20.婚約者争奪戦
フライの婚約者が交代したという噂は、翌日には城下町中に知れ渡っていた。
『婚約者を倒すと、次の婚約者になれる』という余計な尾ひれが付いて。
ウェンディの強さは誰もが知るところ。ウェンディに挑むのは無理だけど、私なら勝てると思った人の数は、想像以上に多かった。
◇
気が付くと、私は競技場の中心に立たされていた。
「ななな、何ですか、これ?」
競技場に渦巻く熱気が半端ない。
我が身に何が起きたのか、必死で記憶を辿ってみる。
確か、城下町の教会へ行こうとしていた所……突然現れたチューズとサースに手を引かれ。あれよあれよという間に、キナス村へ行くときに使った転移魔法陣に乗せられた。
転移後、キナス村へ続く林道とは逆の賑やかな通りを進み……気が付いた時には、もう闘技場。
闘技場の中心で、敵意剥きだしの女達に睨みつけられているのだけど、さっぱり身に覚えがない。観客席はびっしりと埋まり、誰に向けられているのか分からない声援まで飛び交っている。
「健闘は、いのらないですー」
「負けたら、我の嫁ですー」
チューズが大きく飛び跳ね、私の耳にイヤーカフを引っ掻けた。小さな宝珠が付いていて、宝珠を通じてサツリの声が聞こえてくる。
『すみません、色々と収拾が付かなくなってしまいまして。……あ、後ろです。こっちです、こっち』
言われるままに振り返ると、見物客で溢れる観客席の中に、手を振るサツリの姿が見えた。
サツリの横には、ウェンディに捕縛されているフライも見える。
「な、何が起きているんですか?」
『そうですね……これまで、フライ様が女性にヘラヘラしすぎたツケ、とでも言いましょうか。婚約者に挑みたい、と殺到されまして。まったく自業自得ですよね……あれ、何ですかフライ様? 何か言いたい事でも?』
宝珠越しに怒鳴り声が聞こえる。
遠目に暴れるフライを、ウェンディが抑えつけている様子が見えた。
『ははは、僕としても、少々心苦しいですよ? でも、これでサンが勝てば、この婚約者騒動も丸く収まりますから、頑張ってください。相手は、戦いとは無縁の町娘ですし、勝ち目は多いにありますから』
清々しいサツリの声に、心苦しさが微塵も感じられない。
「そ、それって、完全にとばっちりですよね? う……もし私が勝てたら……これ以上、敵を増やさないでくださいって、伝えて頂けますか?」
『えぇ。少しお待ちくださいね――』
私と同じく、フライが好きな女性なんてきっと沢山いた。突然現れた余所者に横取りされるのが納得できないのも、理解はできる。
女の執念は海より深い。サツリの言う通り、この騒動を収めるにはやるしかない。
『竜の魂』握って覚悟を決める。
『――おや。フライ様、珍しく素直ですね。はい。何でも言う事を聞くから勝ってくれ、だそうです』
楽しそうなサツリの声が、開戦の合図となった。
胸元に隠していた『竜の魂』を掲げ、噴水を上げるように、目一杯の火竜の炎を巻き上げた。
◇
――牽制で放った炎は、敵陣営……町娘達の想像を軽く超えていたらしい。
揃って炎をぽかんと眺め、誰も動く様子はない。
そんな中、しびれを切らした一人の女が飛び出した。
その目つきは、恋する乙女と呼ぶには違和感がある。
「……聖女様が、魔王に寝返るなんて!」
素人とは思えない身のこなしで、短剣を握り襲い来る。
「っ!? ちょ、ちょっと、待ってください!?」
今の発言は、どう聞いても恋する乙女ではない。
結界を展開して、間一髪で動きを止める。と、息つく暇もなく、死角になっていた脇から別の女が現れる。その手にも、すらりと長い細剣。
「魔神官など無意味。聖女様へお戻りください!」
「待って……ど、どういうことっ!? あなたたち、解放軍!?」
新たに結界を展開して動きを止め、改めて見渡すと。おろおろ戸惑う町娘に、殺気立った人族が数人混じっている。
素人同士ならまだしも、玄人相手は無理。動きを止める結界にも、展開数は限りがある。
「サツリ! 解放軍が混じっています……!」
『は……なんですって――!?』
サツリの嫌がらせかとも思ったのだけど、そうではないらしい。一瞬沈黙があった後、
『確かに……様子がおかしいですね。今日はもう結構です。そこから逃げられますか?』
「ごめんなさい。多分……無理です」
サースとチューズはサツリの横に退避済。
闘技場の出入り口は、既に硬く閉ざされている。
『っと――フライ様は、落ち着いてください。ウェンディ様、フライ様を押さえて』
