広域多次元航行艦ヴィマナ(3)
食堂にはギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>のメンバー全員が揃っていた。
時刻は朝の9時、とはいえ次元の狭間において時間の概念はあまり意味を成さないのだが、とにかく今は朝の9時である。
朝食はすでにこの場にいる全員が済ませており、キッチンの流し台には全員の朝食の残骸たる大量の皿やコップが放り込まれていた。
いつもなら朝食が終わればそれらを洗い、片づけを済ませるところだが、今日に限っては用事が済んでからの後回しになるだろう。
何せ、これからギルドメンバー全員であの港湾エリアにあるターミナル施設を調査しないといけないからだ。
とはいえ、本音を言えば次元の狭間の空間で寝泊りしていないメンバーに関しては、ドルクジルヴァニアにある自宅でぞれぞれ朝食を済ませてきてほしいものだし、次元の狭間の空間なんてあやふやな場所でなく、地に足がついた、ちゃんとした世界にちゃんとした自分の住む家があるのだから、基本的な生活はそこで送ってほしいし、ここで食事をとると言うなら最低限の後片付けはしてほしい……
そう思うのは我が儘なのだろうか? ごく普通のことだと思うのだが……
(確かに数名だけが利用するには広すぎる食堂ではあるんだが……それでもギルドメンバー全員の朝食を用意しているっておかしな話なんだよな……食材もそうだし、何故か俺が全員ぶん作ってるし……むむむ、やはり一度ビシっと言わないとだよな!)
そう思って立ち上がり、皆に一言言ってやろうとしたのだが、そんな自分を見たフミコがこれは出発の合図だと思ったようで。
「よし! それじゃあターミナルへ向かおう!」
自分に続いて立ち上がって、皆にそう告げた。
いやフミコさんや、そういうわけじゃないんだが?
しかし、そんな意図は伝わらず、フミコに続いて皆も立ち上がり。
「おう!!」
と掛け声をあげた。
うん、気合いが入ってるのはいい事なのだが、なんだかタイミングを逃してしまった……
そうして微妙な表情をしていると、食堂の外へと向かうフミコたちが。
「施設内を手分けして調査するにしても、どれだけの数のグループ作るかだよね。何人組にすべきか……まぁ、あたしはかい君と一緒に調査するは確定してるけど」
「は? フミコ、あんた何言ってるの? 川畑くんと一緒なのは私なんだけど?」
「ケティー、気でも狂ったか? かい君はあ・た・しと! 一緒に調査するんだけど?」
「そんな話いつ決まったっけ?」
「最初からだしー! かい君はあたしと常に一緒に行動しないといけんだしー!」
「は? そんなルール聞いた事ないんだけど?」
「なんだと!!」
「そうだよフミコにケティー! カイトくんはわたしと見てまわるんだから! ふふん!」
「黙れドリー! 出番の少ないサブヒロインは引っ込んでろ!」
「は? 誰が出番の少ないサブヒロインだ! メタ発言すな!」
「どいつもこいつもうるさいです!! カイトさまはココと一緒に見てまわるんです! 負けヒロインはさっさと去るです」
「牛は黙ってろ!!」
「牛とはなんだ!! アルティメット・ギガバイソンです!! 低俗な種と一緒にするなです!!」
「あ……あの……カイトさんと一緒にまわるのは……わ、わたし……です」
「ちょっとシルビア、声が小さいんだけど? そんなんじゃ割って入れないよ?」
「ただでさえ出番が少なくて存在感が薄いのに、それじゃ正妻戦争を勝ち残れない」
「ちょ……ちょっとキャシー! シーナ! 気にしてる事言わないで!!」
そんな事を言い合いながら騒がしく出て行った。
思わずため息がでてしまったが、そんな自分の肩に騒がしい輪の中に入ってなかったリエルがぽんと手を置くと。
「相変わらずモテモテやな! よ! 色男」
ニヤニヤしながらこちらにサムズアップして見せて、そんな事を言ってきた。
冷やかすんじゃねー! とリエルを思わずジト目で睨みつけてしまうが、その隣ではヨハンがこちらを羨ましそうな羨望の眼差しで見つめていた。
そんな自分とヨハン、更にはわいわい騒ぎながら食堂を出ようとしているフミコたちを見て寺崎歩美が呆れた様子で。
「いやあんた、普通に転生者からハーレム構築スキルも継承してんじゃないの? アビリティーチェッカーに表示されないだけで……まぁ、歩美には関係ないし、どうでもいいんだけど。いつか刺されないように気をつけた方がいいんじゃない?」
