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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第一章 シェルターの天使たち
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第1話 天使が空から降ってくる ④

 建物の屋根に立っていたカルマは、庭をひと通り見渡せる位置に移動すると、仲間が戦っている様子を感慨深い表情で見ては溜め息をついた。

 外に出ていた民間人がひとり犠牲になったようだが、あとは全員中にいるか、シールドで覆われているだろう。ブリクサ班のメンバーにも怪我人はいない。

 エンジェルが現れたと出動命令が出た時は、ここがシェルター内だという情報はなかった。他のいくつかの班とともに現場に到着して初めて、ここが大型商業施設などを含んだ、広大な地域シェルターだと知った。

 ブリクサ班の七人はこのコロニー内を、ギデオンやその他の班は手分けして別のエリアをそれぞれ受け持つことになっていた。ドローンは常に敵の数を計測し、報告してくる。このコロニーの敵は、もうそれほど残ってはいなかった。


「残りは何匹? んー三十体ってところかなぁ。ま、こっちには負傷者はいないし、味方は五人……か。今日も楽勝でしょ」


 口許を歪めながら言うカルマ。そもそも彼は今回の出動において、いまだ活躍はしていない。ボードに乗ったまま飛び回り、仲間を援護する程度のことしかしていないのだ。そのカルマが、コロニーの屋根に紫色のボードを停めてそこに腰をおろすと、おもむろに彼専用の銃を構え、鼻歌を歌いながらエンジェルとの距離を測る。


「おぉーい、みんなもう休んでくれぃ」


 屋根の上からカルマの声が聞こえると、メンバーたちは顔を見合わせてやれやれ、と笑う。「やっとカルマがやる気になったか」とでも言いたげに。

 ラウラはエルの顔を見て溜め息をつき、エルも苦笑しながら肩をすくめた。


 誰からともなく、メンバーは庭の中央に集まる。そしてエンジェルの攻撃に備えるように、背中を内側にして円形のフォームをとると、火炎放射器を構えて敵を迎え撃つフリをした。

 エンジェルたちは、五人の円との距離をジリジリと詰めるも、その隙のなさに攻めあぐね、翅を立てながら五人の周囲を飛んで威嚇する。

 だが、屋根の上で一人きりのカルマに気づくと、いっせいに飛び上がって横一列に並び、カルマを取り囲んだ。


「いらっしゃーい」


 ほんの一瞬の出来事だった。カルマが銃を持ったまま、腕を右から左に振っただけのような、そんな何でもない仕草のように見えたが、群れていた三十体ほどのエンジェルたちはみな、その真っ黒く大きな眼の間を火炎弾で打ち抜かれ、枯れ葉が舞うようにコロニーの庭に落下していった。


「手ごたえのない奴らだねぇ」


 銃の先端をチーフで拭いながらカルマが言う。


「もうちっとは楽しませてくれよん」




 コロニーの建物内に戻ったエイジは、養父の亡骸があんな風に外に放置されているのが哀れでしかたなかったが、すべてのエンジェルを倒したあと、B.A.T.が丁寧に彼の身体を集め、特殊素材の袋に入れて汚れを綺麗に拭ってくれた。

 中に入ってきたシアラがエイジに言う。


「お父さまにお別れをしてください。ご遺体は、本部で丁重に弔わせていただきます」


 エイジのほかにも、彼が育てていた子どもは四人いた。その子どもたちとともに庭に出ると、養父のそばに跪いたエイジは、袋の上部からのぞいた無傷の頬に手のひらを当てる。


「父さん、父さん、いままでありがとう」


 泣きながら声をかける。ほかの子どもたちも、亡骸にすがって口々に言う。


「パパありがとう」

「パパさよなら」


 どの子も目に涙をいっぱい溜めて、そして養父の蒼ざめたまぶたにその雫を落とした。だがエイジだけは、弟妹たちと同じ気持ちで養父を送ることができなかった。


「父さん、最後のあれは何だったんだ……?」


 養父の死に際の言葉がどうにも引っかかり、その時の彼の表情、手のぬくもり、それから、託された何かを思い、エイジは困惑していた。

 エイジの横に立っていたラウラは、家族を失くした悲しみにくれる子どもたちを気遣うように話しかけた。


「お父さまのことは、残念でした」


 エイジを含めた五人の子どもたちは、今夜から頼れる大人がいなくなったのだ。エイジはもう十六だからいいが、いちばん小さな子はまだ五歳だった。本当の家族をエンジェルに殺され、孤児となった子どもは、このシェルター内に何十人もいる。みな、それぞれが親代わりの大人によって、身の回りの面倒を見てもらっていた。ラウラの静かな言葉は、エイジの耳から入り、胸に染みのように広がった。


