19.卑怯な魔族
私からも「本当に対だ」と説得を試みたけど、誰一人として信じてはくれなかった。むしろ、元人族の私を丸め込んだと、フライに非難が集中する。
モナの悲劇を目の当たりにしている上級魔族からの、フライに対する信頼度は異様に低い。
魔族を代表して、一つ目の巨人が恭しく礼をする。
「魔神官様は、我らで保護させて頂きます。フライ様こそ、正式な婚約者のある身。魔神官様に触れませぬよう。さぁ、魔神官様、どうぞこちらへ」
巨人族がのっそりと私に手を差し出すと、フライが黒い炎でその手を払う。
「――触るな、と聞こえなかったか」
「ならば……仕方ありませんか」
大きな一つ目がギラリと光り、その体が数倍に膨れ上がる。それを合図に、上級魔族が一斉に瘴気を纏い、フライへと襲い掛かった。
「阿呆が。無駄な事を」
闘気を全力で放出し、次々と攻撃を仕掛ける上級魔族に対して、フライは闘気を出す事もなく軽々と攻撃を躱していく。
闘気が結界に吸収され、ぐったりとし始める上級魔族が不利と見るや、サツリがフライの行く手に立ち塞がった。
「サツリ……お前も邪魔すんのか」
「邪魔はしませんが、そろそろ真実をお伝えしたくて。……実はモナの対、僕だったんです」
「――は?」
サツリの言葉に、フライが驚愕の表情を浮かべた。
その隙に、上級魔族達が闘気を絞り出して、一斉に次の攻撃準備を始める。
「あぁ、お構いなく。今となっては、昔ほど気にしていませんから。……ですが、あの頃は、流石に恨みましたね。対を失う事が、どういう事なのか、もうわかりますよね?」
にっこりと目を細めるサツリに、動揺したフライの動きが止まる。
その一瞬の隙を見逃すはずもなく、全方位から同時攻撃がフライを襲う。
「危ないっ! フライ、逃げてください!」
本能的に体が飛び出し、フライをその場から押し退ける。
標的を失った全ての攻撃が、私に向かう――。
「な――阿呆が!」
フライが、ダンと強く踏みとどまり、私の腕を掴んで体を引き寄せる。
と、同時に大きく咆哮し、全攻撃を爆炎と共に消し去った。
炎と爆風が巻き起こり、広間中の窓が割れる。誰のものかわからない叫び声が飛び交い、広間は混沌と化した――。
◇
煙で完全に視界が失われた。
誰も状況が確認できず、広間がシンと静まり返る。
「お、おい。怪我はないか?」
そんな静かな空間に、震えるフライの声が響く。
「げほげほっ、は、はい。大丈夫です。サツリ、今のは卑怯です。フライも皆さんも、一度落ち着いてください」
「は……良か……お前、何もできねぇんだから。危ない真似……二度とすんな」
「すみません……無意識に、体が動いてしまいまして……」
素直に反省する私を、フライが抱え込むように強く抱きしめる。火の山を思い出させたようで、煙の隙間から青褪めた顔が見えた。
チューズが小さく風を作り、煙を全て窓から追い出して視界が晴れると。私の無事な姿に、上級魔族達からも安堵の声が広がった。
◇
闘気を全て吸われて、ぐったりと座り込んだ上級魔族達を押し退けて、ウェンディが近づいて来る。
ウェンディは私の前でピタリと立ち止まり、一度私の顔を覗き込むと。振り返って大きな声を張りあげた。
「魔神官を守るため、危害を加える、笑止千万。皆の者、やめる」
誰もウェンディには逆らえないらしい。全員押し黙ると、ウェンディは満足して頷き、今度は私に手を差し出す。
「魔王婚約者、一番強き者。戦え」
「……ぅえっ!?」
婚約者の座が欲しいのならば、戦って勝て、と。
差し出された最強戦士ウェンディの腕は、美しい筋肉を纏っている。負ける気しかしないけど、ここで逃げるわけにもいかない。
その手を取ろうとした瞬間、ウェンディから引き離すように、フライが私を抱き寄せた。
「待て待て、やめてくれ。お前には、無理だ。危ない真似すんなって言ったばっかりだろ? 怪我なんて、二度とさせられない」
「だって……フライは、このままでいいんですか? 私は……本当は、嫌です」
じっとフライを見つめると、最終的にフライが根負けした。
「良くは……ねぇか」
フライに、渋々背中を押されて一歩前に出る。
ウェンディは近くにいた上級魔族から剣を受け取ると、私の前にカランと投げた。
