第六十二話 『彼らの進む道は ―No ones know……』
「キルナちゃあん!」
いつの間にか捕まっていた盗賊たちを縄で引っ張っていく帰り道、運転してきたウノロス車の荷台から一人の少女が出し抜けに飛び出してきた。
赤茶けたツインテールの似合う清楚ガール、兼最強ギルド団長のレイラ・レインブラッド嬢だ。
キルナさん曰く、レイラの腕は常人を超越した域にあるらしいが、そんな最強さんにも苦手なものがあるらしい。
「お待たせしました、レイラ様。無事に任務を――うっ」
丁寧な会釈と共に戦果を報告しようとしたキルナさんに、突然レイラが飛び着いた。
「遅いよぉ……こんな夜中に一人なんて、コワかったよう……」
その様は、まるで帰宅したばかりの飼い主に飛びかかる仔犬のよう。
それにしても、レイラの抱擁を受けているキルナさんが微妙にニヤけていたのは目の錯覚だろうか。レズなんて求めてないのだが。車に繋がれたウノロスも「ぶぉー」と同意していた。
「個人的には、この数の魔物を一人で駆逐するレイラの方が怖いんだがな……」
「にゃぁあ! 妖怪!!」
キルナさんの影からぬっと顔を出したせいで、妖怪に間違われてしまった。
ていうか、なんでオバケとかじゃなくて妖怪なんだ。もうちょい、言い方ってモンがあるだろ。
「誰がヨウカイだ、ゴラ。俺だよ、古谷悠人だよ。あと、なんで俺の小学校時代のあだ名を知ってる?」
久々、生来のコンプに火が点き、若干、語気が荒くなってしまう。
「え、あ……ユウトか……。なぁんだ、ビックリさせないでよね」
ほうっと安堵したレイラが、キルナさんの腰から離れ、今度は俺の肩を小突く。
ここで恰好いい男なら気安く触んじゃねぇ、と撥ねつけられるのだろうが、不思議と悪い気はしなかった。
「……ユートサン……」
その代わり、背の低いテトが少し怒り気味にこっちを見上げてくるのが痛かったが。
「ごほん。それにしても、レイラすげぇなお前。なんだ? この魔物の山は……これ全部一人でやったんだよな??」
ワザとらしい咳払いで誤魔化しつつ、俺は目を逸らす。
外した視界に、一か所で巨躯の魔獣たちが何匹も折り重なって沈黙しているのが見えた。
「うん、殺ったよー。森大神って名前は御大層だけど、その実態はただの害獣に過ぎないしねぇ。それに駆除しとかないと、今度は民間人に被害が出ちゃうかもしれないし」
――それで、私の所にクレーム来たらメンドイし……。
レイラの本音が聞こえてしまった。行動指針が結構、自己中で大変素晴らしいです。
「ん? どうかした?」
「いや、なんでも……」
加えて、笑顔で先の殺戮行為を語るレイラに内心恐怖を感じていると、唐突に彼女が「あはっ」と小さな歓声を上げた。
くるっと一回転して、彼女はテトの目の前に移動する。
「うわー、君が彼と一緒に旅している子? かわいー!」
「ふあっ、や、やめて……!」
レイラは、隣で居心地悪そうにしていたテトを見つけ、その頭をわしゃわしゃ撫でまわす。
愛玩動物か何かと思っているらしい。テトの方は抵抗を試みるが、レイラの方が上背なので殆どされるがままである。
「あー、めんこいわぁ。ねぇ、君ってもしかして狐族の子だよね?」
まだテトの耳の感触に浸りながら、レイラは尋ねる。
「うう……そうですけど」
あんまり弄られるものだから、問われた方は若干涙目だ。可哀想に。
因みに、俺はというとこっそり、その赤ら顔に感情の昂りを感じていた。
Sというのも案外悪くない。
「へー! こんな所までよく来れたね。確か彼らって南方の山間奥深くに住んでるんでしょ? 大変だったんじゃない??」
「う、そ、それは――」
一瞬、テトが狼狽える。
最初は何故、彼女が固まるのか不明だったが、すぐに思い当たる。
そう言えば、以前彼女がこっそり教えてくれた。
