第33話:文乃の弟・晴臣の襲来
土曜日の午後一時。初夏の柔らかい日差しが、遮光カーテンの隙間からリビングのフローリングへと白い帯のように差し込んでいた。
普段の瀬戸文乃であれば、この時間帯は一週間の中で最も心が躍る至福の刻であるはずだった。
午前中に部屋の隅々まで掃除機をかけ、たたきをハッカ油で水拭きし、買い出しを終えた後は、キッチンに立ち並ぶ調味料の小瓶たちを前にして、のんびりと腕を振るう。
弱火にかけた鍋から立ち上る鰹と昆布の一番出汁の澄んだ香りを胸いっぱいに吸い込み、季節の野菜を刻む小気味よい音に耳を澄ませる。出来上がった色とりどりのおかずを四角い耐熱ガラスタッパーへと美しく詰め替え、冷蔵庫の棚に整然と並べていく作業は、文乃にとって荒んだ平日のストレスを完全にリセットするための、何物にも代えがたい儀式だった。
けれど今、文乃はキッチンの流し台の前に立ったまま、まな板の上の空っぽの空間をただぼんやりと見つめていた。
「…………」
エプロンこそ身につけているものの、手元には包丁すら握られていない。
ステンレスのシンクは埃ひとつなく磨き上げられているが、コンロの上には鍋もフライパンも乗っておらず、換気扇のスイッチすら切られたままだった。
部屋の中に漂っているのは、豊かな出汁の香りではなく、どこか冷ややかで、輪郭のぼやけた味気ない空気だけ。
火曜日の夕暮れ。
あの日、すずのために心を込めて作った『ふっくら和風おろしハンバーグ』を手に、意気揚々と訪ねた三〇二号室の玄関先。
そこで待っていたのは、氷のように冷たく整えられた佐伯航平の営業スマイルと、チェーンロック越しに突きつけられた冷酷な拒絶の言葉だった。
『もうこれ以上、お料理をいただくわけにはいきません』
『僕が父親として、大人の男として、背負うべき責任を、瀬戸さんの善意に丸投げしただけです』
『これ以上、瀬戸さんのご好意に甘え続けることは、人として間違っています』
そして――すずの小さな肩を遮るように背後へと押し戻し、音を立てて閉ざされた鉄の扉。
あの瞬間に胸の奥底で砕け散った痛みが、三日が過ぎた今でも、まるで鋭いガラスの破片のように文乃の心臓の周りに突き刺さったままだった。
その夜、自室に持ち帰った二段重ねのタッパー。
冷めきって白く固まった大根おろしのタレと、誰にも食べてもらえなかったハンバーグを、文乃は一人きりの食卓で、機械のように口に運んだ。
あんなに時間をかけて仕込み、あんなに出汁を効かせたはずなのに、砂を噛んでいるかのように何の味もしなかった。
二口、三口と飲み下すたびに、喉の奥が引きちぎれるように痛み、最後には箸を置いて、冷えたタッパーを前に一人で声を殺して泣いた。
――佐伯さんは、逃げたわけじゃない。
――私を傷つけようとして、あんなことを言ったわけじゃない。
文乃の理性は、痛いほどそれを理解していた。
木曜日の夜、システム障害の修羅場から青ざめて駆け戻り、温かい鍋焼きうどんを啜りながら子供のように泣きじゃくったあの男の脆さと誠実さ。
あの人は、あまりにも真面目すぎるのだ。
父親として一人で娘を守らなければならないという過度な責任感と、隣室の独身女性の善意を搾取してはならないという鉄のような倫理観。その二つの重圧に押し潰されるあまりに、自分自身の心に無理やり麻酔をかけ、冷酷な他人としての仮面を被り直したのだ。
文乃の未来を守るために。
文乃の時間を縛り付けないために。
あの人は、自らの手で文乃を突き放したのだ。
