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17.鈍い魔神官

 気が付くと、豪華な模様の天井が目に入った。


「わたし、火の山にいたはずなのに……?」


 血も魔力も足りなくて、頭が朦朧としている。柔らかいベッドで寝ているようだけど、記憶が混線して、置かれた状況はわからない。


 重い体を、無理やり横に向けると、


「……やっと起きたな」


 目の前。至近距離で、フライが優しく目を細めた。


「ふぉ、ふ、フライ!?」


 不意打ちの笑顔を直視して、心臓が止まるかと思った。

 慌てて飛び起きようとして、ぐにゃりと視界が歪む。


「あ、あれ……か、からだが」

「まだ、無理に動くな。いいから、寝ろ」


 腕を掴まれ、引きずり込まれるようにフライの横にごろりと倒れこんだ。

 腕枕をされ、吐息がかかる程にフライの顔が近い。


「な、なんで、フライが……?」


 ばくばくと煩い心臓を押さえて、フライを凝視する。


「お前、自分が怪我をした事も忘れたのか? 怪我はキナスのガキに治させたから、しばらくここで大人しくしてろ」

「あ、カイルが……」


 フライが壊れ物に触れるように、優しく私の頭を撫でる。

 珍しく私を心配してくれる声音と、ふんわり香る匂いがとても心地よくて、次第に瞼が重くなった――。



 しばらくうとうとしていたはずなのに、目が覚めると、まだ横にフライがいた。


「どうして……?」


 窓の外はまだ明るいし、この時間にフライが寝ているのもおかしい。

 幻だろうかとぼんやり眺めていると、私の視線に気付いたフライが、ふと笑う。


「あぁ、俺か? 魔神官サマを殺しかけたから、幽閉されてんだ。気にすんなよ」

「そんな、フライを幽閉なんて」


 確かに殺されかけはしたけど、全てが自業自得。私が結界に穴を開けなければ、フライは結界から出なかったし、暴走をする事もなかった。


「……サツリの指示ですね。幽閉なんてすぐ中止するよう、話をしてきますから」


 鈍く軋む体を無理やり動かして、起き上がろうとすると。フライは私を引き寄せ、閉じ込めるように胸元に押し込めた。


「お前……ばかだな。鈍いのか? 嘘に決まってんだろ」

「う、うそ、ですか?」


「今回の件、俺はお前を連れて行く事には反対だったし、全部サツリの責任だろうが。お前が回復するまでは、俺の好きにする」

「あ……」


 幽閉ではなくて、ほっと安心した。と同時に、フライの腕と匂いの暖かさに緊張がほぐれ、体中から力が抜ける。


「ありがとうございます……フライに看病してもらうの、これで二回目ですね」

「そういえば、そうだな。前回も、あの馬鹿勇者が……あー」


 突然フライの言葉が途切れる。


「……思い出した。『愛しい婚約者』って何? 俺、何も聞いてねぇけど?」

「婚約者……ですか?」


 きょとんと顔を上げると、フライも私の顔を覗き込んでいた。

 そんなに眉間に皺を寄せて瘴気を滲まされても、私にも意味が分からない。


「何も、聞いていないです。……確かに、最初は魔王を倒す条件として、勇者様に婚約を突きつけられましたけど。魔王は倒されていませんし、私の婚約は未遂です」

「ん? それなら永遠に未遂か? なら……まぁいいか」


 確かにフライが勇者様に倒される事はないだろうし、この婚約が成立する事はない。

 一転して上機嫌で私の頭を撫でるフライに、今度は逆に私がモヤっとする。


「……フライには、ウェンディさんという婚約者がいるくせに」

「あ、やべぇ」


 ウェンディという名に、フライが頬を引き攣らせる。


「……忘れてたわ。お前の怪我が回復したら、ウェンディが来る。……俺に、対が現れた事も知られた」

「え……待ってください。私の命、大丈夫ですか?」


 できる事なら一生会いたくなかった、チューズ達も憧れる、最強の戦士ウェンディ。

フライと一緒に、私の顔も引き攣ってしまった。


◇◇◇


 ウェンディが、邪魔者の私を消しに来る――と、怯えていたのだけど。サツリの説明を聞くと、どうやらそうではないらしい。

 遅ればせながら新魔神官の御披露目パーティが計画されていて、そこにウェンディも参席するという話だった。



 私の全快を待ちわびていたように、バタバタとドレスの採寸や準備が進められ、あっという間にパーティ当日になった――。


「ちょっと……このドレス、誰の趣味ですか……」

「サツリ様です」


 頬を引き攣らせる私に、メイドが苦笑いで即答した。


 ずっと地味な黒いローブだったから、ドレスが着られる事を密かに楽しみにしていたのに。新調してもらった黒いドレスは、首から胸元が大きく開いたデザインで、モナなら似合っただろうけど、胸が貧相な私が着ると、何かが寂しい見栄えになる。

