人生だよ!自分が見つけたこの世の発見でも、自分の中にある特別な世界でも、文字に起こして誰かと共有したら、自分の世界が広がるよ!」
「俺には伝えたい言葉も世界もない」
「あるよ!」
堆紀は遠い目をした。
本当にないみたい。
あれ、物語の一つもないの?
僕だって絵を描く時、いつもいろんな空想や妄想や伝えたい言葉が沢山出てくるのに。
「才能ないのかなー」
「お前が残念そうにするな!ムカつくから!」
「事実なんでしょー」
「そうだな……。夏目漱石の草枕にこうある。
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹されば流される。意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。
他にもいろんな小説家のいろんな言葉が今でも頭に残ってる。俺が今までの人生に抱いた感情も思いも、大抵のすべてが今までの偉人が残した小説に書いてある。状況や立場を超えて、時代を経ても人に立ちはだかる壁はどこか似ていて、言葉や言い方を変えてもみんな同じところでつまづいたり、恋したり、笑って泣いて、生きている。俺と同じ悩みを持つ人間を、俺は小説の中に何人もみた。以下同文くらいしか、俺の足せる言葉はない」
せっかく読書家なんだから生かせば良いのに。
「日記から始めなされよ」
「はー……?」
「交換日記だよ!燈くんに文章力をチェックしてもらうんだ!言葉はある!堆紀だけの中にある言葉!他の作家とは違う魂、違う着眼点で、違う人生を生きてる。似てるところを見つけるように、違うところだって絶対にある!堆紀だけの言葉を知りたい!だから交換日記がかけるお父さんになってよ!」
「どんなお父さんだよ!?いらないだろその能力!」
「燈くんは字が上手なんだよ!いろんなことたくさん知ってるよ!きっと楽しいよ!今からノート買いに行こ!」
「めんどくせーな。ちらしの裏でいいだろ」
「可愛くなーい。デパートでアイス買ってあげるから!」
「それを払うのは俺だろうが!!」
「僕にだってお金はあるもん。ちょっと最近財布見てないけど」
「あるんだろうなそれ!お前の金じゃなくて父さんの金だろ!」
そう言えば僕は家の垣根を超えて白パパにお小遣いを貰ってるんだな。
どういう理屈でそうなるんだろうね。
意味が分からないよ。
この日はちょうど家に帰ってきた白ママと、堆紀と3人でデパートに行って、可愛いノートを買って貰って、アイスもケーキも食べて大満足で帰った。
交換日記の表紙には僕がブーたちを可愛く描いた。
完璧な構図、みんながぎゅっと集まってて可愛いと思ったのも束の間。
目を離した隙に、みんな勝手に動き出して表紙からいなくなって、好きなページでくつろいでたり、裏表紙で表紙の真似事をしてた。
勝手に動くな。
平面になっても自由なブタたちだ。
僕の言うことなんて死んでも聞かない。
最初のページを書いた堆紀は、無言で燈くんに渡し、全てを悟った燈くんがいろんな面白いことを書いてくれた。思水は字が汚くて、漢字が無くて読みやすい。
白はその日あったことを書いてたり、僕への教育方針に対する悩みを赤裸々に綴ってた。
交換日記は燈くんと堆紀と思水と白の4人で回していた。
僕は字を書くのは苦手だから、たまに絵を描いて、みんなが馬鹿みたいなこと(にーやんとるいねーやんがてをつないでいっしょにかえってくのをもくげき、おれはとわとてをつないでかえった)書いてたり、告げ口みたいなこと(朝起きたらまた永遠になってたよ。白兄と一緒に寝てた。たまに永遠と中身が入れ替わってるのは何でだろう?あの映画を一緒に見てから入れ替わりが始まった気がする…)(思水の鞄の中漁ったら3点のテストが入ってた。バカが、勉強しろ)書いてたりするのを、勝手に読んで声を出して笑った。
数日後。
思水はテレビから少し離れたソファでゲームのコントローラーを握っていた。
珍しく真剣そうにテレビ画面を見つめながらボタンを連打しているが、堆紀はそんな思水の前を通りソファに座る。
一瞬テレビが見え無くなるのなんて思水はまるで気にしない。
「思水、お前これなんて書いてんだよ?」
堆紀は人が真剣にゲームしてるのもお構いなしに、昨日思水が書いたであろう交換日記のページを見せながらそう聞くと、思水は残念そうな顔をして堆紀を見る。
「朱に染まれば赤くなるって言うけど、やっぱチビといたら読書家の堆紀兄も文字が読めなくなるんだなぁ」
「ナメんな!!読めるわ!!お前の字が汚すぎて読めないんだよ!!」
「これはね……読めねーな」
