13.キナスの伝染病
転移魔法陣から先、キナスに向かう林道――。
道案内のラナウドとカイルが、仲良く手を繋いで前を歩いている。初めて教会で見た時から感じていたけど、この兄弟はとても仲がいい。
本当は三人兄弟だったらしいのだけど、数年前に長兄と両親が死んで二人きりになったのだとか。その後は、村全体が協力をして兄弟を育ててくれたらしく、カイルは「村の皆が僕の家族なんだよ」と笑っていた。
◇
キナス村に到着したのはいいけど、閑散と誰の姿も見当たらない。本当に村人全員が病に伏してしまっているらしい。
「……魔神官様、村の皆、助かるかな?」
「はい。私が来たから、もう大丈夫ですよ」
本音としては、まだ魔神官としての自信なんてそこまでないけど。不安気なカイルの頭を撫でて安心させると、一軒ずつ家を訪問してまわってみた。
色々と魔法を試している間に、症状も見えてきた。小さな村なので、村人の数も少なく、夜が更ける頃には、最後の一人を回復させた。
人族の時なら、早々に魔力が底をついただろうけど、これだけ使ってもまだ魔力は枯渇していない。魔族になっておいて良かった。
「すごいすごい、おつかれですー」
「我の嫁、さすがですー」
「ふふ、ありがとう。無事に終わって良かったです」
今晩は、カイルの家に泊まらせてもらう予定になっている。
ほっと一息ついて、チューズ達とカイルの家に入った瞬間、
「ぎにゃーっ」「ぎゃわーっ」
チューズとサースが揃って鼻を押さえて家から飛び出した。
かくいう私も、鼻を押さえて悶絶する。
「く、くさ……」
カイルの家が、異様に臭い。
原因は、きっと家の壁に張られている護符。その護符を中心に、家全体がツンとして脳がキリキリして、我慢ができない程に臭い。
「あれ、魔神官様達どうしたの?」
「ご、護符……護符が……」
「護符? それ、死んだ兄ちゃんが作ったんだ。僕達だけ病気に罹らなかったのは、兄ちゃんの加護だろうって」
涙混じりに護符を睨みつけていると、カイルが自慢気に満面の笑みを見せた。
二匹の様子を見ていれば分かる。この臭さは、おそらく聖女の匂い。こんな護符を作るとは、長兄には聖女の素質があったに違いない。
「ご、ごめんなさい。私達……そう、実は寝相がかなり悪いんです。ご迷惑になるので、外で寝ますね」
家が臭くて入れない、なんて言ったら、匂いが分からない人族のカイルは、きっと傷ついてしまう。
顔が引き攣らないよう無理やり笑顔を作ると、カイルは首を傾げながらも「それなら」と空き家を紹介してくれた。
魔族になってやっと分かったけど、聖女は驚く程に臭い。こんな匂いを流していた私を看病してくれたフライに、改めて感謝をした。
◇◇◇
村人全員がほぼ同時に倒れたので、キナスの畑は枯れ、食料も殆ど残されていない。魔王城から持ってきた干し肉が今日の晩御飯だった。
干し肉を食べている間も、チューズは鼻にこびりついた匂いを取るように、ずっと鼻を掻いている。
「ぎにゃにゃ、にゃ、く、くさいですー」
「早く、早く、かえるですー」
涙目で私にしがみ付いて訴えるサースの頭を、モフりと撫でる。
「ごめんなさい。確認しておきたい事があるから、もう少しだけこの村に残りたいの」
私の申し出に、涙目の二匹が同時にコテリと首を傾げた。
◇
深夜、村が寝静まった事を確認して、そっと家を抜け出した。
「なにするですー?」
「なにごとですー?」
「よくわからないけど……村に蔓延していたのは、伝染病ではなかったんです」
人族と魔族の体の構造は異なる。だから回復魔法も別だし、同じ病気に罹る事もない。それなのに、人族も魔族も村全員が同じ病に侵されているなんて、変だと思ってはいた。
色々と試してみた回復魔法は全て不発。試行錯誤の結果、ようやく辿り着いたのは解毒魔法だった。
「この村は、病気ではなくて、毒に侵されていたんです。自然発生とは考えられませんし、原因を突き止めないと……きっとまた、同じ事が起こります」
「ならば、我にまかせるですー」
サースが大きく尻尾を振ると、四つ足をついてスンスンと地面の匂いを嗅ぎ始める。
村を一周するようにぐるりと回った後、隣接する森の入口で動きを止めた。
「匂いが二つ、森の奥にのびてるですー」
「我も、この匂いしってるですー」
チューズも地面に鼻をつけて匂いを嗅ぐと、目を細めて森の奥を見た。
◇◇◇
匂いを辿った先に、蔦で不自然に隠された洞穴があった。
恐る恐る蔦をかき分けて、薄暗い穴を覗くと――丸く大きくい何かが、モゾモゾと蠢いていた。
思わず恐怖で仰け反りそうになったけど、良く見ると、それは蜘蛛のように見えた。
「蜘蛛? ……もしかして魔族、ですか?」
「ど……どなた?」
蹲り、震えていた丸い物体が、頭を上げる。
