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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第三章 同時進行の異変
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第48話 始まりの気配

 ギデオン班の全員がツヨシの家に集まって行われた、カリタのバースデーパーティー。カリタもようやく自分の居場所を見つけられたと、ギデオン班の絆はさらに強くなり、隊員同士が護り合って敵と戦ってゆく覚悟を、あらためて胸に刻んだ。


 その翌日の五月二十三日、B.A.T.本部で全隊合同のブリーフィングが行われた。去る五月八日、臨海地区に約千匹のエンジェルが襲来した際には、実に三十三人もの隊員の命が失われた。それにより欠員の出た班には、B.A.T.に補欠要員として待機中の者がそれぞれ選出され、すべての班がまた八人体制で編成される。今日はその発表だ。班の体裁が整い、新たなメンバーを迎えることで、訓練の励みとなるはずだ。

 まだ開始まで時間があるため、場内はガヤガヤと騒がしい。班ごとに整列しているわけでもなく、顔見知りの隊員同士で会話をしたり、勝手に移動したりとあまり緊張感がない。だが、同じ班の仲間を失った者の中には、壁際に静かに立ち、俯いている者もいる。彼らはカウンセリングを受けてもあまり効果を得られない隊員たちだ。このブリーフィングの後からでも、しばらくの休養を申し出るかもしれない。それほど精神的ダメージが大きかったのだ。ブリクサなら、そんな隊員は「向いてねえよ」と言うかもしれない。訓練校ではメンタルを強化するカリキュラムは当然あったし、入隊後も身体の鍛錬だけではなく、実際の出動時に迷わず戦えるためのメンタルトレーニングはこなしてきた。そんな彼らもまさか自分がそれほど弱い人間だとは知らなかっただろう。だが、B.A.T.は組織だ。もしも自分が隊員として適していないと自覚するなら、この機会に休職を申し出た方が良い。もう一度ブリーフィングの機会を設けるのは時間の無駄だ。


 八日に捕獲したエンジェルの調査研究は進んでいるのだろうか。それにより、今後の戦い方に変化を求められることもあるはずだ。もう二度とデビルの命が失われることのないようにしなければならない。

 だが、もし次の出動時にも殉職者が出たら……? 

 エイジはそれをとても不安に感じているのだが、これは第一軍から第四軍までのすべての隊員に共通してのしかかっていることだろう。エンジェルがいつまでもそれまで通りであるという確証は、事実として消えたのだから。


「やぁ、ギーくんじゃない」


 カルマの声がエイジの横をすり抜けた。エイジがそちらを見ると、精悍な顔つきをした男がカルマと向かい合って立っている。カルマと同期で入ったギーだが、彼は二年間補欠としてB.A.T.に所属していた。


「カルマ、俺もついに二軍だ」

「おぉ、いきなり二軍! すごいじゃん! 一緒に臨場することもきっとあるよ。がんばろうね~」


 いつもの調子で、カルマはギーと肩を組み、楽しそうに笑っている。エイジはその光景を間近で見ながら、カルマの本心はつくづくわからないと思う。ギーは仲の良い友人なのか、それともライバルと思っているのか、あの軽い口調は、カルマが本音を隠すための殻のようなものかとも思った。ギーにカルマほどの射撃の腕があるなら、補欠として二年間過ごすこともなかっただろうか。


「ところで、ブリクサ班のカルマに訊くけど、あいつはまだ戻ってないのか?」

「え? あぁ、うん、そうだね。彼はもう、戻らないよ、きっと」


 誰のことを言っているのかと訝しく感じたエイジは、あっ、といきなり思い当たった。自分が新卒でブリクサ班に配属されたということは、もともと一人欠員があったのだ。あの入隊式の日、即戦力と見なされてすぐに隊に配属されたのは、自分とタカノリの二人だけだった。あとの新入隊員は、補欠要員として今も日々訓練に励んでいるではないか。


「……だから補充だ。な、ルーキー」


 カルマの言葉の意味がわかってしまったが、エイジは何と答えたら良いかわからない。カルマから目を逸らしたままで、軽く頷くことしか出来なかった。


 壇上でどの班に誰が入るかを発表するのはヘスティアだ。彼女の班からは幸いなことに欠員が出なかったが、いつ殉職者が出ても不思議ではない状況になってしまった。

 これまで以上に、エンジェルからの攻撃に確実に耐えうる装備を整えることは必須だ。だが、何を準備すれば奴らの攻撃を受けても被害を受けずにいられるのか、それが「確実」ではなくなった以上、あらゆる可能性を想定しなければならないだろう。


 八人ずつの班のうち、三名もの犠牲が出てしまったゲイザー班には、やはり男性隊員が補充された。そのうちの二人は、エイジよりも一年先に訓練校に入っていたが、卒業までに二年を費やした同期生だ。同時に卒業し、一旦補欠として待機していた。