曰く、故郷の村から飛び出したとき、まだ身銭乏しかったためコッソリ商車を乗り継いできたんだとか。おおかた、その小さな身体を生かして荷台に紛れこんだのだろう。
その話を聞いたときは、普通に御者に頼み込めばいいのにと思ったのだが、警戒心の強い彼女にそんな方法は端から無かったのだろう。
まぁ、俺ならこんなカワイイ、ロリケモ娘に頼まれれば、たとえ行き先が天竺でも喜んで引き受けてただろうな。なんなら、お菓子だってあげちゃう。断じて、誘拐とかではない。
さて、暫くきょどっていたテトであるが、そんな彼女の様子を見たレイラはにっこり笑った。
「――まぁ、いいや。遠出はいいけど、危険なことに子供が巻き込まれちゃダメだよ? 約束してくれるかな?」
「あ、わ、分かりました……」
小指を出して契りを求めたレイラに、テトは小さな手を伸ばして応じた。
「子供が危険に巻き込まれちゃ駄目ってのには、まあ賛成だが、お前はどうなんだよ……」
ロイヤルギルドは、現実世界でいった所の警察機構に似た組織だ。
若輩でありながらも、そこの支部長を務めるレイラは常に危険と隣り合わせのはず。
俺の問いに、にこにこ笑っていたレイラが首を向けた。
「ん? あー、私は…………」
ふと、いや、一瞬だけ唐突に彼女の顔が翳る。
「うん……私は、もう巻き込まれちゃってるから、ね……」
「は? 仕事辞めることなんていつでも出来るだろ。その気になりゃ……」
思えば、現実世界に居た時、何度大学を辞めようかと思ったか分からない。理由は様々だ。学内ではとある一件で腫れ物扱い、友達もゼロだったし、そのためか過去問も入手出来なかったので、前期単位を軽く5、6個落としている。正直、もうやっていけないと思った。
だが、その度に中退は就職の危機だと言い聞かせて、必死にしがみついていたが。
勝手に自己矛盾を起こしていた俺に、レイラは不可解なことを述べる。
「ふふ、私はそういう世界に生まれたの。だから、ただその宿命を全うするだけ。君たちは君たちの道を行くべきだよ」
「……? お前、さっきから何言って――」
「古谷君、君は何か仕事の依頼を受けていたんじゃないか? いつまでもここに留まっていて、いいのかい?」
出し抜けにキルナさんが口を開いた。何か後ろめたい話題を覆いかぶすようなタイミングだ。
「トバコまで行くんでしょ? ボクが案内しよう、ユウト。ボクならあのウノロスも動かせるよ」
「え。あ、ああ。そりゃ助かる……」
さっきから近くに突っ立っていた見知らぬ少年が突如、口を開けたことに困惑する。
見た感じ、テトと同い年のヒューマンらしい。短めな藍髪に藍眼。端正な顔立ちで、性別も判然としないほど整っている。出で立ちは、黒ズボンに白カッター、上にジャケットというスタイル。
こっそりとテトに尋ねた。
「誰?」
「え? あっ、ゆーとさんはまだ面識ありませんよね」
そう言うと、テトは、とててとその少年の方に駆け寄った。
彼の耳にごにょごにょと何かを伝える。少年の顔が「あっ」という表情に変わる。そして軽く咳払いし、俺の前に歩み出た。
「ごめん、名乗ってなかった。ボクは、ルカ・ヴァレンタインというものだ。そこにいる盗賊団の一員だ」
「盗賊?」
思わず声に険悪な調子が入る。彼らには、テトが酷い目に遭ったと聞いているので、悪印象しかないのだ。
「元――だ。連中とはもう手を切ったよ」
ルカは、そう言うが俺の疑いは晴れない。こちらを騙して、近付こうとしているのか。また、テトを傷つけるために……。
「ゆーとさん! ルカさんは私を助けてくれたんです! だから――」
テトが俺の裾を掴んで訴える。その真っ直ぐな翠色の瞳が嘘をついているようには見えなかった。
「――いや、テト。いいよ、気にしないで」
ルカが引き攣ったような笑みを浮かべる。
「ただ、もう少し君たちと一緒に居たいんだ。はは、そんなのワガママだよね。テトを森の中に置き去りにしたりしてたし……」
「ルカさん……」
