第六十四話 『思わぬ再会 ~交易の要衝トバコにて~』
「ゆーとさん、ゆーとさん……!」
意識と無意識の狭間で揺れる俺を呼ぶ声。なんだ……?
「ん……あ……」
慣れない強めな日射に思わず目をしかめつつ、身体を起こした。
さっきまで寝ていたベッドのスプリングが軋む。横を見るとベッド脇でテトが快活そうに笑んでいた。
「ゆーとさん、おはようございます! ご飯食べに行きませんか?」
「え、あ、ああ……えーと、ここは……」
たぶんかなり間抜けな表情になっていたと思う。
ややあって、ようやく自分の置かれた状況を思い出した。
そう、ここは目的の街、トバコにある宿屋だ。
昨晩、眠い目を擦ってようやく到着した仮屋なわけである。
「まったく、遅いよユウト。もうお昼なんだけど……」
ハスキーな声が部屋の出口から飛んでくる。なんだ、と思って目をやれば、小柄な少年がいる。藍色の髪に同色の瞳。肌色は薄いが、目元にある涙ぼくろが特徴的なヤツだ。今は、ふらつくように大量の買い物袋を抱えている。
「あ、えっと……ごめんなさい。午前中、ゆーとさんが寝ている時間に、ルカさんと一緒にちょっと街の方に行ってまして……」
テトが人差し指をつんつんさせながら、声を小さくする。なんて、いじらしいんだ。
一方、ルカはと言えば、興味深げに袋の中身を漁っていた。焦げパンを取り出して、ひょいと口に放り込む。そして、まだ食うものは無いかと物色している。こいつやっぱ仲間にするべきではなかったような……。
「結構、賑やはな街らよ。ユウホも行はない??」
「ああ。いや、まあいいんだけど。あと、ルカは口にモノ入れたまま喋るな。行儀悪い」
俺の言葉を聞いてテトは少しだけ安心したような表情になり、諧謔心がそそられる。ルカはむっとした顔でこちらを睨み付け、そして突然、口に咥えていたパンをぽろっとこぼした。
「うぁっ、おっ、お前なんてカッコーしてんだ?!」
ルカは悲鳴と共に両手で自分の目を覆う。だが、隙間からしっかり俺の全身を見ている。
「は? そりゃ、ご覧の通りだべさ。肌着オンリーの爽やか夏スタイル」
俺はベッドの上に仁王立ちし、腰に手を当てる。実に堂々たる構えの俺にルカはキャンキャンと吠えた。
「ふっざけんな! ズボン履けよぉ!!」
「あんでだよ。部屋の中でくらい好きな恰好させろや。っていうか、お前もさっきから俺の下半身ばっか見てんだろ……」
俺の指摘にますますルカ耳まで赤く染めた。
ぷしゅー、とかいう効果音が聞こえてきそう。
「ま、ルカもお年頃ってことだ。まったく……まだまだ若い――ぶごっ!!」
ベッドから降りた瞬間に、ストレートパンチをお見舞いされてしまった。
「しねっ! 風邪ひいてしねっっ!!」
実に可愛らしい悪口を残して、ルカ君は部屋から出て行ってしまった。
「なんだ? あいつ。っつーか、男なんだから別に普通だろうが……なぁ? テト」
俺と同じように首を傾げていたテトは、
「はい……。 ルカさんは何だか恥ずかしがり屋さんです」
と不思議そうな感想を洩らす。どちらも自分たちがオカシイことに気付いていないのであった。
※
「人……多いな」
「はい……! アデレイドの中心区よりも沢山いますね」
俺とテトは市街地でも最も人口密度が多い地域に来ていた。トバコ南地区。
こっちのエリアは穴場だそうで、常連は皆、南地区で飲食をするという。因みに、午前中テトとルカが行ったエリアは北地区だったらしい。
メイン道路を下るごとに、段々露店の数が増えていき、喧噪も活気を増していく。肉や魚の焼ける良い匂いが辺りの屋台で渦を巻く。歩行者天国、ウノロス車通行禁止ということもあり、目まぐるしく人が行き交う。