そんな背筋がゾッとするような事を口にしてから何食わぬ顔でフミコの方へと走っていってフミコに抱きつき。
「はーい! 歩美は先輩と見てまわりまーす! ターミナルデートしましょう!」
そんな事を笑顔で言っていた。
当然フミコは拒絶反応を示してたのだが、その一方でリーナ、エマ、イレーナのお子様3人だけは食堂のテーブルを一生懸命に布巾で拭いたりと後片付けをしていた。
そんな光景を見ると、最年少グループがちゃんとしてるのにと、なんだか恥ずかしくなってくる。
ちなみにリーナたちもテーブルを拭きながら。
「リーナもはやく名乗りでないとマスターのお兄さん取られちゃうよ」
「そうですよリーナさん、ここはわたしたちがやっておきますから」
「いやさすがにふたりに押し付けていけないよ! それにマスターはこうやって後片付けしてる事ちゃんと見てくれてるから後で褒めてくれるし」
「リーナ、そういう細かいところでポイント稼ごうとするよね? 悪くないけど、それじゃお姉さんたちに負けちゃうよ」
「わたしもリーナさんはアピールの仕方を考え直した方がいいように思います」
「もうエマ! それにイレーナまで!!」
そんな会話で盛り上がっていた。
うん、やはりヨハンと機械の騎士さんだけではだめだ……もうひとり、男子の仲間が欲しい。
港湾エリア、ターミナル施設。
その内部は予想通り、外観以上の広さを誇っていた。
入ってすぐのエントランスの時点で、すでに圧倒されるスケールであり、奥に進むにつれて、どこか国際空港の中を歩いているような錯覚を覚えてしまった。
そうした中、ケティーはところどころにある広いスペースに目を光らせ。
「川畑くん!! ここってもしかして売店スペースかな!? ていうか絶対そうだよね!! ならここ、私が使ってもいいよね? ね!! ここで物資売るから!! 食料とかお土産とか色々!! よーし!! 儲けるぞー-!!」
行商人の血が騒いだのかそんな事を言い出した。
いや、ここに売店設置してどうすんねん? 次元の狭間の空間内に君の売店あるやろがい!
それ以前にここで売店開いても、ここに来るまでに次元の狭間の空間内の君の売店でみんな物資買ってるやろ! 絶対ここで誰も何も買わんぞ?
ここには客なんて、俺たち以外いないんやから。
そう心の中でツッコむが、あえて口に出さなかった。
いや、疲れたのでもうツッコむ気力がなかった。
何せ、事あるごとに、何かしらに誰かが反応してもうキャパオーバーだからだ。
うーん、これ全員で調査しに来たの失敗だったかな?
リーナ、エマ、イレーナの3人にいたっては空港で言うところの待合いロビーのような空間の、そこに設置された無数の椅子やソファーで何やら遊びだす始末だ。
うん、修学旅行で遊び盛りの児童たちをまとめないといけない引率の先生たちの大変さが今、身に染みてわかったわ。
そう思っているとリエルがついに目的の施設を発見する。
それはここターミナルと、あの巨大な船ヴィマナを繋げ、またヴィマナの出航を手助けする管制室だ。
無数のモニターに操作パネル。そして、ヴィマナが停泊している岸壁全体が見渡せる大きな窓。
そんな管制室に足を踏み入れてリエルは鼻息荒く興奮しだす。
「うっひょー!! すごいやん!! うち興奮してきたで!!」
そして、大きなモニターの前の席に座ると操作盤を弄り出し。
「なるほどなるほど!! わかってきたで!! こりゃすごいってレベルやないで!! なんやこれ!! たまらんわー!!」
そう叫んで次々と周囲の装置に触れて起動させていく様子を見て、さすがにまずいだろうと制止しようとするが。
「あ、心配せんでええで! うち、こう見えてオペレーター業務も得意やねん! というか、最初はこういう業務を志願してやってたしな!」
リエルはそう言って手を止めようとはしなかった。
「そうなのか?」
「せやねん。どういうわけか、途中から整備課に異動になって今に至るんやけど、うちの本職はこっちやで! せやから大船に乗ったつもりでいいや!」
そうして色々といじくり回す事数分、リエルはここのすべてを掌握したようだ。
「わかったで! どうやらこの施設は次元港らしいわ」
「次元港?」
「ようするに、ここから次元の狭間に飛び出して、色んな次元に船で向かうっちゅーわけや。次元の狭間の空間が指定された目的地までノンストップで突き進む動く人工島やとしたら、あの船はその移動中の人工島に自由に出入りできる船舶っちゅーわけやな」