それはやはり蜘蛛の魔族だった。体を覆う独特な派手な攻撃色は、きっと毒蜘蛛の証。
今日、私が回復した村人に、この魔族は居なかった。
そうなると、村を毒に侵した犯人は、この毒蜘蛛でほぼ間違いないのだろうけど。震えて怯えるだけの毒蜘蛛から、全く敵意は感じられない。
「あの……確認ですけど。村を毒漬けにした犯人、あなたですよね?」
おずおずと尋ねる私の背後で、チューズが炎を巻き上げて毒蜘蛛を威嚇する。毒蜘蛛は八つの目で、炎に照らされた私とチューズを見比べた。
「村の状況を、ご存知なんですね……本当に、どなたですか? 貴女からは薄く、魔王様の匂いがしますけど……。それに、そちらの方……まさか、チューズ様! お願いします。助けてください、私の子供が――」
毒蜘蛛が震える声で、チューズに助けを求めたのと同時、
「せ……聖女様。どうしてここに――」
背後からの声に、すかさずサースが防御魔法を展開した。
「どうして、私がここにいるか、ですか?」
――ゆっくりと振り返る。
そこには、驚いた様子のラナウドが立っていた。
「……ここには、あなたの匂いを辿ってきました。逆に聞かせてください。何故ラナウドが、この場所にいるんですか?」
カイルとは違い、ラナウドは未だに、私を魔神官ではなく『聖女』と呼ぶ。
結界には、ラナウド以外にも、私が『魔神官』になった事を認めない人族の集団がいる。
ラナウドの正体に、想像はついた。思わず口から溜息が漏れる。
「ラナウド、あなた。解放軍ですね」
「だ……だから、何だと……」
「ラナウド、もうこれ以上はもう諦めてちょうだい。早く、私の子供達を返して」
どう考えても、毒蜘蛛に敵意は無い。
きっとラナウドは、子供を人質に、毒蜘蛛に村を襲わせている。それを察したチューズが、闇に大量の炎を浮かべてラナウドを威嚇する。
「……くそっ」
ラナウドが、逃げようと踵を返そうとして、
「サース、ラナウドの動きを止めてください! 蜘蛛さん、ラナウドに毒を――」
「了解、おまかせですー」
サースが魔法でラナウドをその場に縛りつけ、毒蜘蛛がその上から毒糸を噴きつける。即効性のある毒のようで、すぐにラナウドが体を丸めて呻き始めた。
「その毒、苦しいですよね? 村の皆も、同じように苦しんでいました。ラナウド、子蜘蛛を、どこに隠したのですか?」
「……」
ラナウドが、抵抗するように体を丸めて押し黙る。
聞き分けの悪いラナウドの顔を覗き込むと、自然と薄っすらと笑みが漏れた。私を見て怯えるラナウドの瞳に、赤く目を光らせた私が映り込んでいる。
「言わないなら……そうですね、カイルも毒に侵されてもらいましょう。今度は兄弟だけが、仲良く謎の伝染病に苦しむ事になりますね」
途端に、ラナウドの表情が一変する。
「や、やめろ! カイルは関係ないだろう!?」
その自己中心的な考え方に、思わず呆れてしまった。
「子蜘蛛にも、何の関係もありませんよね。ラナウド、あなたがしている事は、それと同じことです」
強く頬を叩くと、ラナウドはしばらく押し黙った後――力なく、ぽつりと子蜘蛛の居場所を明かした。
◇
チューズが子蜘蛛を迎えに行っている間、ラナウドが恨めしそうに私を見上げる。
「……兄ちゃんを殺したのは、村の魔族達だ。なんで聖女様がその魔族を庇うんだよ」
「なんですって? や、やめてちょうだい、ラナウド。そんな事、ありえないわ」
必死に否定をする毒蜘蛛の言葉を、ラナウドは一切信じようとしない。
「もう、嘘はいいよ。俺、知ってるんだ。いつか俺達も殺すつもりなんだろう? ……その前にカイルを連れて、村からも、結界からも、外に逃げてやるよ」
「外……ですか」
結界を疎ましく思う解放軍やラナウドの思考は、どうしても理解できない。
「私は、人族から魔族になった身ですから、よく分かります。結界にいる限り、魔族は人族を襲えませんよ? ……結界が無い所では、遠慮なく人族を襲いますけど」
そっと、ラナウドの額に人差し指を添える。言葉で伝わらないなら、実際にその光景を見てもらった方が早い。
「結界から出るのは自由ですが、そこにあるのは本当の戦場です。……実際の、外の世界を見せてあげます」
指先から、魔王城に来る前の記憶をラナウドに流し込んだ。
暴れ狂う魔族との争い。為す術も無く、失われていく人族の命。日々魔族に怯え、暮らしていた日々――。
記憶を流し終わると、ラナウドが呆然と青褪める。
「ま、待ってよ。これが、外の世界? これが魔族? そんな……これが本当なら、何故、解放軍は――」
「それは私が知りたいです。結界から出るなんて自殺行為ですね」
子蜘蛛を見つけたチューズが、嬉しそうに飛び跳ねて戻ってきたので、弱っていた子蜘蛛を回復させて、ラナウドの毒も解毒した。
ラナウドは暴れることもなく、じっと私を見つめていた。




