12.物語の考察
児童書でありながら長編。特殊用語や設定などが多く出てくるため、まとめサイトや考察サイト、物語の裏側を予想するスレなど様々なサイトがネット上には溢れていた。
それは物語が完結してもなお更新され、久しぶりに覗いてみれば新しい定説が生まれていたりして、いまだに新発見の多い愛された本である。
その中で強くささやかれ続けているのはメインキャラクターの七つの大罪説と取り巻く世界を三つに分けた三毒説。
まだほとんどのキャラクターを目視できていないため、この説が正しいか私に判断することはできない。
ただ定説となるぐらいには的を射る表現だった。
主人公三人の他にライバル的な立ち位置のキャラクターとそのガールフレンド。それから序盤での黒幕が一人とその友人で最初のメインキャラクターからの被害者が一人。
この七人はスバ抜けた魔力と個性を発揮している。
そんな彼らを七つの大罪に当てはめ、この物語は少年少女の後悔の物語であると言い切る者も結構多い。このような顛末にならないための教訓が隠されているのではないかと推理する者もいた。
確かにほとんどのキャラクターがただの善人ではなく、心の中に何かしらの葛藤を抱えていた。
例としてキヨが物語の後半、アカヤや先生たちに諦めの感情を向けるシーンがある。
『彼らは僕ではない。だから僕を理解することなどないのだ。キヨはそう考えることで心の平静さを保った。』
それを七つの大罪のうちの〈怠惰〉に当てはめるとして、諦めることなく彼らに訴えかければ違った未来はあったのではないか。もっと早い段階、能力を決めるときにアカヤに嫌われないようにと自分の意見を諦めるのではなく、押し通していたのならなんて場面は多々出てくる。
それとは別に和製ファンタジーにこだわっていることから七つの大罪ではなく日本でいう三毒がこの世界を構築しているのではないかという説もある。
貪・瞋・癡。
簡単に表現するのなら、
貪は貪欲。異界に執着し、それを得るために魔法界を混乱させた結実。
瞋は嫉妬。結実の偉業、力に反発心を持った彼女の周辺にいた大人。(魔法界含む)
癡は無知。これは物語の主人公たち。知らないがゆえの無鉄砲さで事を大きく最悪の事態へと導いた。
こう考えるとどちらもそれが設定の元となっているような気がするものの、物語の中ではもちろん作者からもそのような話は一度も出たことはなく、あくまで後付けの読者たちの考察である。
なぜ今それを思い出しているかというと、さっきキヨママのようになって欲しいと神様は私に期待しているのではないかと思った。
だからこそこの世界と考えたとき、キヨママ個人よりもこの世界を取り巻く罪と毒。この二つを直面させることでお前の罪を数えろ的なことの方が筋が通っているような気がしたのだ。
(でも罪を前に私は何をしたら正解なのか?)
教訓を生かし、私はこうならないと落ちていくキャラクターを見殺しにするのか?そう思ったところで再び痛くならない頭に私は首をひねる。
(あくまで感想と疑問だからセーフ?)
てっきり神様の言う悪意は殺意のことをさしているのかと私は思っていたが、今まさにキャラクターを見殺しにするか?と考えたが頭は痛くならないのだ。
(でも神様的に見殺しはオッケーってこともなさそうだよね?)
教訓を生かし、彼らにもそれが罪だと知らせる?
死ぬはずだった人を救う?
そもそもこの世界を平和にする?
そうなってくるとただの凡人である私には規模がでかすぎてどうしようもない。
そもそも私はヒーローになりたいわけでも善人になりたいわけでもない。
普通のつもりで生きてきて、普通に死んだ。
それがおかしいことだと言われ、やり直しを命じられた。
おかしいのは何か、悪意、殺意、そのほかにも神様の気に障る何かが私にあるのか見定め、これからを生きていく。
話がややこしくなってきたところでようやく瞼が落ちてきた。
明日は一体何をするのだろう。
とりあえずの目標は頭痛回避。
そんなことを考えながら私は眠りについた。