「……大馬鹿者」
文乃は小さく呟き、まな板に両手をついて俯いた。
「誰が……そんなこと、頼んだっていうのよ……」
守ってほしいわけじゃない。遠慮してほしいわけでもない。
ただ、困った時には「助けて」と言ってほしかった。
三人でホットプレートを囲み、不恰好な餃子を頬張って「美味しいね」と笑い合った、あの陽だまりのような温もりを、大人のくだらない分別で壊してほしくなかった。
今朝、八時過ぎ。
エントランスの方から、何やら子どもの泣き叫ぶ声と、父親の困り果てたような声が微かに響いていた気がした。
すずちゃんの声だったのだろうか。
様子を見に行こうかと、玄関のドアノブに手をかけた。
けれど、火曜日に叩きつけられたあの冷たい拒絶が足首を縛り付け、結局、文乃は一歩も部屋の外へ出ることができなかった。
踏み込んではいけない。
これ以上干渉すれば、本当にあの人の言う通り「迷惑な押しつけ」になってしまう。
そうやって自分にブレーキをかけるたびに、料理をする気力すら奪われていく。
誰にも食べてもらえない料理なんて、作っても虚しいだけだ。
一人分の広い部屋。
静まり返ったリビングで、文乃が深く重たい溜息を吐き出した、まさにその瞬間だった。
――ピンポンピンポンピンポンピンポンッッッ!!!!
「っ!?」
突如として、静寂を暴力的に引き裂くような、けたたましい電子音が玄関ホールから鳴り響いた。
一度や二度ではない。まるで火災報知器の連打テストか、何者かが拳でスイッチを乱打しているかのような、凄まじい勢いのインターホンの連打。
さらに、鉄のドアをドンドンと激しく叩く音とともに、廊下に響き渡る野太い絶叫。
「姉ちゃぁぁぁぁんッッ!! 開けてぇぇぇぇっ!! 早く開けてくれぇぇぇっ! 腰が砕ける! マジで背骨が折れるぅぅぅぅっっ!!」
「……は?」
文乃の思考が、一瞬にして停止した。
この、遠慮の欠片もない大声。
切迫しているようでいて、どこか底抜けに間抜けで、暑苦しいほどの熱量を持った、聞き覚えがありすぎる男の声。
「晴……臣……!?」
文乃はエプロンを翻し、小走りで玄関へと向かった。
ドアスコープを覗くまでもない。ドアガードを跳ね上げ、サムターンを回してドアを一気に引いた。
ガチャリ!
開かれた扉の向こう、初夏の生ぬるい風が吹き抜ける共用廊下。
そこに広がっていた光景に、文乃は目を剥いて硬直した。
「な……何やってるのよ、あんた!?」
「うおおぉぉぉ……っ、助かったぁぁぁ……っ!」
玄関のたたきの上に、ドスンッッ!! と地響きのような凄まじい重低音を立てて投げ出されたのは、茶色い麻紐で頑丈に縛られた、巨大な紙袋――丸々と太った、三十キロ入りの新米の米袋だった。
そしてその上には、ガムテープが幾重にも無骨に貼られた、巨大な段ボール箱がふたつ、タワーのように積み上げられていた。
箱の側面には、太い黒マジックで『文乃へ 野菜いっぱい食え 母』と力強い筆跡で殴り書きされている。
その巨大な荷物の山の脇で、廊下の壁に背中をもたれかけさせ、膝に手をついて肩で激しく息を切りながら、今にも床に崩れ落ちそうになっている一人の大男がいた。
瀬戸晴臣、二十五歳。
文乃の三歳年下の実弟であり、都内の有名インテリアショップに勤務する男だった。
百八十五センチを超える恵まれた長身に、スポーツで鍛え上げられたがっしりとした骨格。少し癖のある茶色みがかった黒髪を短めに刈り込み、彫りの深い顔立ちには、見る者を警戒させない天性の人懐っこさと、どこか大型犬を思わせる無邪気な愛嬌が満ち溢れている。
