22.悪夢の結婚式
あれから結局何一つ事態を好転できないまま、結婚式当日が来てしまった。
朝から数人のメイドに押さえつけられ、無理やりウェディングドレスに着替えさせられた。数日食事も与えられていなかったから、抵抗する力もないし、ドレスはサイズも合っていない。
準備が終わると、白々しい笑顔の勇者様が扉から顔を覗かせる。
「ああ、なんて美しい。僕の花嫁に相応しいね」
ろくに睡眠もとれず、痩せこけて顔色も悪い。
「美しいのは、勇者様が欲しい『王女』の肩書だけですね」
私の嫌味は聞こえないふりをして、勇者様は私の手を無理やり引くと、庭園を少し飾っただけの簡素な式場へと連れて行った。
◇
王女と勇者の結婚にしては、異様ともいえる質素な式場。
参列者に来賓はなく、国王と王妃、それに見知った使用人が数名。あとは、戦士と魔法使いだけ。
全員作り笑いも無く、顔を曇らせて私から視線を逸らしている。
――久しぶりに見た、結界の無い、澄んだ青い空。
遠くに見える、高い山に囲まれた魔王城。
小さい頃から見慣れていたはずの景色なのに、ここに私の居場所はない。
(……魔王城に、帰りたい)
目元がじわりと熱くなると、勇者様がそっと釘をさす。
「妙な動きをしたら、国王と王妃の命は無いからね?
戦士と魔法使いが味方だと思ったら、大間違いだよ」
驚く私に、勇者様が爽やかな笑顔を見せた。
戦士と魔法使いは、魔王城で何があったのか知っているし、火の山でも良く接してくれた。この場に二人がいた事は、せめてもの救いだったのに。
「……そうですか」
きっと二人とも、勇者様に丸め込まれてしまった。
それに気が付いて、ヴェールを降ろして視界を遮断した。
◇
庭園の奥に、設えられた小さな純白の台。
その上に飾られた二つの指輪を互いの指に通し、誓いの口づけを交わすと、この婚姻は成立する。
台の前まで進み、勇者様がヴェールを上げる。
「あれ、嫌だなぁ。泣いていたの?」
勇者様が、黄金の首輪にコンと触れる。
「魔力の無いキミには、何もできない。ここには、魔族を助けてくれるような人族もいない。もう無駄だから、諦めなよ」
「……そう、ですね」
勇者様の言う通り。ロマーラに、味方はいない。
唯一事情を知る魔法使いと戦士すら、勇者様についた。
全てを諦めかけた、その時――。
『…………サン!? 良かった、繋がりました!』
「――っ!?」
雑音混じりではあるけど、イヤーカフの宝珠が反応した。
庭園のこの場所は、ロマーラの中でも比較的魔王城に近い。ギリギリ宝珠効果が届く範囲に入れたらしい。
『救出が遅くなっていて、すみません。僕もあまり冷静ではないので、誰も迂闊に結界から出られないんですよ。宝珠が繋がるという事は、あまり離れていせんよね? 今、どちらですか?』
サツリの背後から、フライの怒鳴り声が聞こえてくる。その声に、自然と表情が緩んでしまう。
勇者様が、私に異変に気付いて眉をひそめる。きっと、チャンスは一瞬しかない。
すぅ、と大きく息を吸い、
「助けて、ロマーラの庭園に――!」
「っ!? 何をしている、やめろ!」
勇者様が私に飛び掛かるように押し倒すと、両手で私の口を塞いだ。その手を噛んで抵抗すると、激昂した勇者様が今度は首を絞める。
「お前に選択肢なんてないんだ! この先、魔力のないキミはただの役立たずなんだから、大人しくしていろ!」
勇者様の絶叫が、宝珠を通じて魔王城に届く。
一瞬沈黙の後――、
『……だめだめ、だめです、皆さん落ち着いて。はい、ダメです、僕が行きますから。
フライ様、待って……うわ、ウェンディ様、早くフライ様を止めて……って、ウェンディ様でもダメです! どうせアンタ達、外に出た瞬間に暴れるだけでしょうが!? えっ、あっ、フライ様、やめ――』
宝珠の声が途切れ、視界の端に見えていた魔王城から黒い煙が立ち上った。
――次の瞬間、地面が割れるように揺れた。
庭園に濃い瘴気が溢れ返り、暗闇で視界が奪われる――。
◇
「風よ――」
魔法使いが風魔法で瘴気を散らすと――その瘴気の中心に、黒い化物の姿が見えた。
黒い化物は、何かを探すように赤い目をギョロリと光らせ、低く唸り声をあげる。
その化物に気付いた勇者様が、私の首から手を離し、震える足で立ち上がる。
「な、何故……魔王が……ここに?」
黒い魔王は勇者様を見つけると、念願の獲物を見つけたように、嬉しそうに目を細めた。
この状態のフライは、何故か勇者様に強く固執する。おそらく、私を探しに来た事なんて完全に忘れているし、こんな所で暴れられると全員巻き込まれてしまう。
「み、皆さん、危険です! 今のうちに、逃げて下さい!」
初めて見る魔王の姿に、その場全員が腰を抜かしていた。
到底、誰一人として逃げられる状況にない。
「お願い、フライ。止まってください!」
フライは、私の声に何の反応も示さなかった。
例え対でも、やはり今のフライには声が届かない。フライの視界にいるのは、勇者様だけ。
きっと最初に巻き添えを食らうのは、勇者様に近い場所にいる私。逃げないといけないのに、私自身も恐怖に足が竦んで動けない。
「フ、フライ――」
フライが指で空を薙ぎ、指の軌跡に沿って黒い炎が生まれる。
黒い炎が激しく渦を巻いて、勇者様に襲い掛かる――、
「――!」
逃げられない、と諦めて目を強く閉じた次の瞬間、体がぐんと引っ張られた。
「――すみません、お待たせしました!」
高速で飛んできたサツリが、急旋回と同時に私を脇に抱え、その場から引き離す。
「……サ、サツリ!」
高く上昇をしている間に、地上から爆音が響いてきた。
サツリは空中でピタリと止まり、私を庇うようにくるりと方向を変えて後方に防御魔法を展開すると、爆風に混じる瓦礫から私を守ってくれた。
「今度は……怪我をしていませんよね? ……まったく。こうなるから、僕だけでいいと言ったのに」
「は、はい。ありがとうございます」
呆れるサツリの視線を辿るように、恐る恐る地上を覗き込んでみる。
放たれたフライの黒い炎は、勇者様を掠めて、城の一部を粉砕していた。ロマーラ側にも多数の怪我人が出ている。
勇者様を甚振るのを楽しんでいるのか、フライはわざと狙いを外したらしい。青褪めて立ち竦む勇者様に、フライは赤い口を大きく歪ませていた。




