*神様の懺悔
ルール違反をしている自覚はあった。
本来人間の死を特別扱いしてはならない。そんなこと神様成りたての私はおろか、天界に住む者ならば誰だって知っている。
ただ偶然見つけてしまった彼女があまりにも異質だった。
天界から地上に干渉することはできないが、見ることは容易で私は彼女を見つけた。
それは混じりけのない真っ黒な点が一つ、様々な色であふれる世界にまるで目印のようにあるのだから、一度知ってしまえば目で追うことは必然だった。
人は大なり小なり悪意というものを持って生まれる。
それ自体は否定しない。
生まれながらに天使、純白の善意のみで生まれる子供はまれであるし、そう言ったことは7歳までに命を落とすことが常だ。
7歳までは神の子という言葉通り、純然な魂を気まぐれで攫ってくる神もいたがそれ以上に無垢であり続けると言うことは命の危険を伴う行為である。
事件事故にしろ、純然な魂を宿す子供は世界に淘汰される。
ある意味、天界に引き上げられた方がその子の性質には合っている。
人は善、仮に白い面と悪、黒い面を持っていると仮定しよう。
そして多くの人はその2つがまじりあい灰色な性質を持ち生きていく。それが通常。
中には白と黒と灰の色を持つ人間も存在した。
しかしあくまでそれは白と黒が薄まった灰色の人間である。
少しばかり天界の基準について話そうと思う。
天界に住むものは皆人ではないが元人間と言う者も多少はいる。
先に話した気まぐれに攫ってきた子供。
それから魂に本当の『白』の残した人間。また生前に何らかの善行を行った人間。その2つは何度もめぐり来る転生の輪の中で加点すべき数値として数えられ、一定数会得した者のみが転生の輪から外れ天界に呼ばれる仕組みだ。
それに対し奈落、いわゆる地獄という場所は減点式で『黒』の残った割合は関係なく、あくまで生前の悪行の種類、数のみで減点され、こちらも一定数に到達した場合、輪廻転生の輪を外れ罪に応じた責め苦を受け、文字通り叩き直される更生施設のような場所だ。
灰色の人間はよほどの善行、悪行をしないかぎり周り続ける転生により人間であり続ける。
天界への声かけは名誉であり褒美で、地獄からの招きは罪による罰だ。
そしてこの件の少女は、純度の高い多くの『黒』と少しばかりの『白』を持ち続け、死の直後、人命救助をした後その命を終えてしまった。
この時、少女の頭の中には「(なぜ誰も助けないの?一番近い場所にいる私が助けなければ非難されるじゃない!)」と、自分の保身のことしか考えてはいなかったが善行は善行。その上、その行為により多くの人から手厚い供養と供物が届いた。
死後における亡者への供養と供物は天界に置いて加点となる。
さらに彼女は純度の高い悪意を持っていたが、それを口にすることはもちろん態度、行動に出すことは一度たりともなかった。
これは彼女の中にあった『完全な白』の部分による、ルール違反をしてはならないという志向と外部から受ける自身への保身が大きく関係している。
彼女の中の『完全な白』それは潔癖なまでの正しいルールだった。
子供の頃『嘘をついてはいけません』という教えをかたくなに守り、世の中に優しい嘘というものがあると知るまでは彼女は嘘をついたことがなかった。
本来、人の中で生活を続ければまったく嘘をつかないことにつまずく。
人間関係を構築する上で真実とは時に必要としない。
しかし彼女は幼いながらに聡い子供だった。
嘘をつかないと言うことと、真実を語ることをイコールとしなかった。
つまり黙るという選択で彼女は嘘をつかないで生きるすべを幼少期にすでに身につけたのだ。
それでも本来ならそれを異質と気づかれ、人は嘘をつくことに慣れ始める。彼女がそうならなかったのはひとえに空気を読む能力が抜群にうまかったことと、恵まれた周囲の環境、運の良さ。偶然にもすべてが彼女の追い風となってしまった。
嘘をつかない彼女は着々と信頼を集めたが、その裏で彼女は思っているのだ。
(ああ、天気が悪い。学校に行きたくない。誰かが自殺して休校にならないかな)
(ああ、体育の長縄が嫌だな。担任あたりが死んで授業なくならないかな)
なんて、自分の気分の問題で誰かの死を祈る事は常だし、それどころか
(燃えろ)(コケろ)(壊れろ)(落とせ)
これが何に対して思ったものか普通の人ならばすぐには分からないかもしれない。
ただ道を行くすれ違っただけの人。
燃えろは長い髪の女性に、コケろはおろしたてのようなスーツの男性に、壊れろは夏休みに作った作品か、子供が登校中持っていた粘土で作ったような人形に、落とせは年配女性の持っていたケーキの紙箱。
どれも彼女の気分を害した相手ではない。
ただ目に入っただけで彼女はそう思うのだ。
そしてこの悪意は彼女の身内にも向けられていた。
(離婚しないのかな?)(喧嘩しないかな?)(階段から落ちないかな?)
両親に親友たちに下の兄弟に、なぜそんなことを思うのか。
家族仲は悪くないし、友人関係も良好。
何か不満があったとか、嫉妬や劣等感があってのことではなく、彼女はただ想像するのだ。
ただ思うだけならばまだいい。
その想像はとても具体的でリアリティを帯びた映像を頭の中で繰り広げる。
クラスメイトを選び首をつらせ、担任を事故死させ、燃えた女性は顔面まで火で覆われもがき苦しみ、男性は羞恥心とこれからの予定に慌てふためき、子供は泣き叫び、年配女性は呆然とする。
両親は度重なる口論、友人同士は思い人を取り合い足の引っ張り合いを繰り返し、弟たちは転げ落ちるよう転落、病院へと運ばれる。
あくまで彼女の頭の中だけの出来事。
それでもあまりにも残酷で非道。
些細なことから吐き気を催すほどの残忍さを持った彼女の嗜好は、もはや趣味のようなものなのか目に写るものすべてに向けられる。
それこそ好意、嫌悪など関係なしだ。
『人の不幸しか願えないあなたは、人の綺麗な感情が欠落しています。人はもっと美しく、健やかに生きるべきです。本来のあなたは真面目でありました。今回の死をもってあなたの人生は一度リセットし、新たなる人格としてもう1度生まれ直すべきです。』
私は言った。
その言葉に偽りはない。
それでも私は人間に干渉するというルール違反を犯した。
彼女からすれば私の方が悪になるのかもしれない。
そう、彼女はあくまで頭の中でのみ悪意を飼いならし表に出すことはない。
むしろ行動は善行ばかりだ。時々、意地悪なのか『指摘しない』『とりもたない』など、誰かの助けをしないことを選ぶことがあって、その結果周囲でもめごとや小さな事件が起きたところで彼女は『しなかった』だけであり、それは悪行とはならなかった。なぜならばそれは彼女が絶対的にする必要のないものであり、それをする、しないは彼女の自由。
これらすべてのことから彼女には多くの加点が付き、天界に呼ばれる可能性が高いことを意味していた。
私はあの悪意を持った人間が天界に来ることを恐れている。
それと同時になぜ彼女が生まれてしまったのか本気で憐れんでいた。