今日は休日の私服なのか、オーバーサイズの白Tシャツにカーゴパンツ、足元は履き古したスニーカーというラフ極まりない出で立ちだったが、その全身は汗でびっしょりと濡れそぼり、Tシャツの胸元が肌に張り付いていた。
「はぁっ……はぁっ……マジで死ぬかと思った……! エレベーター点検中だったら本気で階段から荷物ごと飛び降りてたわ……!」
晴臣は額の汗を豪快に腕でぬぐい、へたり込むように玄関の上がり框に腰を下ろした。
文乃は呆気に取られ、山積みにされた米袋と段ボールを見下ろした。
「ちょっと、晴臣……これ、全部実家から?」
「そうだよ! 昨日、母ちゃんから俺のワンルームに電話がかかってきてさ。『文乃のところに新米と初夏の野菜送りたいけど、あの子一人じゃ運べないから、晴臣あんた車出して届けてやりなさい』って脅迫されてさぁ! 俺の貴重な土曜日の午前中が、実家からのメッセンジャー業務で丸潰れだよ!」
晴臣は唇を尖らせて文句を垂れながらも、悪びれる様子もなくスニーカーのかかとを踏んで脱ぎ捨てた。
「実家の親父が丹精込めて作った新米三十キロに、畑の泥つき根菜と新じゃが、玉ねぎがぎっしりだ。カーシェアの車借りて環八の渋滞を抜けて運んでやったんだからな! 感謝しろよな、姉ちゃん!」
「あ、ありがとう……。でも、連絡一本くらい入れてから来なさいよ。急にチャイム連打するから、強盗かと思って心臓が止まるかと思ったわ」
「携帯の充電が車の中で切れちまったんだよ! ほら、突っ立ってないで手伝え! これを廊下に放置してたら管理人さんに怒られるだろ!」
晴臣は長い手足を器用に動かし、三十キロの米袋を「フンッ!」と掛け声一発で軽々と抱え上げると、文乃の狭い玄関ホールを通り抜けて、リビングのキッチンの脇へと豪快に運び込んだ。
続いて、泥のついた段ボール箱ふたつも、大股の足取りでリズミカルに運び入れていく。
わずか一分。
さっきまで静まり返り、息が詰まるほどの沈黙に支配されていた文乃のワンルームが、突如として襲来した大型台風のような弟の存在によって、瞬く間に生活感と土の匂いで満たされていった。
「うわぁぁぁ……エアコン涼し〜〜っ! 生き返るぅぅぅ!」
荷物を置き終えた晴臣は、リビングの中央に大の字になって倒れ込んだ。
長い手足がフローリングの半分を占領し、バタバタと手足を揺らす姿は、散歩から帰ってきて床に転がるゴールデンレトリバーそのものだった。
「こら、晴臣! 汗かいたまま床に寝転がらないの! タオル持ってくるから起き上がりなさい!」
「へーい……。あ、姉ちゃん、喉渇いた。なんか冷たいもんない? 干からびて死にそう」
「はいはい、今麦茶出すから」
文乃はため息をつきながら、洗面所から清潔なフェイスタオルを持ってきて晴臣の顔の上にポスッと放り投げた。
文乃が冷蔵庫へ向かおうとした、その時だった。
「あ、俺自分で取るわ」
晴臣はタオルの下からガバッと起き上がると、まるで自分の家であるかのようにスタスタとキッチンへ足を踏み入れ、躊躇なく冷蔵庫の大型ドアを観音開きにした。
「ちょっと、勝手に開けないでよ!」
「いいじゃん、減るもんじゃないし。昔から姉ちゃんの家の冷蔵庫は俺の補給基地なんだからさ……うわっ、冷たい麦茶あった! ピッチャーごと直飲みしたいレベル!」
晴臣はガラスのピッチャーを取り出し、カウンターのグラスになみなみと注ぐと、喉仏を豪快に鳴らしながら一気に半分以上を胃袋へと流し込んだ。
