続・最初の異世界(11)
今元晋が気が付くと、そこは見知らぬ場所だった。
地平線の彼方まで草原が広がる、気仙沼にはない景色……
なので今元晋は一瞬、目を疑った。
確かに気仙沼にも草原が広がる絶景が見られる場所はある。
しかし、そういった場所は大体が山の上や高台であり、大抵は絶景の中に気仙沼湾がセットでついてくる。
そう、こればかりは土地柄的に仕方がないのだ。
だからこそ、気仙沼湾がなく、地平線の彼方まで草原が続いているというのはありえないのだ。
つまりはここは気仙沼ではない……では一体ここはどこだ?
一体俺はどこまで流されたんだ?
そんな疑問が今元晋の頭の中に浮かぶ。
見た所、自分の着ている服は津波に流される前のままだ。
服が破れていたり、汚れていたり、濡れていたりもしていない。
試しに臭いを嗅いでみるが異臭はしなかった。
そして体には見た所、これといった外傷はなく、心身も今のところすこぶる正常、健康そのものだ。
しかし、ついさきほど濁流に呑み込まれたはずなのだ。
今元晋はまだその感覚が全身にこびりついている。
そう、現に右手はまだ震えていた。
ではどうして、濁流にのみ込まれたにも関わらず、この身は衣服を含めて何ともないのか?
奇跡的に助かった、と捉える事もできるが、それにしては今いる場所の説明がつかない。
津波に流され、どこかに流れ着いたとはとても思えるような場所じゃないからだ。
もし、本当にそうだとすれば、自分の周囲には同じように流されてきた土砂やら瓦礫やらが散乱しているはずだが、そんなものは一切なく、それどころか自分自身の持ち物すらなかった。
この身一つ、それだけがこの草原の中にぽつんといるのだ。
(なんなんだ一体? どうなってるんだ?)
わけがわからず、今元晋は戸惑うが、それは無理もないだろう。
何せ今元晋は何の説明も受けていないのだ。
そう、受けていない状態で転生し、この場所にいるのだ。
だから自分がすでに死んでおり、異世界に転生したなど夢にも思わない。
死んだときの年齢で、死んだ時の姿や格好で、記憶もそのままに転生してしまったのだ、当然だろう。
むしろ、考え方によっては異世界転移とも言えるかもしれない。
とはいえ、異世界転移に近い状態であっても、気仙沼では今元晋はすでに死んでいるのだ。
つまりは元の世界に帰る事はできない。
そう、もう今元晋はこの世界で生きていく以外に選択肢はないのだ。
だが、彼にはそういった状況を理解する術がない。
たとえば、わかりやすく濁流に呑み込まれて死んだ直後に、神様のいる空間に飛ばされ、神だが女神だかに「あなたは死にました」と告げられたなら、転生したと理解できただろう。
そして、その時に神だか女神だかに転生先の世界の現在の状況なりの説明を受け、その世界で何かやってほしい事だったりをお願いされ、生き残るための術を授かったならまだ混乱せずに済んだだろう。
やる事が明白で、それをするための力も最初から備わっているのだから……
しかし、今元晋はそうではない。
死んだ際に、転生させるよと神から言われたわけでも、異世界に対するレクチャーを受けたわけでも、チートを授かったわけでもない。
完全に放置……否、そもそも神が関わっているかどうかも怪しく、転生した事すら知られていないかもしれない。
だから、今元晋に現在の状況を懇切丁寧に説明してくれる者は誰もいない……自力で何とかするしかないのだ。
「考えてても仕方がないか……とにかく動こう」
救助を待つ際は無闇にその場を動かない方がいい、じっとしておくのが鉄則なのだが、それは遭難した際の対処法だ。
今元晋は遭難して救助を待っている状態ではない、だからこの場合は動くのが正解である。
とはいえ、右も左もわからぬ土地で歩き回るのは危険と隣合わせだ。