 少しでも胸元を華やかに、と『竜の魂』をネックレスにしてもらったのだけど、それも焼石に水だった。


 髪をアップしてもらっている最中に、部屋の扉が開かれ、サツリが顔を覗かせる。


「そろそろ皆さんが到着されますので、準備が整ったらフライ様を連れて広間へ来てください。……今朝からフライ様の姿を見ていないので、逃げ出しているかもしれませんが」


「まさか。フライが逃げるなんて――」


 大いに、あり得るかもしれない。

 ドレスのデザインに文句を言ってやろうと思ったけど……サツリと目が合った瞬間、それどころではなさそうな事態に、しっかりと頷いた。



 フライの部屋にそっと入ると、フライは夢にうなされながらも爆睡をしていた。一応正装服だし、逃げる気は無いらしい。

 揺り起こすと、フライが気怠そうに薄く目を開ける。


「フライ、起きてください。そろそろ時間です」

「んー……わかってる。あぁ、だりぃ」


 フライは欠伸をしながら体を起こすと、ベッドの縁にだらりと腰掛けた。


 魔神官は、魔王に仕える唯一の神官。御披露目パーティでは、魔王のエスコートを受ける。

 だから、私もそれなりに気合を入れていたのに、フライはいつものボサボサ頭。


「もう。今日くらい、しっかりしてください。髪、触りますよ?」


 フライの正面に立ち、ボサボサの髪を整えていると。私の胸元を凝視していたフライが、手を口元に当て黙り込んだ。


「フライ、どうしたんですか? 考え事ですか?」

「いや、何つーか……」


 突然フライが私の手首を掴む。


「え……わっ!?」


 フライは私を引き寄せると、くるりと体を回転させてベッドへと押し倒した。


 フライが馬乗りになって、じっと私を覗き込む。

 突然の事に、私もフライから視線が逸らせない。


「あ、あの。フライ……どうし――」


 フライがそっと顔を近づけて、私の耳を軽く噛んだ。


「やっ!?」


「……そのドレス、胸が開きすぎ。俺を誘ってんだろ?」

「さそ――っ!」


 耳元で囁くその艶めかしい声音に、一瞬で全身が火照る。

 フライが私の手首を押さえつけ、首筋を舐める。


「フライ、待って。落ち着いてください。そんなつもり――」


 逃げようとしても、本能が逃げる事を拒み、フライを受け入れようと力が抜ける。

 もう一度首筋にキスをされ、自然に体がビクリと反応する。


「そんな顔して……待てるわけねぇよ」


 首から胸へと舌が伝い、胸にも強くキスをされた。

 その跡が熱くて、息が上がる。


「や、やめて、ください。それ以上は……」


 これ以上は、刺激が強すぎて、心臓が持たない。


 涙声で抗議をすると――フライは深く息を吐いて、私の鼓動を確認するように、胸に頬をあてた。

 肌から伝わるフライの体温が、私と同じくらいに熱い。


「す、すみません。もう離れてください。私、本当にどうにかなってしまいそうで――」

「……あー動くな、俺も一旦落ち着く。大丈夫、これ以上何もしねぇよ」


 しばらくの間、フライはどくどくと高鳴る私の心音を聞いているようだった――。



 フライがゆっくり起き上がり、私を見下ろして嬉しそうに目を細める。


「おー、ばっちりだ。お前、肌弱えな」

「……ばっちりって、何がですか?」


 フライが満足そうに笑い、私の胸元にトンと触れる。指先を追うように胸元を見ると、キスマークがはっきりと浮き出ていた。

 冷たい指が、滑るように首元にも触れる。きっと、そこにも。


 このデザインのドレスに、首と胸のキスマークは目立ちすぎる。この状態で、パーティになんて出られない。


「な、なんてことをするんですか。さては、パーティに出ないつもりですね!?」

「何言ってんだよ。心配すんなって」


 怒る私をあやすように、フライは私の頭を一度撫でると。宙から黒いストールを取り出して、キスマークが隠れるようにふんわりと私に巻きつけた。


 素材は分からないけど、柔らかくて温かいストールから滲み出るフライの匂いが、首元に纏わりつく。


「よし。これで問題ねえな?」

「な、何がですか。ただ隠しただけで、何の解決にも――」


「うそだろ……お前、本当に鈍いのか。俺以外に、肌を見せんなって言ってんだけど」

「…………え?」


 溜息混じりにはっきりと言われ、派手に開いていた胸元がストールで隠された事に気が付いた。


「……え?」

「少し、鈍すぎだな」


 フライは真っ赤に染まる私の頬を撫でて、呆れたように笑った。

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