14.キナスの復興
翌朝、村の広場に住民のほぼ全員が集まって、お互いの無事を喜んでいた。
その光景を苦い顔で眺めていたラナウドが、意を決したように足を踏み出し――毒蜘蛛が、それを制止する。
「ラナウド、何も言わなくていいわ。魔神官様のおかげで、全員無事だったのですから。
あなたはこれからも、今まで通りカイルの側にいてあげてちょうだい」
毒蜘蛛も、両親を失った兄弟を育てた親代わりの一人。
その優しい声音に、顔を上げたラナウドは、目を赤くして頷いた。
◇
空き家に戻ると、すぐにラナウドが追いかけて来た。
ラナウドは私が見せた記憶で完全に改心したらしく、机に何度も頭を打ち付けて謝罪した。
話を要約すると、キナス村にふらりと現れた解放軍に「両親と兄を殺したのは村の魔族だ」と吹き込まれ、それを信じて言われるままに復讐を遂行したのだとか。
「どうして俺が解放軍に誘われたのかも、なんで兄ちゃんが死んだ事を知っていたのかも、今となってはわからないけど……」
「本当に、不可解な集団ですね。……何か他に、解放軍から伝えられた事は?」
「解放軍といっても、俺はただの末端だから。リーダーの顔すら知らないし」
そう言うと、ラナウドは残念そうに首を横に振った。
ラナウドによると、解放軍は一人のリーダーを中心に組織されているらしい。
私もロマーラにいた頃は、結界は危険だし、取り残された人族を助けなければ、と解放軍に近い考えを持っていた。いつかそのリーダーと会えたら、外の世界を見せて、考えを改めるように説得をしたい。
「結界から出ても、争いばかりで何一ついい事はありませんけど」
流された記憶を想い出したようで、ラナウドが青褪めてぶんぶんと首を振る。
「と、ともかく、俺は魔神官様に会えて良かった。これからは、カイルと一緒に……皆と、キナスで生きていくよ」
ラナウドは苦笑いをすると、深々と礼をした。
◇◇◇
ラナウドとカイルの家は臭い。きっと護符を作ったという長兄には、聖女の素質があったのだろう。それならば、もしかして……と調べてみると、若干ながら、カイルにも回復魔法の才が見受けられた。
結界は神官が少ないし、もちろんキナスに神官はいない。今後のためにも、カイルに回復魔法を叩き込みたい。
「早く戻ってこい、なんて怒られそうですけど……」
フライには伝達を飛ばして、さらに数日キナスに残る事にした。
◇
回復魔法を扱うには、まずは膨大な知識が必要。魔法基礎から始まり、怪我や病気の種類とその対応魔法、さらに人族用と魔族用……と、覚える事は沢山ある。
それでも、カイルは「村の皆に恩返しがしたい」と必死に勉強を頑張ってくれた。
知識を身に着けた後は、さらに実戦での修行が必要になる。
私が師となり、回復魔法をカイルに教えている間、チューズとサースは住民に混じって畑仕事を手伝っていた。
放置された畑は、完全に荒れていた。そんな中、修行に励むカイルを支えながらも、一番必死に畑を耕していたのは、ラナウドだった。
◇
畑が一通り整備された頃、とうとうカイルが回復魔法を開花させた。魔法が発動した瞬間、口を大きく開けたカイルが頬を紅潮させる。
「ま、魔神官様、い……今の!?」
その顔が嬉しくて、私の顔も自然と綻ぶ。
「ええ、よく頑張りましたね、カイル。後は、知識を増やして、使える魔法を増やしていけば大丈夫です」
「あ、ありがとうございます!」
カイルはぺこりと頭を下げると、畑で作業をしていたラナウドの所へと飛び出して行った。
何事かと畑仕事をしていた皆が手を止めて見守る中、カイルがラナウドの傷を回復させる。ラナウドが嬉しそうにカイルを抱き上げ、皆がカイルとラナウドを一緒に担ぎ上げた。
「――もう、この村は色々と大丈夫そうですね」
その日、キナス村に小さな神官が誕生した。
◇
カイルの能力が開花して、キナスに滞在する目的は終えた。
そろそろ魔王城に戻らないといけないけど、住み慣れたこの家に愛着も湧いて、少々帰るのは名残惜しい。
家で片付けをしていると、畑で遊んでいたチューズ達が戻って来た。普段は一日中、畑で遊んでいる二匹が、お昼前に戻ってくるのは珍しい。
二匹の泥を洗い流してあげていると、チューズが気持ちよさそうに、喉をゴロゴロと鳴らす。
「我、ここにすみたいですー」
「キナスはゆったりとして、良い村ですしね。実は、私もそう考えていました」
この村は、時間の流れがとても心地いい。
いつかフライがウェンディと結婚したら、引退して、キナスでのんびり暮らすのもいいかもしれない。
サースが、楽しそうに尻尾を振る。
「それなら、それなら。我らとも、けいやくですー」
チューズが両手を掲げ、風魔法で机を部屋の隅へ移動させると、床の空いたスペースに、サースがいそいそと魔法陣を描き始める。