「ごめん、変なこと言っちゃって……それによくよく考えたら、ボクにそんな資格はなかった」
ルカはそう言うと、ちらっとレイラ、キルナの二人を窺う。
すると、キルナがおもむろに腕を組んで喋った。
「犯した罪は消えない。しかし、君が盗賊団で何等かの犯罪行為を働いたか、証拠もない。そして、私は君がテト君を救助する任務に尽力してくれたことを知っている」
その先をレイラがバトンして話す。
「こんなの権利の濫用なんだけどね。特別に見逃してあげる。これからの長い人生、君が正しき道を進むことを願うよ」
「……頑張ります」
力無い返事ではあったが、レイラはにこっと笑んでいた。
ルカは二人に頭を下げると、踵を返す。
「ルカ君! さっきの弟子にしてほしいという話なんだが……」
その背中にキルナが声を掛ける。若干、声のトーンが落ちていた。
「はい」
「悪いが……それはやはり出来ない。副長として、ギルドの信用に関わることだからな」
「…………はい」
それがトドメになったようで、もうルカの眼には覇気が一切無くなっていた。
テトは最後まで何か言いたげな目を何度も俺に向けては、俯くということを繰り返していた。
※
「はぁ……これからどうしようかな……」
森を抜けた草原でぼんやり星空を眺めつつルカは呟いた。
かつての仲間たちは全員、レイラとキルナの手によってロイヤルギルド・アデレイド支部へと連行されていった。
今は、一人だ。またしても、一人になってしまった。
「けど、よく考えたら、ボクって家でもそうだったけ」
自嘲気味に引き攣った笑みを浮かべる。
底へ底へと沈んでいく気分とは対照的に、眼前に広がる星空はどこまでも美しい。
ルカは、その中に流れ星を見た。
二つ一緒になって流れていく。無意識にとある二人組を重ねていた。
自分は、彼らと一緒に行くことは出来ない。
「おい」
不意に男の声で肩を叩かれた。緩慢とした動作で振り返る。
ルカの眼が見開かれた。
「どうして……トバコに行くんじゃなかったの……?」
「うふふ。ゆーとさんが遠回りしてくれたんですよ。パーティに誘ってあげようって!」
声をかけてきた青年の後ろから小さな少女が身を乗り出した。
「ちょっとテト! それは内緒だったろ?! テトが駄々こねて、仕方なく俺がこっちに寄ったって設定じゃなかったけ?!」
「えー、いいじゃないですかぁ! ゆーとさんって変な所で頑固さんです!」
「ばっか、男にはプライドってもんがあってな――っておい、何で泣いてんだよ、お前?!」
青年の驚いたような視線に当てられて、ルカは初めて気付く。
頬を涙が伝っていた。
「え……? あ、あれ……?! どうしたんだ、ボク……うぐ……」
何度も何度も袖で拭き取るがとめどなく感情が溢れていた。
初めて味わった他人からの優しさに、冷え切っていた心はじわじわと温められていく。
「ホントに、ホントにいい、の……? ボクは――」
うわずったり、しどろもどろになったりしながら喋るルカに、青年は小さくため息をついた。
「もういいよ、十分だ。テトの話と今ので全部分かったし。俺はお前を信用したい、いや、信用する。だから、その……お前が良いなら、アレだ……俺たちと一緒に行かないか?」
青年は若干気恥ずかしそうに、握手を求めてくる。その隣りにいた金髪の狐族の少女が、微笑んだ。
「歓迎しますよ、ルカさん」
ルカはそれに返事をしようと思うが、上手い言葉がどうしても見つからない。
どうしようもなくなって、無言で青年の握手に応えた。
しかし、繋いだ約束は固く暖かく、ルカはやっと自分の居場所を見つけられたような、そんな気がした。
「あっ、流れ星ですよ! ゆーとさん!」
「え? うぉ?! すげ……」
二人の目線につられて、ルカも顔を上げる。
もう過ぎ去った後だが、彼女の瞳にはくっきりと映っていた。
夜空を駆ける光が、三つの尾を引いていたのを――