第六十三話 『ウノロス車の上で』
賊たちに襲撃された大森林から車を走らすこと数時間。まだ陽は登っていないものの、だいぶ空が白んできていた。
御者台から軒昂に歩く角獣、ウノロスを繰っていた俺は、ふと荷台を振り返ってみた。
「すー……すー……」
テトがこちらに背を向け、麦藁の上に眠っている。
彼女の寝息に合わせて身体が上下し、尻尾はぱたりぱたりと床を叩いていた。
どこかで見たような光景である。
テトも今日一日疲れ切ったことだろう。俺は完徹になるわけだが、テトの為を思うと早くトバコの宿まで辿り着きたい一心でウノロス車を走らしている。
「ウノロスもお疲れだな。街に着いたら、なんか美味いモン奢ってやんねぇと」
首を伸ばして、目の前をゆったり歩く角獣の顔を窺う。
分厚い瞼は完全に閉じており、鼻から風船が上がっていた。
「寝ながら、歩いてんのかよ?!」
まったく、ウノロス君は今すぐ現実世界に導入されるべき動物である。
これならば、運送会社のブラック状況も少しは改善されるだろうに。
ウノロス運輸とかいうビジネスが会社が立つに違いない。まぁ、速度はたかが知れているので、お客様から「このウスノロが!」とクレーム頂戴すること必至なわけだが……。
「ユウト……」
突如、御者台の隣にいる人物から名前を呼ばれる。だが、俺は答えない。目だけをちらっと動かして、確認する。藍髪の人間が安らかな寝顔でこっちを向いていた。
アデレイド郊外の草原にて、晴れて仲間に加わったルカ・ヴァレンタイン君である。道案内役ということで、御者台にかけていたのだが、一時間と経たずオネンネである。まったく、使えない案内人だ。ウノロスがハイスペ過ぎるお陰で殆ど苦労はしてないが……。
しかし、それにしても、ルカは強気な口調が特徴的だったが、その寝顔は随分と可愛らしいものがある。ボーイッシュな女だと言われても納得出来る。要するに、未だにコイツの性別が判然としないのだ。勘違いで女の子だと決めつけていたら、後々痛い目に遭いそうなので、取り敢えず今は男だと思うことにする。
「後で確認しとかねぇとな……まぁ、ラノベじゃあるまいし、野郎に決まってんだろうけど……さ」
「ユウト……ユウト……」
間を空けて座っていたのルカが、こちらの名前を連呼する。ちょっとドキッとするじゃないか、と思っていたら突然彼がこっちへ寄りかかって来た。
甘い柑橘系の香りが鼻腔を撫ぜる。ルカの綺麗な二の腕が俺のとくっつく。
「クッ、コイツは男だ……勘違いするなー……、俺ェ……!」
動悸を抑えようにも、ルカのカワイイ寝顔がじっと俺を見つめている。そして、こんな寝言をルカは呟くのだ。
「ユウト……なか……、に……してくれる……の……?」
もうね、頭の中真っ白ですよ。君、一体どんな夢見てんの?!ってね。危うくアイツが反応してしまう所でしたよ。まぁ、たぶん『仲間にしてくれのか?』って言いたかったんでしょうけどね。そうに違いありませんから。
その後もルカは「きて……」だの「しょうがないな……いいよ……」だの色々ギリギリなうわ言を呟き続けた。二人の間隔もタッチとかそんなレベルではなく、もう完全に俺に寄りかかっていたのでますますヤバイ。
にも関わらず、暴走を抑え続けた俺はきっと優秀な汎用人型決戦兵器へとシン化するであろう。うぉぉーん!
「ゆーとさん、大好き……です」
頭が爆発した。
だが、今度は隣りの男の娘からではない。
俺は真っ赤な顔で、振り返った。小さな身体をした狐娘が、今度はこっちに身体を向け、すやすや寝息を立てている。その穏やかな表情を眺めながら、俺は呻いた、
「こういうのが、一番破壊力あるな……」
と。
――きゃあぁ! 何言ってるの、私!!
ゆらゆら揺れる荷台の上でテトは無言の絶叫を上げていた。
目を閉じて寝たフリはしているものの、青年が無言でこっちを窺っているのを感じた。
※
きっかけは、車の少し大きな揺れで目が覚めたのが原因だ。寝起きの頭でゆっくり辺りを見回すと御者台の方にあの青年が座っているのが見えた。
寝ずに、運転してくれていたのか、と思わず感激する。だが、同時に驚愕した。
彼の隣に、いや正確には恋人座りで肩を寄せている人影が視界に入ったからだ。
――あれは……ルカさん?! どっ、どういうことですか!!
混乱している最中に、唐突にそのルカの声が聞こえた。
……どう考えても誘っているとしか思えなかった。
――ふぁあああ! これはマズイです! 夫婦の危機ですっ!!
ルカが男である可能性も忘れて、テトは、ふんがふんがと憤慨する。しかし、その甘ったるいお誘いを受けても青年は何も反応していなかった。ただ直立で姿勢よく座っている。何か手を出すようなそぶりは見せない。
――ぐすっ……ゆーとさん、さすがは私の大事な大事な夫さんです……。ゆーとさん、私、やっぱり貴方のことが……貴方のことが……
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