53:そういう冗談はいいですから
「分かりました。そうします。そのつもりでしたから。シェナはわたしの姿を見たら『出ていけ』と言うと思っていました。心の準備はできていたので、問題ありません。達者に暮らしてください。……木は冬になる前に、また伐った方がいいと思います。肉もたまには食べるようにしてください。シェナは胸もお尻も、もう少しお肉がつくと、今以上に魅力的になりますよ」
最後は普段言わないような冗談まで口にして、ファウスは既に出入口の扉へと向かっていた。
半年一緒に暮らしていたのに。
山賊に害されたわけでもない。魔物に襲われたわけでもなく。馬車に轢かれたわけでもないのに。私の前からそんなにあっさり、いなくなってしまうの!?
しかも初めてその顔と姿が見えたというのに!
「待ってください! 愛するかどうかは、話を聞いてから決めます!」
自分でも何を言っているのかと思うが、でもそう口が勝手に言っていた。
「うーん。聞いてから、ですか。それでは好きになっていただける気がしないのですが……まあ、どのみちダメだと思います。いいでしょう。わたしも、やけくそです。話しましょう」
やけくそ、だなんて。でもファウスが扉から離れ、ソファに座ったことに、安堵する。
私がその隣に腰をおろすと、ファウスはとんでもないことを話し始めた。
「わたしは、魔王と呼ばれています。本当の名前は、魔王ルーファスです」
冗談だろうと思い「そういう冗談はいいですから」と答えると、彼は自身の手の平の上に炎を浮かべた。
「魔力で火を出しました。これで信じられますか?」
口をぱくぱくさせることしかできない。
魔王……ルーファス。
さすがに知っている。
この世界にモンスターがいるのは、魔王ルーファスのせいだと聞いていた。
モンスターは魔王の眷属だと。
「わ、私のお母さんは、モンスターに殺されたのよ」
声が震えていた。
「知っています。シェナが話してくれましたから」
「モンスターは……魔王の……眷属でしょう!」
ソファの前のローテーブルには、フルーツが置いてあり、果物ナイフも置かれていた。私はそれを掴み、ファウス……魔王ルーファスに向けた。
「あなたが命じたのですか? お母さんを殺せって、眷属であるモンスターに!」
「……違うと言ったら、信じる気持ちはありますか、シェナ?」
「な、何を言っているのですか……!?」
ルーファスは果物ナイフを掴み、自身の心臓のところまで持ってきた。
「いいですよ、シェナ。わたしを殺していただいても。それで気が済むなら、殺してください。ただわたしは『コランダムの心臓』を持つ限り、千回、魔王として転生する運命なのです」
「えっ……」
「『コランダムの心臓』は一切の武器を通しません。一見すると、心臓を穿ち、倒せたと思うでしょうが、『コランダムの心臓』は壊れていません。よって転生することになります。魔王なんてやめたい。死んで消え去りたい。でも魔王としてまた、転生してしまうのです。すべてのスキルと記憶を継承し、魔王ルーファスの姿で転生してしまうのですよ、シェナ」
衝撃的な情報に、脳の理解が追い付かない。ただ、理解したことがある。それは今、私がルーファスをこの果物ナイフで害しても、彼はまた転生するということだ。つまり、これを刺したところで意味がない。それに……そうやってルーファスを害したとしても……気が済むなんてことはない。気持ちが晴れることはない。
死んだ母親は、帰ってこない。
それにモンスターに母親を害するよう、ルーファスは指示したの?
「……さない」
「え、何ですか? シェナ?」
「ルーファスのことは、殺しません!」
「シェナ……」
「どうせ転生するんでしょ。意味がないわ。それに……お母さんを殺すように、ルーファスは……」
私が果物ナイフから手をはなすと、ルーファスはローテーブルにナイフを戻した。チラッと見ると、刃を掴んだはずの 手に傷はない。あれも魔力で回復したのだろうか。
「モンスターを倒して、金貨を手に入れたと話しましたよね? わたしはモンスターを眷属として使役していません。むしろ見かけたら、倒しています。つまりわたしは命じていません。モンスターにシェナの母親を害しろなんて。魔王ルーファスとしてわたしは、一度もモンスターに人間を襲えなんて、命じたことはありません」
魔王なのにどうして!? モンスターは眷属ではないの!?