第六十五話 『飛ばねぇヤキソバは、ただのソバだ。』
俺の邪険な対応も素で流しつつ、鏑木はなおも絡んでくる。
「センパイはいつ、トバコにいらっしゃったんですか?」
「っせーな、今朝だよ。昨日の昼に出たんだけどな」
「へぇ! それはずいぶんかかりましたね? アデレイドからだと……森を迂回して、んー、半日もあれば着く距離じゃありませんでしたっけ……」
鏑木は天を仰いで、すっとぼけた顔を作った。
誰のせいでそんなに遅れたのか、分かってんのかと内心毒づく。たしかに、近道として例の森を抜けようとしたのはこっちの采配ミスだ。お陰でそこに巣食う郎党に襲撃される目に遭ってしまった。まったく、急がば回れを体現する結果である。
しかし、もとはと言えばコイツの入っている組織の仕事に問題があったのも事実。手前がしっかり処理しておけば、昨晩には到着していたはずなのに。絶許。断じて、八つ当たりではない。
「へーい、ツカっち! こんなとこに居たわ」
と、背後から軽々しいノリの男声が飛んでくる。
次はどいつだ……、まぁ、大体想像つくけど……
鏑木がここに居るということは、とアテをつけつつ振り向いた。
顔に桜腫れをつくった赤髪ピアスがへらへら笑いながら歩み寄って来る。
「ジュンペイ、どこ行ってたんだ……。その顔どしたの?」
「ああー……、ちょっちね」
そう言うと稀代のチャラ男転生者こと、飯島純平は面目なさそうに目を逸らした。俺は奴の頬にべったり刻まれた腫れが、平手打ちの跡であると気付く。まぁ、おおかた女の子にしつこいナンパでもして、一発お見舞いされたのだろう。
「って、うぉッ!! タニフル先輩じゃーん!! 奇遇っすねぇ!!」
絡まれるのも面倒だと顔を背けていたのだが、すぐバレる。
飯島は大またで俺の所までやって来て、乱暴に肩を回してきた。
「えー! なんでこんなとこ居るんっすかーっ?! マジ、超運命感じちゃうんですけどー!! タニフル先輩が女の子だったら、これもう生涯保険終身雇用っしょ!」
うっぜぇ……。最後の方、もはや何言ってんのか分かんねぇよ。
だいたい、俺が女だったらお前みてーなのは論外だっての。
俺が飯島のしつこさに負のオーラを濃くしていると、鏑木が飯島をやんわり引き剥がす
「ジュンペイ、その辺にしとけ。すいません、センパイ。ウチのが迷惑かけて」
頭を下げられ、こっちも思わず会釈してしまう。
よくよく考えると俺は何も悪くないのにぃ……。自分への自信無さが呪わしい。
「まったまたぁ~、ツカサちゃん俺っちのことペット扱いしてない? どいひぃー」
肩をすくめて口元を緩ませる飯島には、全く反省の色が見えない。
俺と鏑木のため息が重なった。鏑木は、渋面で口を開く。
「実際、お前の扱いには困ってんだよ……。任務はちゃんとこなしたのか?」
「あー、あれ? うんうん、もう終わったよぉ。んで、時間余ってたからちょいと外遊ってヤツ??」
「仕事済ませたんなら、すぐ報告しろよ……。休暇だってちゃんとあるんだからさ」
任務とは、ロイギルの仕事のことであろうか。
となれば、完全に俺は蚊帳の外。もう、関わることはあるまい。
「……」
俺は無言で彼ら二人から離れ、また列に並び直す。
客の人数は俺の前に七人ってところか……。
ヒューマン以外にも、獣人だったり、エルフだったりと種族もまばら。
ここら一帯の出店は色んな種族に好評らしい。そんな訳で、余計めにルカたちが向かった不人気店の異常さが際立つ。
「あいつら、迷子になってねぇよな……」
人混みの中に目を走らすが、ただでさえ小柄な二人だ。見つけるのには骨が折れそうである。逆に上背の鏑木、飯島はどこからでも見つけやすい。現に、今も通り向こうにいるにも関わらず、ソレと分かる。
「そういや、あいつらって今日非番なのか?」