──なんでだ、なんで父さんを助けられなかった? 屋根の上にいたあいつは、一瞬でやつらをたくさん殺したじゃないか! そのために毎日訓練してるんだろ? 特製のすげえ武器を持ってんだろ? なんで俺たちの父さんだけが犠牲にならなきゃいけないんだよ! なんで父さんのことをちゃんと見ててくれなかったんだよ!


「『残念でした』? あんたたちにはそれだけのことかもしんねえけど、俺にとってはそんな『お気持ち』で済むようなことじゃねえんだよ! まだこんな小さい子がいるのに、父さんだけが死んだなんて、納得できるわけねえだろ。いったい俺はこいつらになんて言ってやればいいんだ? あんたはいちばん近くにいて、俺たちをシールドに入れようとしてたよな? なんで先にそれをしなかった? やつらが近づいてきたなら、なんで応援を呼ばなかったんだよ? どうして間に合わなかった!」


 エイジは泣きながら叫び、拳を握りしめていた。幼い弟妹たちは、そんな兄の姿に驚いて怖がるように身を寄せ合って泣いている。その様子に気づき、エイジは自分を恥じるように唇を噛み、俯いた。


「ちょっと待ってください。あなたの気持ちはお察しします。ご家族を失った人たちを、今までに大勢見てきましたから。でも、B.A.T.を責めるのは間違いです」


 ラウラが責められていると感じたシアラが、一歩前に出て言った。シアラもまた、目にうっすらと涙を浮かべている。


「シアラ、あなたは何も言わなくていい」


 エイジの言葉を黙って聞いていたラウラは、落ち着いた様子でシアラをなだめた。


「……わかってる。これは八つ当たりだ。あんたのせいじゃない。でも、だからといって俺たちの悲しみがなくなるわけでもない」


 ラウラはエイジにかける言葉を見つけることができなかった。今までにも、数え切れないほど同じような場面に出くわしてきた。親を失くした子ども。子どもを失くした親。妻や夫、祖母や孫。何度、そういった人々に責められ、罵倒されてきただろう。彼らの家族の命を奪ったのはエンジェルだ。ラウラではない。だが、B.A.T.である以上、犠牲者が出れば責められる。自分たちとエンジェルとの戦いが終わるまで、あと何度、このやりきれなさを味わい続ければいいというのだろう。


「ごめんなさい。最善は尽くしたつもりです」


 エイジに正面から頭を下げ、ラウラは踵を返した。まだこの現場でやらなければならない仕事も残っている。ラウラの背中を見つめながら、エイジは彼女もまた辛く苦しいのだと知った。


「ラウラ副隊長……」


 ラウラが目の前を通りすぎると、シアラは唇を噛みしめながらしばらく立ち尽くしていたが、すぐにそのあとを追った。



 エイジは弟妹たちにラウンジで待っているように言い、思い立ってラウラのあとを追った。そして、死の間際に養父が絞り出した言葉をラウラに伝えようと、躊躇いながらも呼び止める。


「さっきはすみませんでした。B.A.T.のせいじゃないのは解ってるつもりでした。でも、父さんと弟たちを一緒に見たら、あの子たちがまたも家族を殺されたことに、自分でもなにが何だかわからなくなって……。ごめんなさい。……あのそれで、ちょっと気になったことがあるんですが、いま話せますか?」