「ぷはぁぁぁっ! うめぇぇぇ! やっぱり姉ちゃんちの水出し麦茶は香ばしさが違うわ!」
グラスを置き、満足そうに口元を手の甲で拭った晴臣は、開け放たれたままの冷蔵庫の奥へと、何気なく視線を這わせた。
そして――。
「……ん?」
晴臣の視線が、チルド室の上の棚の一角で、ピタリと静止した。
首を傾げ、目を細める。
「……何これ?」
「え?」
文乃の心臓が、トクンと跳ねた。
晴臣の大きな指先が、冷蔵庫の二段目の棚を指し示していた。
そこには、昨夜文乃が一人で食べ、残りを保存してあった、あの『二段重ねの深型耐熱ガラスタッパー』が、静かに鎮座していた。
それだけではない。
棚の奥には、ここ数週間、すずと航平のために常備菜を小分けにして届けるために買い足した、全く同じサイズの特大耐熱タッパーが、四つ、五つと、綺麗に積み重ねられていたのだ。
晴臣は冷蔵庫の扉に手をかけたまま、怪訝そうに眉をひそめて文乃を振り返った。
「なあ、姉ちゃん」
「な、何よ……」
「相変わらず調味料の揃いっぷりはプロ並みだけどさ……。なんか、冷蔵庫の中、おかしくね?」
「お、おかしいって……何がよ」
文乃の声が、わずかに上ずった。
晴臣は冷蔵庫から身を乗り出し、タッパーの山をじろじろとスキャンするように眺めた。
「タッパーだよ、タッパー。姉ちゃん、昔から作り置きはしてたけどさ、ジッパー袋とか、小さめのプラスチック容器に一食分ずつ小分けにしてただろ? なんでこんな……大人二人前と子ども一人前がドカンと入りそうな、業務用のバカでかいガラス容器ばっかり増えてんの?」
「っ……!」
「しかも、これ」
晴臣は指を伸ばし、昨夜の残りのタッパーの蓋越しに見える中身を凝視した。
「和風ハンバーグ……? これ、付け合わせの人参、星型に型抜きされてね? ブロッコリーもやけに小さく切り揃えてあるし……。姉ちゃん、一人暮らしの平日の晩飯で、わざわざ人参を星型に抜くようなメルヘンな趣味あったっけ?」
「っっっ…………!!!!」
文乃の喉が、完全に詰まった。
痛いところを突かれた。
あまりにも的確に、核心の周囲を土足で踏み荒らされている。
職場では倉田佳奈に「誰かに食べさせてる女の顔」と見抜かれたばかりだったが、実の弟である晴臣の直感もまた、恐ろしいほどの鋭利さを持っていた。昔から文乃の手料理を最も間近で貪り食ってきた男だからこそ、文乃の料理のスタイルの不自然な変化に、一瞬で違和感を抱いてしまったのだ。
「そ、それは……っ!」
文乃は慌てて晴臣の身体をキッチンの外へと押し出し、冷蔵庫のドアをバタンと力任せに閉めた。
「それは……新しく買ったお弁当箱の隙間埋めの練習よ! ほら、彩りがいい方がテンション上がるでしょ!? タッパーだって、大きなガラス容器の方が電子レンジの熱の回りが均一で美味しく温め直せるの! 料理の効率化のためのライフハックよ!」
「へえぇ……? ライフハックねぇ……」
晴臣は腕を組み、疑わしげな細い目で、真っ赤になって捲し立てる姉の顔をまじまじと見つめた。
「まあ、そういうことにしといてやるけどさ。……姉ちゃん、なんか隠してんだろ」
「隠してないわよ! ほら、喉渇いたなら大人しくリビングに座ってなさい!」
「はいはい、怖い怖い」
晴臣は肩をすくめ、リビングのソファへと移動して、どっかりと腰を沈めた。
背もたれに深く体重を預け、ふうと息を吐き出す。
「でもさ、姉ちゃん」
「何よ、まだ何かあるの?」
「いや……」