「こ、この魔法陣は――」
魔族になる時にフライと契約をした、禁呪とされる魔法陣。
「早く早く。我と対になれるかもですー」
「早く、我らの匂い混ぜるです。フライ様をうすめてやるですー」
「――痛っ」
チューズが私に飛びついて指を齧り、小さな傷を作る。
「ちょ、ちょっと待って。ごめんなさい、今すぐここに住む、というつもりはなくて――」
「我、聞こえないですー」
「耳、変になったですー」
二匹同時に耳を塞いだ。私の言葉を聞く気は無いらしい。
示し合わせていたように、サースが私の体を固定し、チューズが指の傷口から血を絞ろうとした瞬間――家のドアが、激しく開かれた。
「お前ら、何……やってんだ」
突然の不機嫌な訪問者に、私の目も丸くなる。
こんな村に現れるなんて、想像もしていなかった。
「フ、フライ!? どうして、フライがここに!?」
「ぶーぶー。間にあわなかったですー」
「ぶーぶー。後少しだったですー」
チューズが、くしゃくしゃに丸めた紙切れを放り投げる。
「な、何ですか、それ」
その紙を拾い上げて、丁寧に皺を伸ばすと。それは、今日フライが迎えに来るという伝達だった。
全然そんな話は聞いていないし、全くの初耳。
「二匹とも……隠していましたね?」
再び、二匹が同時に耳を塞ぐ。
フライが部屋の中を一瞥して、細く目を細めた。
床に描かれた魔法陣を見て、フライも一瞬で状況を察したらしい。つかつかと中に入ると、私の手首を乱暴に掴み、指先に滲んだ血を見て頬を引き攣らせた。
「なにが、『後少し』だって? ……笑わせる」
――家の中に瘴気が充満し、暗闇の中でフライの目が赤く光る。
「俺がキレる前に……出て行った方が身のためだと思うが」
「ぎにゃっ」「ぎゃわっ」
フライの威圧に負けたチューズとサースが、同時に尻尾を爆発させ、素直に家から飛び出して行った。
――突然の、二人きり。
すぐに瘴気は溶けるように消えたけど、代わりに妙な緊張感が部屋を満たしていた。
フライは怒りが収まらないようで、扉を見つめて私の手首をギリギリと掴む。
「フライ、い……痛い、です」
「あ、わりぃ」
フライが慌てて掴む手を緩めると、そっと滲む血を舐める。
「……あ、あの」
「傷を……あいつら許さねぇ」
「あの、待ってください。私は無事でしたし、キナスにいる間、あの子達はずっと私を守ってくれていました。最後はやりすぎましたが、怒らないであげてください」
舐められている指が熱い。
二匹を擁護するふりをして離れようとすると、フライは逃がさないように、私の体を引き寄せた。
フライは私の首元に顔を埋めて、確認するように匂いを深く息を吸うと、落ち着いたのか、いつもの気怠そうな声で呟く。
「……もうこれ以上、別の奴にお前を任せるのは無理だわ。連れて帰るぞ」
「フライ、近い……近いです!」
しばらく会わなかった間に、フライの匂い耐性はリセットされてしまったらしい。
至近距離から感じる甘い匂いにくらくらして、全身から力が抜ける。
「今の私には、フライの匂いは刺激が強いので……少し、離れさせてください」
「だーめ。……お前も、刺激強すぎんだよ」
フライが私を強く抱きしめ、耳元で囁く。
全身がフライの匂いに包まれ、頭に血が上ってぐらぐらと目が回る。
「あ……あの……本当に、もう……」
「え、おい。お前どれだけ――」
耐え切れず……フライの声が遠くなる。ぐったりと力が抜けて、そのまま意識が飛んでしまった。
◇
意識を取り戻した後、何とか気持ちも立て直して外に出ると。フライの登場で、私が帰る事を察したらしく、家の前には住民が集まっていた。
「フライ、もう少しだけ時間をもらっても大丈夫でしょうか?」
「……? 本当に少しだけなら」
何をするのかと首を傾げる全員を連れて、整備されたばかりの畑へ移動する。畑は綺麗に耕されたけど、作物が育つまではまだしばらくはかかる。
胸の前で手を組み、隣の魔王様ではなく、神に祈りを捧げる。
「天よ、大地に豊穣と祝福を――」
魔族となった私に、神様が応じてくれるかは賭けだったけど。どうやら、見放されてはいなかったらしい。
――ざぁ、と暖かく優しい風が吹く。
土地に恵みと祝福を与える、聖女の魔法。
人族の頃は知識があっても、魔力不足で扱う事はできなかった。今の魔力があれば、充分に発動できる。
土地が輝き、種が一斉に芽吹いて、ぐんぐんと成長する。周囲の枯木達も生き返り、一帯に甘い果実の香りが広がった。
「それでは皆さん、お世話になりました」
振り返ると小さな村に歓声が沸き起こる。
チューズとサースとが鼻を押さえて蹲る中、フライは優しく目を細めていた。