ゆえに今元晋はさきほどまで自分が倒れていた場所を常に意識しながら周囲を探索する。
一様は生えている草をかき分けた際に姿を見せた地面に転がっていた石を拾い、ある程度の草を引っこ抜いた後で地面にSOSの文字を書いたので、上空をヘリが通過すれば気付いてくれるはずである。
とはいえ、さきほどから周囲に響く音は風が吹きすさぶ音だけであり、人工の音は一切しない静寂なのだが……
何にせよ、起点となる場所を定めておくのはリスク管理の面でも重要だ。
最初にいた場所が安全なのか、それとも危険なのか、その見極めも遠目にチェックする事ができるのだから。
(まぁ、戻ってきたところで雨風を防げる何かがあるわけでもないし、気にする必要はないのだろうけど)
そんな事を思いながら、とにかく今元晋は地平線の彼方に向かって歩き出した。
というより、360度どこを見回しても草原しかないのだから、とにかくあてずっぽうでも進むしかないのだ。
わかりやすい目印、それこそ遠くに山などかすかに見えていたならば話は違っただろうが、ランドマークがない以上はとりあえずは進むしかない。
そうして歩き続ける事半日近く、ようやく景色に変化が生じた。
地平線の先にポツンと建つ小さな建物が見えたのだ。
それを見た今元晋は水を得た魚のように元気になり、現在地から建物がある場所までの距離も考えず、一気に走り出した。
残りの体力すべてを使って全力でその建物を目指す。
最初は小さな建物のように見えたそれは、近づくにつれ徐々に全体像が見えてきた。
その建物は、小さな教会のような建築物だった。
辺境の知る人ぞ知る教会だろうか? 屋根の先端に立っているのが十字架とはデザインがまったく違う装飾品なのが気になるといえば気になるが、まぁ、どうでもいい。
そんなものは些細な事だ。
今はとにかく、ここがどこなのか知れたならそれでいい。
あと水も飲みたいし、何なら何か食べたい。
あと気仙沼の状況も知りたいのでテレビを見せてほしいし、何なら電話もしたい。
津波に流された際に失くしたのか、ポケットにいれていたはずの携帯電話がなくなっているのだから、こればかりは是が非でもお願いしたいところだ。
そんな事を思いながら走っていたが、やがて異変に気付く。
教会のような建物に近づくにつれ、その建物の周囲を何やら小型の動物が取り囲んでいるのが見えた。
そして、教会の入り口を守るように扉の前に誰かが立っており、そんな誰かに向かって、建物を取り囲んでいた動物たちが次々と襲い掛かっていく。
それを見た今元晋は。
(とても飼ってる動物とじゃれ合ってるようには見えないよな。助けに入らないと!)
そう思い、一気に草原を駆け抜け、そして教会のような建物の前に飛び出した。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! どっかにいけぇぇ!! この獣ども!!!!」
扉の前に立つ誰かと建物を取り囲んでいた動物たちとの間に割って入り、そして教会のような建物を背にしてファイティングポーズを取り、動物たちを威嚇する。
そんな今元晋を見て、教会のような建物を取り囲んでいた動物たちはそれぞれが顔を見合わせ、どうすべきかの意思疎通を行う。
そんな動物たちはラーテルのような外見をしていた。
もし本当にラーテルだとしたら、かなり厄介だなと思いつつも、日本にラーテルなんて動物園以外でいたっけ? あれ、アフリカ生息だろ? と疑問が沸いた。
しかもこれだけの数、動物園から脱走したにしても多くね? と今元晋は不審に思い、警戒しつつも、後ろにいる人物に視線を向ける。
それは事情を聴くためだったのだが、しかし今元晋は視線を向けた先の人物を見て。
「っ!!」
思考が停止した。
こうして転生したばかりで右も左もわからぬ今元晋と、教会の訳アリ少女ラーゼのふたりは出会ったのである。