鏑木と飯島の服装に注目する。
彼らロイヤルギルドの団員はいつも紅白の制服に身を包んでいる。その小数精鋭というスター性からか、アデレイド市内で彼らが歩けば小規模な観衆が発生するくらいだ。
だが、今の彼らは麻や綿生地の地味な色の服装である。一般市民の間ではそれが普通なのだが、彼らがそのような恰好をするのには理由が要るはず。
「さっき仕事の話してたけど……。ってことは、非番なワケじゃない?」
非番でないときに、私服で活動をする。つまり、私服でなければ職務に支障をきたす内容。
それはつまり――
「また、嫌な予感が……」
そして、僅かに逡巡した後、決心する。
「盗み聞きはもうしないって決めてたんだけどなぁ」
俺は、数メートル向こう、路地の所で何やら情報交換している二人に目を凝らした。注目するのは彼らの口の動き。低い視力は魔力で補いつつ、唇を読み取る。
『んで、一軒一軒質問してったわけよ。「この店ってなんでこんなに人気出てんの?」って』
飯島の言葉が一言一句分かった。
これぞ俺が前世の長期間ぼっち生活で磨き上げた秘術、『読唇術』だ。学校の休み時間中、クラスメイト達が俺の悪口を言っているような気がして、いつも寝ているフリしながら彼らの会話を窺っている内に身に着けた陰キャ御用達のユニークスキルである。
『店主の反応は?』
鏑木が若干深刻な顔で返す。
『ツカサちゃん……。あれ、絶対クロだわ。前の世界で職質受けたときの俺とクリソツだったわ』
『ああ……。経験者が言うんなら、間違いないな……』
なんだ、この会話は。笑うべきなのだろうか。
しかし、それにしたって話が見えてこない。彼らは何やらこのストリートで露店を営む人々を偵察しているようだが……。
――では、それはなんのために?
店が評判を集めているのは、その料理が客の口に合うからという至極最もな理由ではなにのか。それか、口コミとかの巧みな宣伝を行っているか。
どちらにせよ、それで彼ら警察組織が介入してくる経緯が見えない。事前情報では、何ら違法行為の無い商業区のはず……。
「ほい! お客さん、何に致します??」
そうこうしている内に俺の番が回って来ていた。
露店内で鉄板を熱していた男店主が、人懐っこい笑顔を向けてくる。
テントに掲げられたメニューを見た。前世でよく見たヤキソバに似た食べ物を売っているらしい。
「じゃ、これで」
俺の指さし注文を確認して、店主は目まぐるしく動き始める。
箱から新品の野菜を取り出し、華麗な手つきで包丁を通す。油の敷かれた鉄板からジュワァ、という何とも食欲をそそる音が。固い緑がすっかり柔らかくなった所へ、真っ白な麺が投入された。次いで、木器に入った黒ソースがたっぷり充填。素材同士が邂逅を果たし、瞬く間に親しみ深い料理へと変貌していく。
「これこれ、これだよー」
店主に500ヴァーツを渡して、アツアツ焼きそばを受け取った。
焼けたソースの香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。
俺は、この美味しさがまだ保たれている内に食べようと思い、近場の人目が少ない所へ移動した。
「うし、この辺で食うか」
場所は先の南地区から数分歩いた河川の傾斜地。そこの階段に腰掛けて、焼きそばの包みを開く。むあっとした熱気が立ち昇る。料理はサイコーな状態。しかも、ベストプレイス。
ここなら、人目をはばからず舌鼓が打てるというもの。
「ほなら、いっただっきまぁす」
そして、俺が手を付けようとした同時――
「せやあぁぁ!!」
聞き覚えのある掛け声と共に焼きそばが宙を舞った。
隣りで槍投げ選手ばりの投擲を見せたルカを視認した俺の耳に、焼きそばが川へとドボンする音が響くのだった。




