続・最初の異世界(12)
教会のような建物の扉の前に立つその人物は、汚れた衣服に身を包み、髪はボサボサの顔はすすだらけの今元晋と同い年くらいの少女であった。
そして、今元晋が一番驚いたのは彼女のその右手だ。
その右手は人のものとは思えぬ異形のものであり、鋭く伸びる刃のような爪は赤く染まり、血が滴っていた。
見れば、周囲には腹が切り裂かれたラーテルのような生物の死体がいくつも転がっており、滴っている血は恐らく連中のものだろう。
つまりは彼女に殺されたわけだ。
そんな光景を見ると、あれ? 俺、助けに入ったつもりだったけど別に必要なかった? と急に恥ずかしくなったが、しかし教会のような建物を取り囲んでいるラーテルのような外見の獣の数は尋常ではない。
どのようにして彼女がラーテルのような外見の獣を殺したかはわからないが、多勢に無勢なのは一目瞭然だろう。
ならば、助太刀に入ったのは間違いではない! そう今元晋は自身の行動を正当化するが、しかし同時に、武器も何も持たない、丸腰の状態で加勢したところで足を引っ張るのが関の山だろうと、どこか他人事のように冷静に分析しているドライな自分も脳内にいた。
うん、俺は一体何をやっているんだろうか?
せめて木の棒でも拾って手にしていれば話は違っただろうが、しかし地平線の彼方まで遮蔽物が何もないこの草原しかない地で、そんな都合のいいものが落ちているわけもなく、結局自分は一体何がしたかったのだ? という結論になってしまう。
(あぁ、うん……ほんと何してるんだ俺? そもそも彼女のあの手はなんなんだ? 映画か何かの撮影か? こいつらなんだ? ここはどこだ? あぁーもう! すべてがわけわかんねーぞ!!)
そんな混乱している今元晋の後ろにいた少女は一歩踏み出し、今元晋の横に並び立つと。
「どいて、邪魔」
そう言って今元晋を突き飛ばしてラーテルのような外見の獣たちの前に立ち。
「まとめて殺してやる」
そう言って異形の右手を振るった。
直後、異形の右手から衝撃波のようなものが放たれ、真正面にいたラーテルのような外見の獣たちが一瞬にして粉々になった。
それを見た他のラーテルのような外見の獣たちが一瞬怯むと、その隙を見逃さず少女は一気に駆けて次々にラーテルのような外見の獣たちをなぶり殺していく。
そうして数分とかからないうちにラーテルのような外見の獣たちは一匹残らず殺され全滅した。
教会のような建物の前にはラーテルのような外見の獣たちの血だまりでできた、巨大な血の池ができあがっており、不快な臭いがこのあたり一帯を支配する。
そして、それを行った当の本人も返り血で全身が真っ赤に染まっていた。
その姿を見て、この子は一体何なんだ? と思ってしまうが、次の瞬間、彼女の異形の右手がぐにゃりとねじ曲がり、さらに異質なものへと変化していく。
そんな光景を見て、今元晋は思わずぞっとしてしまうが、しかし同時に右手が変化しだした事で彼女が苦悶の表情を浮かべて苦しみだしたのを見て心配になってしまった。
「お、おい! 大丈夫か!?」
なので彼女に近づこうとすると。
「だめ! くるなぁぁぁ!!!」
彼女は不気味に形状が変化していく右手を左手で押さえつけながら叫ぶが、しかし制御が効かず、彼女は近づいて来た今元晋に対して異形の右手を振るった。
「っ!!」
自身に対して振るわれた右手に対し、今元晋は咄嗟に顔の前で両腕を交差させ防御の姿勢を取る。
そんな今元晋の両腕に異形の右手がぶつかった直後、異形の右手が目を開けていられないほどの眩しい光を放った。
「っ!? な、なんだ!?」
「これって!? まさか!!」
驚く2人は直後、まるで同じ極同時がぶつかり、反発した磁石のようにそれぞれが真逆の方向に数メートル吹き飛ばされた。
「がっ!!」