 振り返ったラウラは、少しは落ち着いた様子のエイジを見てほっとして応えた。


「ええ、お願いします」

「あんな状態のときだったので、俺も全部を正確に憶えてはいないと思います。でも、父さんは確かに言いました。『世界をこんなにしたのは私だ。私を止めてくれ』って。父さんは過去にショックなことがあって、記憶を失くしてたんです。それが、あのときはすごく真剣な顔になって、俺、これは真実だって確信しました。父さんはきっと、何かを知っていたんです。たとえば、エンジェルが現れて人間を襲い始めた頃のことを、知っていたんです」


 俯いて自信がなさそうに話しはじめたエイジだったが、最後の方はきっぱりと顔を上げ、ラウラの瞳を真っ直ぐに見つめながら力強く言った。

 ラウラはエイジの肩にそっと手を添え、落ち着くようにと撫でさする。


「お父さまがそんなことを……。そのときの様子を不自然だとは思いましたか? つまり、言い方は悪いけれど、恐怖で正常な精神状態ではなかったということは考えられませんか?」


──そうか、恐怖のあまり頭がおかしくなることだってあるよな。でも、違う。あれは絶対に本気だった。


「いえ、父さんはシラフでした。とても冷静で、いつも勉強を教えてくれたときと同じ、俺に何かを理解させるときの顔でした」

「そうですか。貴重な情報をありがとうございます。B.A.T.で調査し、なにかわかったら連絡します。あなたも、ほかに思い出したことがあったら、こちらに連絡してください」


 ラウラは、コールアドレスがプリントされたB.A.T.のカードをエイジに手渡した。ラウラの真っ直ぐなまなざしに、エイジもコクリと頷くと、弟妹たちのところへ戻ってゆく。




 外から無事に戻った大人たちは、それぞれの家族や友人と手を取り合って喜んでいた。エンジェルを間近で見たのは初めてだと言って、その羽ばたくさまを真似する大人。デビルの誰がかっこよかったとか強かったとか、装備がすごいとか、人は恐怖の只中から解放されると、こんなにも馬鹿みたいにはしゃぐものかと、エイジは弟妹たちをそっと腕で囲い、遠い世界をモニター越しに見ているような感覚になっていった。


 スミレの母親も、半狂乱の状態からは落ち着いたが、抱き合って喜ぶ家族たちを横目に、自分の子どもの無事を一刻も早く知りたいと、手を合わせて祈っている。

 そんな母親のもとへとラウラが歩み寄り、スミレ捜索の状況について説明する。


「スミレちゃんのお母さまですね。現在、B.A.T.の隊長がスミレちゃんを捜索中です。コロニーの敷地内をくまなく探していますので、詳細についてはもうしばらくお待ちください。無事にスミレちゃんをお届けできるよう手を尽くしています。ここに隊員を二人残しますので、なにかありましたらご遠慮なく」


 ラウラは母親の手を取り、彼女の目を見て静かに語った。エンジェルに連れ去られたスミレをブリクサが奪還中だとは言えなかった。奴らにさらわれたら何をされるか、幼い娘を案ずる母親なら、最悪の想像をするかもしれない。遺体となって帰る可能性も、まだ捨てきれないのだ。自分たちはブリクサを信じてただ待つしかない。ブリクサが「大丈夫だ」と言うなら、絶対に大丈夫なのだから。


「あ、ありがとうございます。どうか、どうかあの子を助けてください……、あの子を……」


 呼吸するのも忘れるほど娘の無事を祈る彼女にとって、切なる思いを口にすることさえ難しく、そのあとの「お願いします」は、ほとんど消え入りそうに小さな声だった。

 ラウラは彼女に一礼し、シアラにこの場に残るよう指示すると、通信でカルマを呼んだ。


「シアラ、お願いね。彼女のことだけじゃなく、様子がおかしい人がいたらカバーしてあげてちょうだい。カルマはすぐに来ると思うから、ふたりで手分けしてみんなのケアを頼むわ」

「ラウラ副隊長、ブリクサ隊長は一人の時がいちばん強いです。きっとすぐにスミレちゃんを取りかえしてくれますよ!」

「そうね、きっとそうだわ」


 シアラに微笑みかけ、ラウラは三重の扉を開けて庭へと向かう。ブリクサが助けるまでに、子どもに危害が及ばないことを祈るしかなかった。

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