21.勇者と聖女
闘技場で勇者様に誘拐された私は、ロマーラの自室に幽閉されていた。
首輪の効力により、魔力は消失。窓には強化魔法がかけられていて、割って逃げる事もできない。
イヤーカフの宝珠も、有効範囲を外れているようで一切の反応なし。
私が魔族になっている事は伝わっているようで、私の帰還を喜ぶ者はいない。国王と王妃すら、顔を見せることはなかった。
唯一部屋に訪れるのは、爽やか笑顔の勇者様だけ。
「やあ。気分はどう?」
気分は最悪だし、すぐにでも魔王城に戻りたい。
無視を決めて、窓から山に囲まれた魔王城を眺めていると、ふんわりと髪をかき上げる勇者様の姿が窓に映りこむ。
「僕達の挙式、日取りが決まったよ」
毎度ながら、勇者様が何を言っているのかわからない。
「意味がわかりません……そもそも、私達は婚約もしていないです。
それに、魔王城で見捨てて逃げておいて、よく恥ずかしげも無く私と会話ができますね」
「ふふ、そんなに寂しかったんだね。大丈夫、もうキミを捨てる事はないから」
どれだけ睨んでも、勇者様は気にする素振りもないし、話が噛み合わない。
呆れてため息が漏れると、勇者様はクスリと笑う。
「キミが知らないのも無理はないけど、僕達は本当に婚約をしているんだよ?
『魔王に捕まった愛しの王女を救い出せたら、僕達の婚約を認める』って国王が約束したんだから。キミは僕に助けられて、ロマーラに戻って来た。ほら、婚約成立だ」
「……私が助けられた? 勝手な事を言わないでください、これは誘拐です。それに……勇者様の事は、信用できません」
きっぱりと言い放つと、勇者様は「困ったな」と苦笑して肩をすくめた。
(本当に……勇者様は、信用できない)
最初、勇者様は忽然としてロマーラに現れた。
それまで聖女の私は、地方教会の手伝いや、回復魔法の才能を発掘する為に、あらゆる土地を転々と巡っていた。どの土地でも、勇者様が現れたという噂すら聞いた事がなかったのに。
それに勇者様は、結界の競技場にも突然現れた。
『帰還の宝珠』を使って移動したのだろうけど。宝珠は『一度訪れた場所』にしか移動できない。
つまり勇者様は、過去にあの競技場を訪れている事になる。
「勇者様。貴方の出身は……どちらですか?」
勇者様の笑顔が、分かりやすくピクリと引き攣った。
(やっぱり……)
火の山の一件でも、数十匹以上もいる見張り竜の中から、狙いすまして老いた竜を襲っていた。そんな情報、結界の外では逆立ちをしても入手できない。
港町レモアには結界の綻びがある航路が存在した――。
「勇者様、あなた……もしかして、元々結界にいた人族では――」
「へぇ。……よく気付いたね」
勇者様の顔から笑みが消える。人懐っこさの欠片もない今の方が、勇者様の本来の姿なのかもしれない。
「気付いたのなら、もう取り繕わなくていいか。ねぇ、僕と取引をしない?
キミが僕との結婚を受け入れないと、結界にいる無抵抗な人族と魔族を毎日一人ずつ殺していく。キミが受け入れれば、殺すのをやめる」
「……はい?」
一方的な内容に、何を提案されたのか一瞬理解できなかった。
呆然とする私に、勇者様が首を傾げる。
「あれ、意外に物分かりが悪いのかな? 結界の全員が人質だと言ったんだよ。……あぁ、困ったね。キミの決断が遅くなると、無関係の命がたくさん消えてしまう」
「ば、馬鹿な事、言わないでください。そんなこと、できるはず……」
理不尽すぎて、喉がつまる。
それに魔王に手も足も出ない勇者様一人で、そんな大層な事ができるはずもない。
「それくらい、できるよ。僕には特別な力がある。……僕が解放軍のリーダーだって言えば、納得してもらえるかな?」
「……え?」
解放軍は、一人のリーダーを中心に組織されているとは、ラナウドから聞いていた。
「リーダー? 勇者様が……解放軍のリーダー、ですか?」
頭が追い付かずに、混乱してぐらぐらする。
「そうだよ。僕は『聖女だけは襲うな』って指示していたんだ。それなのに、色々と馬鹿なヤツが先走ったみたいでさ。もうこれ以上キミが狙われると困るから、こっちに連れて戻って来たってわけ。キミがいないと、僕の計画が狂うんだよね」
「解放軍の……勇者様の……計画?」
解放軍は結界を疎んでいた。もし勇者様が、本当に解放軍のリーダーで、結界から解放されたいという理由で外に出てきたのだとしたら、外の惨状を知った勇者様がまだ解放軍を動かすはずもない。
つまり、『計画』と『解放軍の目的』は、別モノ。
「計画って何ですか? ……勇者様は、一体、何がしたいんですか?」
「簡単な話だけどね。結界があると勇者の必要性が無くなるから、結界が邪魔なんだ。結界さえ無ければ、勇者は神に等しく崇拝される。
事実ロマーラでは、王女も国宝級の魔道具も、望めば簡単に与えてくれるでしょ?」
勇者様が、トンと私の首輪に触れる。
こんな魔道具を勇者様が持っているなんて、おかしいとは思っていた。これが国宝というなら、納得ができる。
「結界さえ無ければ、勇者の僕は、全世界の人族に崇拝されるんだ」
「まさか……それだけのために?」
勇者様が、当然とでも言いたいようにキョトンと首を傾げる。
「そうだよ? 本当は『魔王に勝利した勇者が、聖女と結ばれる』っていうストーリーがよかったんだけどね。魔王が強いから、『国王になった勇者が、魔王に挑む』に変更したの。
僕は、僕の英雄譚を作りたいんだよ。だから、キミが必要なんだ」
「く、くだらない……。そのために、私と結婚? 国王になるなんて……ロマーラを乗っ取るつもりですか!?」
「あははっ、僕が、ロマーラを乗っ取る?」
私が掠れる声を絞り出すと、勇者様は大袈裟に首を振って真顔になる。
「やめてよ。僕はこんな小さな国じゃなくて、世界の中心にいるんだから」
きっと、勇者様は本心で言っている。
愕然とする私を余所に、勇者様はいつもの人懐っこい笑顔へと戻る。
「別に、人質なんてロマーラの民でも、国王や王妃でもいいんだよ? キミが何を訴えたところで、この国には魔族を信じる人なんていないんだから。そんな魔族になったキミが、英雄である僕の側に居られるなんて、キミは僕に感謝すべきだ。
……もう、取引成立でいいよね?」
私の答えを待つまでもなく、勇者様は一人で満足したように頷いて、部屋を後にした。