数メートル後ろに吹き飛び、地面に激突してそのまま数メートル転がって、ようやく地面に仰向けになる形で止まった今元晋は強く打った頭を抑えながら体を起こし、今しがた自分が吹き飛ばされた方向を見る。
「いたた……一体、何が起きたんだ?」
すると、同じく反対方向へと吹き飛ばされた少女が口から吐き出した大量の血によってできた血だまりの上で倒れていた。
そんな彼女の異形の形へと変化していた右手は血まみれの本来の人の手の形へと戻っており、外見上は普通の少女の姿であった。
そんな彼女を見て、一体何がどうなっているのか理解が追いつかない今元晋であったが、それでも何とか立ち上がり、おぼつかない足取りで彼女の元へと向かう。
そして、彼女の元にたどり着くと。
「死んで……ないよな?」
そう不安そうに口にして、ゆっくりとした動作でかがみ、彼女の胸に耳を当てる。
「よかった……心臓は動いてる」
心音を確認し、続いて手を取って脈を図る。
大丈夫、問題はない。
ならば、次にすべきは何か? 今元晋は教会のような建物の扉を見て。
「中に誰もいないのか?」
そう口にしてから、一旦深呼吸して。
「よし」
扉の前に進み出る。そしてドアノッカーに手を伸ばそうとしたところで。
「!」
耳障りな音と共に扉が開いた。
そして中から一人の老人が顔をだし。
「マグナミは退けたか?」
そう尋ねてきた。
そんな老人に対して今元晋が何か言う前に、老人は今元晋の顔を見ると。
「なんだ、ラーゼじゃないのか」
そう言って外の様子を確認すると、倒れている少女を見て驚いた表情となり。
「呪いが引いている……だと!?」
そして、次に今元晋を見て。
「おぬし、あの子に何かしたのか?」
そう尋ねて来た。
なので今元晋は今しがた起こった事を話すと、老人は信じられないといった表情となり。
「呪いを抑えた? バカな……ありえん! 一度表面化した呪いはやつが完全に主導権を握り表側にでてくるまで止まらんというのに……暴走状態に陥った忌み子は殺す以外に救う手立てがないというのに……」
そんな事をブツブツと言い出す。
何やら物騒なワードがちらほら聞こえた気がするが、しかし事情がわからない今元晋はあくまで友好的にどういう事か? と尋ねる。
だが、老人はそんな今元晋の言葉を無視して、独り言のようにブツブツ言いながら考察に没頭する。
無視され、放置された今元晋はいよいよ堪忍袋の緒が切れて、老人を怒鳴りつけようとしたところで老人がはっ! とした表情となり、顔をあげ、今元晋の目を見ると。
「まさか……おぬし、黄泉の民か?」
そんな事を尋ねて来た。
よみのたみ? 何の事だ? と、今元晋は眉を潜めるが、続けて老人はこんな事を口にする。
「歩いては渡っていけない、この世の向こう側……この世界とは理念も理屈も理も異なる、まったくの別世界……言い伝えでは、その地からこの世に来るためには一度向こうで命を落とさねばならない……命を落とし、黄泉の国の民とならねばここには来られない……おぬし、向こうで死んだのではないか?」
「……は?」
老人の言葉を聞いて、今元晋は頭の中が真っ白になった。
歩いては渡っていけないこの世の向こう側?
向こうで死なない限り、こちらには来れない?
一体この老人は何を言ってるんだ? 頭がイカれてるのか?
しかし、老人の言ってることが正しいならば、今の状況に説明がつく。
濁流に呑み込まれ、目が覚めたら見知らぬ土地にいた。
そして、見た事もないシンボルマークを掲げる教会に、さきほどの彼女の右手……
何よりこの老人、どう見ても日本人じゃない。
そして喋ってる言葉も日本語じゃない、聞いた事もない言語だ。
なのに、何故か自分はそれを理解できている。知らないはずのその言語を喋れている。
これらを踏まえれば認めざるをえない、この状況がどういう事であるのか。
「俺はあの時死んで、ここは……ここは地球とはまったくの別世界……なのか」