「おう、エイジ!」


 明るく声を掛けてきたのは、周囲への気配りができる、癒し系&ムードメーカーのマックスだ。


「マックス! なんだか久しぶりな気がするよ。入隊からまだ二ヶ月経ってないのにな」


 同じ空間でずっと訓練を受けてきた友との再会に、エイジはふっと緊張が解け、十七歳の少年の顔になっている。マックスの腕を叩いて嬉しそうだ。


「だよな、エイジは超エリートだから。いきなり一軍の、しかもブリクサ班に入れるなんて同期として誇らしいよ」

「なに言ってんだよ、マックスだってこれから大活躍するんだろ」

「さっきチラっとブリクサ隊長が見えたけど、やっぱかっけえよな。痺れるよ」

「そうだろ? ブリクサ隊長の戦い方なんか近くで見たら惚れちゃうぜ」


 エイジはマックスの腕を軽く肘で突きながら笑った。ブリクサ隊長は、やっぱり俺の目標だと改めて思う。

 そしてもう一人マックスの傍らにいるのは、寡黙なシドニーだ。エイジに向けて静かに、だが自信たっぷりに頷いて見せ、そして厳かに言った。


「……タカノリは、残念だったな」


 シドニーもマックスも、タカノリとは同じ訓練を受けてきたのだ。あの生意気なタカノリがもう存在していないとは、受け入れがたいことだろう。


「あぁ、残念だった」


 エイジも同じ言葉を返した。みなそう言う。「残念だった」と。入隊したばかりのルーキーが、初出動で命を落としたのだ。残念に決まっている。だが、遺族にとってはそれで済む問題ではない。それはミハイルが死んだと思われた時、自分がラウラに放った言葉だ。一般人が犠牲になる場合と、B.A.T.のそれとではまったく違うのは当然だ。隊員はいつ殉職するかわからないのだ。家族もその覚悟をもって送り出している。だが、隊員も家族にとっては大切な、かけがえのない一人だ。いつか生身の人間ではなく、ロボットがエンジェルを斃せるようにならないものかと、きっと遺族は思っているだろう。そんな日がくれば、もっと安心して暮らせるようになるのだろうが……。


「俺たちは、死なないように気を付けてエンジェルを殺してやろうぜ」

「おぅ! そうしよう」


 三人ともわかっている。タカノリが気を付けていなかったわけはない。それでもエンジェルにやられてしまった。それほど、この戦いは困難で過酷なのだ。


「それよかエイジ、腹減ってない?」

「そういえば、マックスはいっつも腹空かしてたよな。今度三人でメシ行こうぜ」

「……あぁ」


 シドニーも神妙な顔で頷く。これから同じゲイザー班で活躍する二人と軽く握手をし、エイジは第一軍の方へと向かった。


 そろそろ班編成が発表されるらしい。隊員たちはそれぞれが所属する列にすばやく収まってゆく。ヘスティアがマイクスタンドの前に立つと、まばらな拍手が起こったが、エイジはなんだか拍手をするのは場違いな気がしていた。二列ずつに並んだ班の先頭でラウラの隣に立つブリクサは、いつも通り少し怒りを含んだような無表情で、白刃のような殺気が抑えきれていない。エンジェルに殺された隊員のことを思い出しているのだろうか。エイジは、ブリクサの厳しく引き締まった横顔を後ろから見て、隊長の辛さを理解できるような気がしていた。



 ブリーフィングを終えた後は、十五分の休憩をはさんで実技訓練の予定となっていた。訓練場に集合した全隊員は、それぞれが自身のメニューに従って訓練を始める。

 カルマに誘われて射撃訓練場に向かったエイジは、そこでカルマに勝るとも劣らない狙撃手を目撃した。顔見知りでないのか、後ろ姿だけでは誰かわからないが、ゴーグルの下から長い髪を下ろしているところを見ると、おそらく女性隊員だろう。高速で上下左右、そして前後に動いているターゲットを、完璧な精度で撃ち抜いている。身のこなしの鮮やかさも息を呑むほどに素晴らしい。どちらかと言うと、カルマは自分自身はあまり動かないが、この隊員は俊敏で、まるでブリクサ隊長のようだ。


「あの人、すごいっすね」


 思わず声に出した。すると横にいたはずのカルマがいなくなっている。エイジがふたたび狙撃手の方を見ると、カルマはライバル心を剥き出しにしてその隊員の隣のブースで射撃を始めていた。いつもと違うカルマは、隣人と同様にターゲットの激しい動きもすべて捉えるほど自身も移動している。


「カルマさん……」


 飄々としたカルマは、どこか掴みどころのない先輩だと思っていたが、こんなに子どもっぽい部分もあるのだと、エイジは急に彼に対する親近感を深めた。モニターに表示された弾数が1000になると、トレーナーのタツヒコが近づいて来た。ゴーグルを外したルキアは、冷たい表情で短く言った。