宝珠から、ガタガタと大きな音と怒号が聞こえてくる。
『サン、すぐに『竜の魂』を飲んでください。火竜の姿で、空へ退避を』
「え。宝珠を飲む!?」
宝珠を食すと一定時間は魂同等の力を発揮できる、と聞いた事はあるけど、貴重な宝珠を実際に食べた履歴は残っていない。その魂の姿に変身できるというのは初耳。
でも、躊躇っている時間はない。
言われるままに口に含むと――宝珠として結晶化していた魂が、溶けるように体に馴染んでいく。全身が熱くなり、みるみると視界が高くなる。
「わわわ、体が……!?」
気が付くと、全身ゴツゴツとした赤い鱗に包まれていた。手を見ると、赤い皮膚に長い爪。鏡が無いのが残念ではあるけど、本当に竜の姿に変わっていた。
背中に生えた翼を大きく広げて羽ばたくと、私を中心に、ぶわりと砂埃が巻き上がる。
不慣れな翼を操って、上空から競技場を鳥瞰すると、突然現れた竜に驚き、逃げ惑う町娘の中に、空をしっかりと睨み上げる人族――解放軍が見て取れた。
『サンはそのまま上空で待機ください。
サース、競技場全体に防御魔法を。チューズ、防御効果発動確認後に、全体攻撃』
防御力の低い町娘達にとって、チューズの攻撃魔法は致命傷となる。だから、わざと防御を施した上で、攻撃魔法を展開するらしい。
「待ってください。それなら、チューズの代わりに、私が炎で攻撃します。それで全員が倒れたら、私の勝ちですよね? 仕切り直しても、また解放軍に狙われそうです」
『なるほど……それでいきましょう。これ以上サンで遊ぶと、僕が上級魔族達から絞られそうです』
「あそぶ……は、はい、では遠慮なく――」
大きく息を吸い――火竜本来の業火を、地上へと噴きつける。
全てを塵と化す地獄の業火は、サースが何重にも重ね掛けした耐火魔法によって、激しい熱風と化して競技場に襲い掛かる。
炎と熱風で酸素が奪われ、悲鳴と共に逃げ惑う女性陣が次々と倒れ――競技場全体が静けさに包まれた。
◇
上空に待機したまま、解放軍らしき人族が縛り上げられていくのを眺めていると、再び全身が熱くなってきた。
体から、竜の魂が徐々に薄れていく。
「わわ、効果が……もう上手く飛べない――」
消えゆく翼で、何とか急いで競技場の中心部へと降り立つと、完全に体から火竜の魂が抜けた。竜の魂は再び結晶化する事もなく、大気へ溶けて消えていく。
火竜の変身ショーを目の当たりにした見物客からは歓声が沸き、その騒ぎで意識を取り戻した町娘達が大きく項垂れる。
「これで終わり……ですよね?」
『ええ。これで婚約者交代の騒動は落ち着くでしょう。ウェンディ様、フライ様を解放頂いて結構です』
ウェンディから解放され、自由になったフライがトンと競技場に飛び降りた。
「……今回のことだって、全部、自業自得ですよ?」
私の愚痴が聞こえたのかどうかは分からないけど。フライが、気まずそうに頭を掻く。
何はともかく、これで全てが終わった。
ほっと安心して息を吐いた時――、
『あれは……? ――サン、逃げて!』
耳元でサツリの大声が響き、ビクリと耳を塞ごうとした瞬間。ぐい、と後ろから何者かに体が引っ張られた。
「な、何――?」
「中々帰って来てくれないから、待ちきれなくて迎えにきちゃった」
「……は?」
耳元で囁かれたその声に、ゾッと背筋が凍った。
もう二度と、聞く事は無いと思っていた、その声。
振り返ると――、
「……何故……何故、ここに!?」
驚きのあまり、声が掠れる。
そこには、満面の笑みを浮かべた勇者様がいた。
勇者様がにっこりと爽やかな笑顔で、手にしていた黄金の輪を、私の首にカチリとはめる。
――瞬間、私に流れる全ての魔力が消失した。
「……い、いやっ!? 何をしたんですか!?」
「何って、妙な魔法を掛けられても困るから。ああ、こんなに震えて……怖かったんだね。さぁ、僕と帰ろう」
何を言っているのか、意味が分からなすぎて、怖い。
立ち竦む私を、勇者様が軽々と抱き上げる。
「いや、は、離してください! フ、フライ――!」
助けを求めて伸ばした手の先で、怒りに瘴気を纏ったフライが赤い目を光らせていた。
「……離れろ。それは、俺のだ」
勇者様はフライを気にする事もなく、起動中の『帰還の宝珠』を私に押し付ける。魔力が無いと宝珠の行先も書き換えられない。
為す術無く、宝珠が発動する――。
「残念。これは『僕の』婚約者でした」
爽やかに笑う勇者様の姿がぐにゃりと歪み、フライの怒りに満ちた怒号だけが聞こえてきた。