晴臣は部屋を見回しながら、ぽつりと呟いた。
「部屋の空気が、やけに重たかったからさ」
「え……?」
文乃の足が、リビングの手前で止まった。
晴臣は視線を窓の外の青空へと向けながら、いつもの茶化すような調子を少しだけ潜め、穏やかな声で続けた。
「さっきドア開けた時の姉ちゃんの顔、すっげえ暗かったぞ。……なんかあったんだろ? 仕事か? それとも、人間関係か?」
「…………」
文乃の胸の奥底が、ツンと痛んだ。
普段はマイペースで、がさつで、自由奔放な大型犬のような弟。
けれど、血を分けた家族だからこそ、文乃が隠そうとしていた心の曇りを、玄関を開けた一瞬の表情から見抜いていたのだ。
火曜日の夜からの孤独。
航平から拒絶され、すずちゃんに会えなくなり、料理を作る意味すら見失いかけていた、あの息苦しい停滞感。
誰にも言えず、一人で抱え込んでいたその澱のような重苦しさを、弟は敏感に感じ取っていた。
文乃は唇を噛み締め、俯いた。
「……何でもないわよ。ちょっと、仕事でバタバタしてただけ」
「ふーん……。まあ、言いたくないなら無理に聞かねえけどさ」
晴臣は伸びをひとつすると、立ち上がり、リビングの床に置かれた巨大な段ボール箱のテープをバリバリと豪快に引き剥がし始めた。
「ほら、見てみろよ! 母ちゃんが畑から掘り出したばっかりの新じゃがと新玉ねぎ! 土がついたまんまだぞ! それに、親父の新米! 今年のは日照時間が長かったから、粒がデカくて甘みが半端ないらしいぜ!」
段ボールの中から現れたのは、黒々とした大地の土をまとった、力強い生命力に満ちた野菜たちだった。
スーパーの陳列棚に並ぶ、綺麗に洗われてパッケージされた野菜とは違う。
太陽の光と、豊かな土壌と、人の手の温もりをたっぷりと吸い込んで育った、圧倒的な命の塊。
段ボールを開けた瞬間、リビングいっぱいに、懐かしい故郷の大地の匂いがふわりと広がった。
「姉ちゃん、腹減った!」
晴臣は振り返り、満面の屈託のない笑顔で叫んだ。
「俺、朝から何も食わずに車運転してきたんだよ! 新米を土鍋で炊いてさ、なんか美味いもん食わせてくれよ! 姉ちゃんの美味い飯食うために、わざわざ三十キロ担いできたんだからさ!」
「…………っ」
文乃の胸の奥で、カチコチに凍りついていた何かが、音を立てて崩れ落ちた。
空っぽだったまな板。
火の消えていたコンロ。
冷え切っていたキッチンの空気が、弟の底抜けに明るい声と、故郷の野菜たちの温もりによって、一気に解き放たれていく。
――食べることは、生きること。
そうだ。
誰かに拒絶されたからといって、料理そのものを否定する必要なんてどこにもなかったのだ。
目の前に、お腹を空かせて、自分の作ったご飯を「美味い」と食べてくれる人間がいる。
それだけで、台所に立つ理由は十分すぎるほどにあった。
文乃は深呼吸をひとつし、エプロンの紐をキュッと結び直した。
目元を指先でそっと拭い、晴臣に向かって、いつもの凛とした、けれど温かな笑みを向けた。
「分かったわよ。じゃあ、まずはこの段ボールを畳んで、ゴミ集積所に捨ててきてちょうだい。その間に、土鍋で新米を炊いて、美味しいお昼ご飯を用意してあげるから」
「よっしゃ! 話が早くて助かる!」
晴臣は満面の笑みで拳を突き上げると、空になった段ボールを手際よく解体し始めた。
嵐のように現れた弟の存在が、ここ数日マンションの三階を覆っていた重苦しい息の詰まる空気を、心地よい突風のように吹き飛ばしていく。