「まだいけます。外しませんから」


 そして隣のカルマを見て失笑気味に笑うと、素早くゴーグルを掛け直して銃を構えた。ルキアに視線を送るのは悔しいが、目の端には入っている。カルマはルキアより一分一秒でも早くターゲットを撃ち抜こうと、目視出来ないほどの速さで別の銃を取り出した。



 射撃訓練場にカルマを置き去りにしたエイジは、ブリクサ班のメンバーが集まっている場所に向かう。その途中、先ほどのマックスとシドニーにふたたび声を掛けられた。


「エイジ、これからもよろしくな。今日が俺たちのメジャーデビューだけどさ、わかんないことがあったら教えてな」

「おぅ、何でも訊けよ。答えてやるぜ。先輩としてな」


 得意げな顔をするエイジに、シドニーは無言だが兄のようなやさしい顔で微笑んでみせる。


「こうして見てると、新卒でブリクサ班に配属されるってすげえことだな、エイジ。お前やっぱすげえわ。かっこいいすわ」

「いや、そうでもねえんだって……」


 すごい、かっこいいと褒められること自体、悪い気はしないどころか、エイジだって素直に嬉しい。だが実際はどうだ。初出動では何も出来ずに固まってしまい、足手まといにすらなった。次の出動時にほんの少し役に立てた程度で、胸を張って「ブリクサ班の一員だ」とはとても言えない。正直、自分が10Aワンゼロエーにいることは場違いなのだとさえ思っている。早く一人前になりたい。ブリクサから信頼され、エルのようにブリクサが頼りにするような隊員になりたい、なるためにはどうしたらいいのか、とエイジはいつも考えている。


「お、招集だ。これから訓練の前にゲイザー班のミーティングがあるんだ。エイジ、またな」


 軽く手を挙げて去ってゆく二人を見送りながら、エイジはカルマ以外のブリクサ班が集まっている場へと急いだ。




 低く重い、まるで地下深い場所をアメリカバイソンの群れが走っているような、得体の知れない感覚だった。


「あれ? 地震? 地下シェルターに来てから初めてよね、大丈夫なのかしら」


 ひとりのB.A.T.隊員の妻が、地鳴りのような音と振動に、思わず天井から下がっているペンダント照明に目を遣った。夕食の準備をしながらひとりで笑い、「そんなわけないか」と軽く否定する。


「ただいま」

「お帰り。もうじきご飯できるから待ってて」

「パパ~! おかえりなさーい!」

「ただいまぁ~。今日もいい子にしてたかな?」

「うん、ママ、シャロンいい子だったよね?」

「そうね、いい子だったよ」


 母親にシャロンと呼ばれた青い瞳の幼女は、父親に何か訊いておくと言っていた母親に、それを確認する。


「ママ、パパにきいてくれた?」

「あー、ごめんね。忘れてた」

「ん? シャロンどうしたの?」


 父親は愛娘を抱き上げ、その髪に顔をうずめて香りを嗅ぎながら訊ねた。


「パパぁ、あのね、ママと公園に行ったとき、小さいお帽子が木にたくさん付いてたの」


 夢の話か、それとも絵本の続きかと思い、父親は「なんだろうね」と首を傾げてみせる。「パパかわいい~」と笑いながら、シャロンも同じように首を傾けた。そして父親の首に両手を回し、シャロンは夢見るような顔をする。


「パパもこんど見に行こう。茶色いお帽子、いっぱいあるんだよ。誰かのものじゃないなら、シャロンひとつほしいの」


 可愛らしい顔でねだられては、父親はひとたまりもない。「うんうん」と頷きながら、一緒に手を洗うために洗面所まで娘を抱いて向かった。


「はーい、ごはんできたよ。お話はまたあとでね」


 母親が手を拭きながら洗面所のふたりに声を掛ける。仲の良い父娘は、顔を見合わせてふふふ、と笑っていた。




 日の暮れた公園には、誰の影もなかった。噴水も止まり、しん、と静まりかえっている。その、生き物の気配がない場所で、監視カメラが捉えたものがあった。樹の幹と枝をびっしりと覆うほどの「何か」だ。生体を感知すると自動でその部分をズームするカメラが、その異物にピントを合わせていった。だが、あらゆる方向に「それ」があるため、カメラはぐるぐると首を振り続けて動画は乱れている。そして「生体認証エラー」という文字がモニター上で点滅した。それは、本来なら一度に一万以上の生体反応を感知した場合にのみ作動する警告だった。かすかに呼吸するように動く「それ」は、膨らんでいるようでもあった。呼吸しているように見えるのは、カメラが揺れているからだろうか。この辺りはB.A.T.隊員の居住街区なので、飲食店等がある地域とは違う。だから夜はみな早いのだ。「それ」が一体なんなのか、解明されるのは明朝、化学班が確認してからになるのだろう。まだ誰も、それが始まりだとは思っていなかった。

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