15.竜の魂
キナスから戻って、数日。
一日の殆どを城下町の教会で過ごしていると、流石に教会の老朽化が気になってきた。
城下町の人に聞いた所、予想通りこの教会は、結界ができる前からここに立っていた教会をそのまま残しているらしい。
「……確かに、これは酷いですね。魔王城を移設した後、ずっと魔神官不在だったので失念していました」
天窓もないのに降り注ぐ太陽の光を浴びて、状況確認に訪れていたサツリが苦笑する。
あまり贅沢は言わないけど、せめて雨漏りと隙間風の対策はして欲しい。この辺りは冬になると雪も降る。
「冬になる前に、何とかしてもらえると嬉しいですけど」
「えぇ、わかりまし――」
サツリが壁に開いた穴から外を覗いていると、
「――おや、誰か来ますよ」
突然、外が慌ただしくなった。
教会の朽ちた扉がバンと開き、怪我をした兵が次々と担ぎ込まれてくる。平和な結界で、この数の怪我人はかなりの非常事態。
「一体、何があったんですか!?」
急いで場所を開け、運び込まれる兵士に順次回復魔法をかけていく。
「この鎧の紋章は……結界近辺で何かありましたね。サン、一度城に戻りましょう」
珍しく、サツリの顔から笑みが消えていた。
◇
――結界は、物や魔法なら通過できる。
結界が張られた直後、それに気付いた人族は、結界の外から中に繰り返し魔法攻撃を打ち込んでいたらしい。
その時既に、魔王軍には応戦する闘気も気力もなかったわけだけど、結界付近の被害は見逃せるものではなかった。そこで、結界付近に竜を等間隔で配置して、結界の外へ威嚇を続けてきたのだとか。
確かにロマーラでも、結界付近には見張り竜がいて危ないから、近づいてはいけないと言われていた。
怪我で運ばれてきた兵士たちは、その見張り竜達の守役だった。
◇
「竜は高貴な存在ですから、個体ごとに紋章が定められているんですよ。あの兵の紋は、火の山頂上、火竜のものでした」
サツリの話を聞いて、フライが眉をしかめる。
「よりによって、あの火竜……か」
その紋章を持つ火竜は、見張り竜の中でも一番老いた竜だった。
守役が怪我をしたと言う事は、当の竜が襲われていると言う事になる。けど、一体で国を落とせる程の力を持つ竜に、簡単に手を出す者はいない。火竜が反撃もままならない老竜だと知られていた事になる。
「誰かは知らねぇが、命を狙ってやがる。火竜を引き上げさせる。サツリ、行くぞ」
「あの……私も連れて行ってもらえませんか?」
地理的に、攻撃を仕掛けているのはロマーラ軍の可能性が高い。ロマーラのせいで老竜が危険に晒されているというのであれば、止めさせたい。
フライが子供をあやすように、私の頭をぐしゃりと撫でる。
「だーめ。狙われているのは『竜の魂』だ。危ねぇから、お前は留守番な」
「竜の魂……宝珠ですか?」
『帰還の宝珠』もそうなのだけど、宝珠は『魂を結晶化したもの』だと言われている。
宝珠の能力とは、元々魂が持っていた固有能力で、食べると一定時間だけ魂本来の力を発揮できるとも聞いた事はある。
でも、その作り方は不明とされているし、眉唾な話だった。
サツリが目を細めて、頷く。
「ええ、そうです。敵の狙いは、おそらく宝珠でしょう。特定の手法で命を奪うと、魂は結晶化して宝珠になるんです。ただ……こんな事になるから、その手法は封印していたのですが」
過去、宝珠を作るために無意味な殺戮が繰り広げられたのだとか。ロマーラの国宝とされていた宝珠は、その頃作られた遺産らしい。
サツリが、口元に手を当てて、ふむと唸る。
「フライ様。火竜が怪我をしている可能性があります。サンは連れて行きましょう」
「……ダメだ」
