18.魔王様の婚約者
フライとバルコニーで並び、火照った頭を冷やしていると、大きな馬車が続々到着する様子が見てとれた。
馬車から降りてくる魔族は多種多様。今日のパーティ出席者は、全員が上級魔族だと聞かされている。
「皆さん、すごい魔力ですね。羨ましいです」
魔族になって魔力量は増えたけど、上級魔族となると格が違う。これだけの魔力があれば、結界魔法だって楽に扱えそう。
「魔力が欲しいなら、俺の眷族にしてやろうか?」
フライがストールを指でずらし、私の首筋を舐める。
「――また、な、何をするんですか」
「何って。食前に美味い血でも貰おうかと」
驚いて飛び跳ねると、頬杖をついたフライが楽しそうに笑う。
魔族同士で契約をすると、その魔族の眷族にもなれるのだとか。魔王の眷族ともなれば、確実に今以上の魔力量が手に入る。
キナス村でのチューズ達も、私を勝手に眷族にするつもりだったらしい。
「う……魔力は欲しいです。考えますけど、今は無理ですよ」
血を捧げる契約なんて、またフライが血をよこせと暴走するだろうし、きっと契約直後は血まみれになる。そんな状態でパーティには出られない。
フライが名残惜し気に、ストールを戻す。
「なんだ、残念。俺が眷属を作るなんて……げっ」
突然フライが顔を歪めて、ピタリと動きを止めた。
「フライ? どうしたんですか?」
一点を見つめて固まるフライの視線を辿ると、丁度ミノタウロスの一族が、馬車から降りている所だった。
その中でも、筋肉隆々で立派な角を持った、一際凛々しい個体に目が奪われる。
「わぁっ……あの方、素敵ですね」
「お前……そうくるのか。その素敵な方が、ウェンディだけどな」
「――え?」
一瞬、聞き間違いかと目を丸くしてフライを見る。
フライは、片手で顔を押さえて項垂れていた。
「え? いえ、素敵ですけど。あの方、ミノタウロスでは?」
「そうか。俺には、牛にしか見えない」
「…………え?」
理解が追い付かなくて、混乱してきた。
ミノタウロスと魔王の婚約。ウェンディとフライを交互に見比べていると、
「な、普通はそうなるはずだろ? アレが婚約者に見えるか? 良く言えば戦友だし、荷が重すぎて俺には無理だ」
魔王の婚約者は、『国で一番強い者』だとは聞いていたし、チューズ達もウェンディに憧れていた。確かに、とても強そうだけど。
「な、なるほど、なるほど。フライの戦友なら、確かに強いでしょうね。
えっと……そもそも、どうして『国で一番強い方がフライの婚約者』なんですか?」
フライはじろりと私を睨みつけると、私の頬をぎゅっと摘む。
「ふざけんな。全ては魔神官サマの予言だろうが」
「よ、予言でふか?」
キョトンとする私に、フライが呆れてため息を吐くと。流れるような手つきで、私の髪を一束握り、その匂いを嗅いだ。
「あーくそ。予言したはずの魔神官本人が、予言を知らねぇし、こんなにいい匂いを振りまくとか……もう、意味わかんねえ」
魔神官は、人族にとって聖女のような存在。魔神官の予言には誰も逆らえない……かもしれないけど。
先代モナから受け継いだ魔神官の知識の中には、予言的な能力が見当たらない。
「あの、実は――」
『――待って!』
私の言葉を制止するように、慌てたモナの声が頭に響く。
『お願い、待って。ばかね、嘘よ。嘘。仕方ないじゃない、そうでも言わないと、無理やりアタシがフライと婚約させられそうだったんだもの。探してもフライの対なんて見つからないし、周り全員を巻き込んで、別の婚約者をでっちあげたのよ』
(……やっぱり。予言は、嘘なんですね)
ウェンディはある意味素敵ではあるけど。どう考えても、婚約者には無理がある。
(流石にその嘘は、フライが可哀想です)
『もうっ、可哀想なのはアタシよ! アタシには対がいたんだから!』
「え、そうなんですか!?」
思わず、声が出てしまった。モナの声が届かないフライが怪訝そうな顔をするので、苦笑いで場をごまかす。
確かに対がいたのなら、勘違いをした魔王様はちょっと迷惑かもしれない。
『そうよ。アタシの対は、サツリよ。そもそも、サツリの為に頑張って魔神官になったんだから』
「うそ、サツリ――!?」
想定外の真実に、再び声が漏れた。