「と、とりあえず離れるなよ。迷子になったらアレだしな」
雑踏の多さに圧倒されながらも、テトにそう伝えた。彼女はこくっと小さく頷いたかと思うと――
「あのー、テトさん……?」
――ぎゅっという具合に手を握られた。小さな手ながらも、やわらかな温もりが伝わって来る。
「う、その……嫌だったら、離してくれてもいいです。けど、ゆーとさんが良かったらこのままで――」
そう言うと彼女はじっと俺の顔を見つめてきた。そんな「うー……」って目で訴えかけられるともう俺に選択肢なんて無いではないか。しゃーない、これは不可抗力なのだ。
そういえば、さっきからずっとテトと見つめ合っている。なんだ、これ……。え、これってもしかして、リア充共の間で言うところの所謂、デー……
「あのー、お腹減ったんですけど」
「うぉう!」「ひゃい!」
背後から突然声を掛けられ、俺もテトも跳ねた。
咄嗟に振り返れば、冷めた顔のルカ君がいる。何だかご不満げな表情だ。なぜにお前がそんな顔をするのか理解は及ばないが、俺とテトはササッと距離をとった。同時に右手の温もりが名残惜しそうに離れていくのを感じた。
「さーて、何を食べようかなぁ!」
「そ、そうですね! お店が沢山あって迷いますっ」
自分たちでやっておいて恥ずかしいほどの猿芝居を開陳してしまった。
こんなんでルカの気を紛らわせられんのかと不安だったが、
「ボク、あそこの屋台がいいや」
ジト目食いしん坊のそれ以上の追及はなかった。
まぁ、気を遣ってくれたのだろう。俺もあまり深いことは考えずに、ルカの指さす店に目を向ける。
「え……あそこ行くか?」
意図せず渋る発言をしてしまった。途端、短髪藍眼野郎に睨まれる。
「なんで」
「いや、なんでって……ねぇ」
俺は言葉には出さず目だけで周囲の店の繁盛具合と、ルカがご希望の店の過疎具合を示した。こんなに人通りのある所でそこだけ、集まりが悪いというのは『何か理由』があるからに決まっている。そして、嫌な予感が濃厚。
「じゃあ、テトと一緒に行って来る。ユウトの分は要らないね」
俺の遠回しな物言いに業を煮やしたのか、ルカはぐいっとテトの手を引っ張った。
「えっ! あっ、えっ?! あの、ルカさ――」
突然、連行されていくテトに発言権は残されていなかったようだ。あっという間に人海の奥へと飲まれてしまった。
「おい……。ったく、なんだぁ? あいつ。不人気な店にわざわざ行ってどうすんだよ」
イミワカラン、そう首を捻って俺は手近な店の行列最後尾に並ぼうとした。
が、その肩を強引に何者かに引っ張り戻される。なんだ、今度は割り込みカスか?
少々険悪な表情で振り返った。ルカに勝手な行動をとられたお陰か俺も若干イラついていた。
果たして、そこに居たのは――
「どーも、センパイ。お久し振りっす」
実に爽やかなスマイルを浮かべるイケメン男。背は、かなり高い。今日はいつものロイギル専用制服ではないらしい。
「あー、スイマセン。どちら様でしょうか? 人違いかと……」
「もーう、酷いなぁセンパイ。僕ですよ、僕。鏑木司です。覚えてませんか?」
俺の地味な嫌がらせを華麗に躱しつつ、金髪リア男あらため転生仲間は首を傾げた。
妙に清涼感ある香りが俺の鼻をつく。そして、この押しつけがましい同調圧力。どんだけYESと言わせたいんだ、と。この慣れなれしさと鬱陶しさ、間違いあるまい。例のリア充異世界転生者。かつて、カースト最底辺をうろついていた俺に対し、恐らくてっぺんに君臨していたのであろう王子様。
「知らん。あっち行け」
俺は短くそう区切るのだった。