「なんで書いた本人も読めないんだよ!!」
「字汚すぎるだろ。こんなん読めるか」
「どんだけ急いで書いたらこうなるわけ」
「別に急いで無いけど。殴り書きと勘違いするなよ」
「ああごめん」
「俺はちゃんとベッドで寝転がりながらみんなのページを読んで感じた思いのままに書いたはず。俺の前の人の日記を読めばその時と同じ思いが蘇ってくるはずだ」
「お前文字をかけない永遠と同じレベルでヤバいじゃん」
「俺は書けるし読める」
「そうだな。人に伝える気は無いようだが」
「堆紀兄がたけくらべを読もうとしたけど意味がわからなすぎてやめたって書いてて、にーやんが永遠と燈につけられてると分かりながらるいねーやんと一緒に放課後デートしてたら、ケーキに釣られて姿を現した永遠がねーやんの膝に座ってワンホールをペロッと平らげて信じらんねぇって書いてて、燈は堆紀兄と2人でたけくらべを読みました……と……へーこう言う話なんだな」
「隣で解説してくれてわかりやすかった」
「あいつ頭いーんだなー。で?それを見て俺は何を思うかね?」
「思い出すんじゃなかったのかよ」
「ふーん、しか思わなかったわ」
「この日してたことでも書いたんじゃねーの」
「昨日か……ゲームしてた」
「日記の書きがえのない人生だな。毎日ゲームしかしてねーだろ」
「そういえば理事長が昨日家に来て、なんか怖いこと言って去って行ったんだよな。それを書いた気がする」
「知らなかった。あの人この家に来ることあるんだな。何しに来たんだ」
「確かなー…なんて言ってたっけなー……」
「昨日のことも思い出せないのかよ!」
「首まで来てる。あともう少し」
「ゲームばっかしてるから脳細胞が死んでんだよ!」
「あーなんか降りていった。胃まで後退した」
「勉強もしない、ゲームも適当、なんもしない。お前なんなんだよ!」
「あー思い出せないやー」
思水は急に全てがどうでも良くなったように堆紀の膝に頭を落とした。
「お前みたいな奴が将来認知症になるんじゃなーの?」
堆紀の容赦のない言葉の攻撃で思水のライフポイントがゼロに近づいていった時、永遠が現れる。
「呼んだ?」
「呼んでない。どっか行って遊んでろ」
永遠は堆紀の隣に座り日記を覗く。
日記を見てほうほう、と頷く。
「思水の日記ね、
りじちょーがきた。
きみたちのかいてるこーかんにっきはれむなんとだ。
これまであったこと、きょーのこと、みらいのこと、かけばかくほどトクベツになる。
それがいつかさしわけのししんとなるみらいがわかるれむなんととしてうけつがれていくことになる。
だからもっといろんなこと、じぶんだけしかしらないひみつ、このときほんとーはこうおもってたとか、あのときのしんそーとか、たくさんかいていいんだよ。
っていってたよ。
って、書いてるよ」
「そうか」
理事長が来た。
君たちの書いてる交換日記はレムナントだ。
これまであったこと、今日のこと、未来のこと、書けば書くほど特別になる。
それがいつか指輪家の指針となる未来が分かるレムナントとして受け継がれていくことになる。
だからもっと色んなこと、自分だけしか知らない秘密、この時本当はこう思ってたとか、あの時の真相とか、沢山書いて良いんだよ。
って言ってたよ。
「こう書けよ!!平仮名しか書けないのかよ!字汚いし、止めとハネを意識して書けないもんかな。お前永遠以下じゃねーか!」
「ああ。そういやそんなこと書いたわ」
思水はテレビ画面でに向かってゲームしながらそう言った。
「ていうかこの日記がなんだって!?」
「へーこれがねー……」
永遠は、また面白いものを作り出してしまった自分に感心していた。
「これが僕の力だ!何でもできる!完全無欠!きっと僕はもう何も失わない!!」
思水はゲームをしながら「良かったな」と言う。
「よかねーよ!こんな馬鹿になんでホイホイいろんな奇跡が起こせるんだよ!!」
「最初から何でもできたわけじゃないんだよ。失って初めてできることだってある。世の中は巡り合わせなんだな」
珍しく思水が何かそれっぽいことを喋ってたけど、堆紀は言葉の真意がわからなかったのか、思水をグーパンしてた。
その後ゲームから引き離されて外に強制連行、3人で夕方まで公園で遊んだ。
今日の日記の担当は思水じゃなかったけど、その日の夜、思水はトメとハネを意識して綺麗なひらがなで、公園で鬼ごっこと缶蹴りをして、転んで右肘が擦りむいたことを書いていた。
それを隣で見ていた白パパが漢字を教えてあげていた。
あの歳で自分の名前もひらがなでしか書けないのは問題だと思う。
誰か思水を助けてあげて。