確かに、サツリは妙に魔神官に詳しかったかもしれない。
『アタシが魔神官の時代は、結界も無いから、フライは終始凶悪な化物だったのよ? 対でもないのに無理やり傍に置かれて、いつ殺されるかわからないなんて、たまらないわよ。
それ、フライから魔神官を守るために皆が作り上げてくれた、嘘なの』
魔神官を魔王から守るため、婚約者には強者が選ばれたらしい。
確かに結界の外では、本当の対ですら魔王の側にはいられない。ウェンディ以外に、丁度良い候補はいなかったのかもしれない。
「――おい。さっきから、どうした?」
衝撃的な事実に眩暈を起こしていると、心配そうなフライの顔が覗き込んだ。
結界の外では、フライはこんな表情すら見せてくれない。恐ろしい黒い化物になってしまう。
「い、いえ。何でもないです。……もう、二度と結界から出ないでくださいね。私は、今のフライが好きですから」
フライの黒く澄んだ瞳を見つめ、切に願う。
結界から出ると、対の私でもきっと殺されてしまう。
「は、好き? ……お前、突然何を――」
途端に、フライが狼狽えて後退り、爆発するように顔が赤く染まった。
フライに釣られて、私の顔もみるみる熱くなる。
「や、やめてください。人にキスマークを何箇所もつけておいて、何ですか、その初々しい反応は。見ているこっちが恥ずかしいです」
「い、いや。だって……そんなはっきりと……」
フライが動揺を隠すように、口元に手を添える。
確かに、気持ちを口に出したのは初めてだけど。いつも女性にヘラヘラして、私の事は子ども扱いをして、余裕でからかっていたくせに。
「い、今更、告白で動揺なんてしないでください。私の気持ちなんて、前から気付いていましたよね?」
「いや、そりゃ……知ってたけど」
遠くを見て、フライが気まずそうに頭を掻く。
私をからかっていた自覚はあるらしい。
「もう。ロマーラに帰らないって決めた時だって、結構覚悟したのに。相手にもされなかったんですから」
「あれ、それも俺が理由? それは知らなかったわ」
不貞腐れる私に、フライが目を大きく開く。
「あ……やだ。もしかして、知らなかったんですか?」
サツリは完全に気付いていたし、フライへの想いを利用されて、魔神官に誘導もされた。サツリから何か伝わっているかと思っていたけど、これは黙っておくべきだった。
自分の為に国を捨てた王女なんて、我ながら重すぎる。
「い、今のは、無しにします。忘れてください」
慌てて両手で口を押えてモゴモゴと口籠ると、フライの手がポンと頭に乗る。
「忘れねぇよ。お前がそこまで覚悟してたんなら、俺も覚悟を決めてやる」
「……え?」
フライは目を赤く光らせると、愉しそうに上級魔族達を見下ろした。
◇
フライに手を引かれ会場へ足を踏み入れた瞬間、上級魔族の歓声が沸いた。
魔神官は、上級魔族の神官役も兼務する。城下町の民と同様、上級魔族も新しい魔神官が現れる事を心待ちにしていたらしい。
皆に見守られる中、豪華な玉座へと誘導される。
私が座ると、フライは私の手を離さず、そのまま肘掛けに腰かけた。
「……あれ?」
フライの挙動に、思わず首を傾げる。
このタイミングで、フライは一旦玉座から離れる予定だった。
「ん? どうした?」
フライを見上げても、フライは目を細めて私を見返すだけ。
何かしらの異変に気付いた上級魔族がざわつき始める。フライは、私の頭を抱き寄せるように撫でると、チロリと周囲を見た。
「紹介が遅れたが、彼女が新しい魔神官で……俺の対だ。対に少しでも触れようものなら、命は無い」
周りを威嚇するように、ぶわりとフライの瘴気が会場を埋め尽くす。
上級魔族達の目つきが一斉に変わり――会場中の赤い目が、フライに集中した。
「フ、フライ。皆さんの様子……変ですよ?」
ただならぬ状況に戸惑っていると、傍で控えていたサツリが、呆れたように横目でフライを見る。
「それはそうですよ。モナの時にも、同じ事を言いましたからね。残念ながら、完全デジャヴです。皆さん、今回もフライ様の勘違いだと思っていますよ」
「……あぁ、らしいな」
挑発するように薄く笑みを浮かべるサツリに、フライも口元を歪ませる。
この場全員がモナの味方だったんだ、と、やっと理解した。