「自由に出入りできる船舶か……」
「せや、ケティーのモーブデバイスやギルド本部と直結したゲートを除けば、基本的に次元の狭間の空間がたどり着いた先の異世界しか訪れる事はできへん、前の異世界に後戻りする事もな。せやけど、あの船を使えば、そんな制限なく好きな時に好きな異世界に赴ける。そして、この施設はそれをサポートするっちゅーわけや」
「制限なく好きな時に好きな異世界に赴ける……」
つまりは、ケティーが訪れた事がないためムーブデバイスでは行く事ができず、後戻りができない次元の狭間の空間では、もう二度と訪れる事が出来ない最初に訪れた異世界に……対アシュラ戦で絶対必要になる身代わりのペンダントが売っているあの異世界に行けるという事だ。
「これでようやく戦う準備が整えられるってもんだ」
そう言って大きな窓から見える巨大な船、ヴィマナを見下ろしてリエルに頼んだ。
「あの船に乗り込みたい。頼めるか?」
これを聞いたリエルは目を輝かせ。
「任せとき! うっひょー! 楽しくなってきたでー!!」
そう叫んで操作盤をいじりだす。
ほどなくしてターミナルの2階から飛び出していた、よく空港でみかける搭乗待合室と飛行機内をつなぐ通路である搭乗橋のような構造物が音を立てて動き出し、ヴィマナの側面へと伸びて行って繋がり、ターミナル内の搭乗口からヴィマナ内部へと乗り込めるようになった。
搭乗橋からヴィマナ内部へと乗り込む。
中は複雑に通路が入り組んでいたが、しかし艦橋に入ると景色は一変、広大な空間となった。
ここまで艦橋が広いと動かすのに多くの人員が必要になるのかと思いきや、自動制御やAIなどによってごく少数で船は動かせるという。
そして、艦橋に入り、ようやくこのヴィマナが広域多次元航行艦という艦種であり、船でなく艦だという事を知った。
つまりは神を自称する連中が所有する軍艦という事になる。
その事に若干の警戒心を抱いたが。
(ま、使えるものは何でも使わせてもらうさ)
細かい対策は今後考えるとして、今は最低限の調査とハッキング対策を施して試運転を兼ねて広域多次元航行艦ヴィマナを動かしてみる。
「ここにアビリティーチェッカーをはめ込めばいいのか」
艦橋内の艦長席のデスクにはアビリティーチェッカーをはめ込める窪みがあった。
そこにアビリティーチェッカーをはめこむと、目の前に海図のようなものが投影された。
曰く、それは多次元経路図と呼ばれる次元の地図のようなものである。
そして、その投影された多次元経路図には、これまで自分たちが訪れた異世界が光る点で表示されていた。
その光る点をなぞっていき、そして最初に訪れた点を見つける。
「ここか」
そう、その場所こそが最初に訪れた異世界だ。
場所さえわかれば後は準備を整え、出発の準備だ。
試運転を終え、問題なく航行できるとわかってからケティーの売店で物資を補給し、いざ広域多次元航行艦ヴィマナに皆で乗り込む。
とはいえ、リエルだけはターミナルに残り、管制室で無事ヴィマナが出航できるようオペレートするという。
詳しく調べれば、管制室で誰かが残り有人操作しなくとも、AIによる無人オペレートも可能だと判明したのだが、処女航海だけはうちがオペレートする! とリエルが頑なに譲らなかった。
それだとヴィマナに乗り込めないけどいいのか? と聞いてみたが、次から頼むとの事だった。
なのでリエルをターミナルの管制室に残し、TD-66を含めた全員がヴィマナに乗り込み、所定の席についた。
皆がベルトを締めたことを確認してからアビリティーチェッカーを艦長席のデスクにセット。
投影された多次元経路図に表示された光る点の中から、もっとも古い、最初に訪れた光の点をタッチし。
「目標座標設定! さぁ行こうかみんな!!」
そう艦橋内にいる皆に声をかけた。
同時にヴィマナは岸壁から離れ、次元に放りだされるとヴィマナの目の前に青白い光の線がまるでレールのように浮かび上がり、それは数キロ先まで続いていた。
管制室にいるリエルの指示にしたがってヴィマナを所定の位置まで移動させ、そして。
「川畑くんいくよ!!」
「あぁ!! ヴィマナ発進!!」
操縦桿を握ったケティーがそれを前に倒したと同時、ヴィマナの艦尾から波動エネルギーが噴出して一気に加速。
レールのような青白い光の線の上を滑っていき、そのまま次元の彼方へと飛び去って行った。