本物の剣なんてまともに握った事ないけど。剣を見つめて、大きく息を吸う。
「大丈夫です。勝算くらいあります」
笑顔が引き攣ってしまい、魔族達からも不安気な視線を浴びる中。剣を拾う――ふりをして、キナスでサースに教えてもらった、動きを止める結界をウェンディの足元に展開する。
「――ンなっ」
ウェンディが狼狽えた瞬間。ストールに隠れていた『竜の魂』を、引きちぎる。
動けないウェンディの足元に滑り込むと、上半身目掛けて、火竜の炎を噴き上げた。
ウェンディが雄叫びをあげ、炎から逃げようともがく。けど、結界がそれを許さない。炎に包まれて悶絶するウェンディの声が、徐々に小さくなる――。
「モフッ――――」
ウェンディの声が途切れた瞬間。結界を解除して、体当たりでウェンディを押し倒す。
急いで落ちていた剣を拾い、大きな音を立てて倒れるウェンディの巨体によじ登り――その喉元へ、剣先を突きつけた。
「かっ……勝ち、ました!?」
ゼイゼイと息をあげる私を、皆がぽかんと眺めている。
「あ、あれ……勝ちませんでした?」
キョロキョロと見渡しても、誰も何も反応をしない。
我ながら、卑怯すぎた自覚はある。無効試合で、再戦なんて言われたらもう勝ち目はない。
だらだらと全身汗が流れる中、沈黙を破るように、フライがぽつりと呟く。
「嘘だろ。ウェンディに勝ったのか?」
「ええ、信じられません。ウェンディが負ける姿なんて、初めて見ましたよ」
サツリも、動かないウェンディを眺めて、頬を引き攣らせていた。
「危ねぇから、剣捨ててこっちに降りて来い」
フライが私に向かって両手を広げる。
ウェンディの体から飛び降りるように、その胸へと飛び込んだ。
「あの……もしかして、やり直しですか?」
おずおずと尋ねると、フライは私の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
「そんなワケねぇだろ。よくやった。これで、もう誰も何の文句もねぇな?」
フライだけは喜んでくれているけど、まだ全員不安気に静まり返ったまま。
上級魔族達が一斉にサツリを見ると――サツリが大きく息を吐いて、パンと手を叩く。
「ふぅ……はい、皆さん。僕としても不本意ですが、仕方ありません。
ご安心ください。サンはモナとは違って、本物の対です。僕の名において、それは保証します」
サツリの言葉で、殺伐とした広間が一転して祝福ムードへと戻る。
最初から、サツリがそう説明をしてくれれば良かったのに。実はモナの事を、結構根に持っていたらしい。
◇
再会されたパーティをそっと抜け出し、救護室へと向かった。
人気のない救護室のベッドには、ウェンディが横たわっている。
あの後、全員に回復魔法をかけたのだけど、何故かウェンディだけは目を覚まさなかった。
「あの……寝たふり、ですよね?」
突然話し掛けられて、ウェンディがのっそりと瞼を開ける。
「やっと、解放。長い、疲れた」
ウェンディが、もふう、と大きく鼻息を吐く。
「フライ、面倒」
「ふふ。そうなんですね」
あの後、サツリから聞いた話によると、モナとウェンディは親友だったらしい。
モナとサツリが対だと知っていたウェンディは、適役は自分しかいないと婚約者役を買って出てくれたんだとか。
何となく、ウェンディはわざと負けてくれたような気がする。
素っ気なく、もう一度「寝る」と言われたので、念のためもう一度回復魔法をかけて、救護室を後にした。
◇
会場に戻ると、フライはバルコニーで気持ちよさそうに夜風に当たっていた。
珍しくお酒が入っているようで、ほんのり顔も赤い。手すりに頬杖をついて、上機嫌に私に手招きをする。
「卑怯だったけど、勝ちは勝ちだな」
「あれぐらいしないと、私には勝ち目がありませんから」
呼ばれるままに近づくと、広間から死角になるように、手すりとの間に挟まれた。
フライの気怠そうな笑顔を、月明りが照らす。
「やっと、俺のものだ」
「……その言葉、そのままお返ししましょうか?」
そもそもここまで話が拗れていたのは、全てフライの自業自得。
「んな顔すんな。すまない、分かってるって」
フライは苦笑いをして、くしゃくしゃと不貞腐れる私の頭を撫でた。