「いえ。何と言おうが、連れて行きます」
サツリとフライの間にバチバチと火花が散る。
フライは私を連れて行くことを最後まで反対していたけど、結局、サツリには逆らえなかった。
サースに防御と耐火魔法を最大限まで重ね掛けしてもらう事を条件に、私も火竜の所へ一緒に行くことが決まった。
◇ ◇ ◇
空を飛ぶ速度だけなら、フライよりサツリの方が断然早い。
サツリに抱えられて火竜がいる場所へ向かっていると、遠方に、燃えさかる火の山が見えてきた。
目的の火竜は、あの山の頂上にいるらしい。
サツリが速度をさらに上げた瞬間――突然、山頂に閃光と爆炎が見えた。
「今の攻撃、やはり結界の外からですね。あの規模、火竜が危ないです」
若い竜であればこの程度で怪我をすることは稀だけど、鱗の薄い老竜になると話は違う。
フライの到着を待つこと無く、サツリが急降下を始める。
◇
赤い鱗を持つ、立派な火竜。私とサツリが近くに降り立った時には、既に虫の息になっていた。
「火竜さん、しっかりしてください」
火竜は、老竜の体には耐えられない程の傷を負っていた。
急いで回復魔法を施したけど、到着が遅すぎた。外傷は全て治癒できても、火竜の体力と寿命が底をついていた。
命の灯が消える寸前、火竜が薄っすらと目を開ける。
「魔神官様、初めてお目にかかります。……そんな顔はおやめください。わたしは貴女の何百倍も生きています。どのような終わりを迎えようとも、何の悔いも――」
「――え?」
火竜が最期の言葉を紡ぎきる前に、火竜の頭を鋭い一筋の閃光が貫いた。
火竜が白目を剥いて、その大きな体がゆったりと仰向きに倒れる。その姿が地面に打ちつけられるより先に、小さな球へと変わり、コロリと地面に転がった。
「よし、やったぞ! 宝珠になった、成功だ!」
尊い火竜の命が失われた事を、場違いに喜ぶ声に鳥肌が立った。
……その声には、はっきりと聞き覚えがある。
確かめるように結界の外を見ると。そこには――火竜の死を、飛び跳ねて喜ぶ勇者様の姿があった。
「ゆ……勇者、様。まさか、こんな所で――」
勇者様は舞い上がっている様子で、まだ私の存在に気付いていない。後ろに控える戦士と魔法使いに胸を張り、髪の毛をふわりとかきあげる。
「おい、見たよな? 魔法使い、早く風魔法で宝珠を取り寄せるんだ」
戦士と魔法使いは私に気付いたらしく、大きく目を開いている。二人とも、私は既に死んでいると思っていたことだろう。
「……ゆ、許せません」
火竜を殺して喜んでいる事も、あの時私から『帰還の宝珠』を奪った事も。
勇者様の姿に、自分では制御しきれない程の黒い感情が湧き上がる。
「いけません! サン、落ち着きなさい!」
私を取り押さえようとするサツリを全身で振り払い、結界に向かって走る。湧き上がる『闘気』の勢いと、結界に吸収されていく速度が拮抗する。
行く手を阻む結界まで到着すると、結界をガシリと両手で掴む。
魔神官になった時、結界の作り方も、その構造も、全て受け継がれている。
魔力を流し、結界の構造へ干渉を始める。結界構造に綻びを作ると無理やり押し広げ、人が通れる大きさの穴を開けた。
「結界に穴!? どういう事ですか!」
サツリの叫び声も、耳には届かない。
開けた穴からゆっくりと外に出ると、勇者様も流石に私に気付き、大きく目を開けた。
「……せ、聖女!? 何故ここに!?」
魔族になって、初めての結界の外。
『闘気』は結界に吸収される事なく、瘴気となって体全体にまとわりつく。
「お久しぶりですね、勇者様。おかげ様で、私、魔族にもなれました」
握ったナイフに黒い瘴気を乗せ、全力で勇者様に切りかかった。




