26話
放課後。
咲はまだ昼休みのことを引きずったまま、荷物をまとめていた。
「ほんと最悪……」
小さく呟いているところに、後ろから普通に声がかかる。
「帰るぞ」
優。
咲は振り向かずに返す。
「勝手に決めないで」
「いつも一緒に帰ってんじゃん」
「今日は別」
「無理」
即答。
咲がムッとして振り返る。
「なにそれ」
優はいつも通りの顔のまま、咲の隣に来る。
「じゃあ帰らないの?」
「そういう話じゃないし」
「じゃあ帰るだろ」
「……っ」
言い返せないのが悔しい。
咲はため息をついて歩き出す。
「ほんとムカつく」
「知ってる」
優は普通に横に並ぶ。
昇降口を出たところ、優が何でもないみたいに手を伸ばす。
咲の手を、軽く掴む。
「……っ!?」
咲が一瞬で固まる。
「なにっ……」
「歩く」
優はそれだけ。
普通のトーン。
でも手は離さない。
咲の顔が一気に真っ赤になる。
「ちょ、なに普通に……!」
「うるさい」
「うるさいじゃなくて!」
でも振りほどけない。
むしろ力が抜けてしまうのが自分でも分かる。
優は前を向いたまま、少しだけ言う。
「この方がはぐれないだろ」
「はぐれないし!」
即答。
でも手はまだ繋がれたまま。
咲はもうどこ見ていいか分からなくて、視線だけが忙しく動く。
「……ほんと意味わかんない」
小さく呟く。
優は横目でちらっと見る。
「嫌なら離すけど」
一瞬だけ間。
咲は顔を真っ赤にしたまま、
「……そういうことじゃないし」
とだけ言う。
手はそのまま。
夕方の帰り道、いつも通りのはずなのに、咲だけがずっと落ち着いていなかった。
しばらく歩いたあと、優がふと立ち止まる。
「なに」
咲が振り向く。
そのまま、優の手が伸びる。
咲のメガネが軽く持ち上げられた。
「え、ちょっ——」
一瞬で視界がぼやける。
「返して!」
優は少しだけ距離を取って、咲を見たまま言う。
「やっぱ可愛いな」
咲の顔が一気に熱くなる。
「なにそれ」
「顔だけ?」
「違うよ」
咲が固まる。
「じゃあ何よ」
優は一瞬だけ視線を逸らしてから、ぼそっと言う。
「全部」
咲の呼吸が止まる。
優はメガネを返しながら、少しだけ間を置いたあと続ける。
「おまえが可愛いのは」
咲の目が揺れる。
優は一度だけ小さく息を吐く。
「俺だけが知ってればいい」
言い切ったあと、ほんの一瞬だけ目を逸らす。
でもすぐに戻して、少しだけ乱暴に言い直すみたいに付け足す。
「……だから」
メガネを先にかけ直してやりながら、軽く言う。
「メガネ取るなよ」
咲の動きが止まる。
「は?」
優は普通の顔に戻っている。
「そのままでいい」
少しだけ間。
咲は何も言えないまま固まる。
優はそれ以上は触れず、何事もなかったように歩き出す。
でも、咲の手はちゃんと握ったまま離さない。
咲は小さく呟く。
「……ほんとムカつく」
優は少しだけ笑う。
「知ってる」
夕方の帰り道、空気だけがやけに熱くなっていた。




