受け継がれし鋼の魂(50)
「なるほど……こうすればこう動くわけか」
薄暗く狭いスペースにある液晶画面を凝視し、トランスフォームオペレーションデバイスと呼ばれるクラタスを操縦するための操縦桿のようなものをいじりながら潮留よしもりはひとつひとつの動作を確認していく。
普段は被らないヘッドプロテクターを被った彼がいる場所はクラタス内部のコックピット。
今まさに、彼はクラタスの操縦方法を独学で学んでいるのだ。
そんな潮留よしもりは楽しくてたまらないのか、その表情はひどくニヤついており、どこか少年の頃に戻ったような印象を受ける。
コックピット内にあるすべてのボタンやタッチパネルに表示されたマークに触れ、一体どんな機能が開示されるのかと期待に胸を膨らませる。
その様子は誰が見ても一発でワクワクしているなとわかるほどだった。
そんな時だった。コックピット内の外の映像を映す画面に、ミーヤとナオキの姿が映った。
クラタスの前に二人がやってきたのだ。
それを確認すると潮留よしもりはハッチを開く。
「どうした? ふたりとも」
そして、新しい玩具を手にした子どものような笑みを浮かべながら声をかけると、そんな潮留よしもりの表情を見てナオキが呆れたと言わんばかりにため息をつくと。
「父さん! 本当に何やってるんですか!?」
「そうですよよしもりさん! 正気にもどってください!」
ミーヤと二人掛かりで潮留よしもりに迫るが、しかし潮留よしもりは軽い調子で笑ってみせると。
「ははは、何って楽しいじゃないか操縦。やっぱ操縦桿を握って巨体を動かすのはロマンだよな?」
そんな事を言い出すものだから、思わずナオキは眉を潜めてしまう。
「はぁ? いや、ほんと父さん何言ってるの? 頭おかしくなったの?」
「そうですよ、よしもりさん! よしもりさんはわざわざ操縦する必要ないでしょ! 融合してビースターを自分の体の一部としてスムーズに動かせるのに!」
ミーヤのその言葉に潮留よしもりは笑顔から一転、真顔に戻ると。
「だからだよ……戦い続けるために体をサイボーグ化して、確かに強くはなった。思い通りにビースターを動かせるようになった。けど、それはビースターに搭乗して操縦するっていうのとはかけ離れた行為だ。ファイナルヒュージョンは確かに効率がいい。そりゃそうだ。だってビースター自体に自分がなるんだからな……けどな、自分の体を動かして自分の拳としてバイオスターをぶん殴るのと、機体に乗り込んで、操縦桿を握って機体を動かし、レバーを倒して相手を弾き飛ばす感覚は別物なんだよ。重量感のある鋼鉄の物質をレバーを倒す小さな力加減で制御し、それでもって相手を圧倒する! そんなアドレナリンがでるあの瞬間を俺はもう味わえない、そう思ってた……けど、大人でも操縦できるビースターを……いや、ロボットをカイトくんが見せてくれた。そんなものを前にして興奮せずにいられるか?」
そう力説してみせた。
そんな潮留よしもりを見てナオキとミーヤは困ったように顔を見合わせる。
「ま、まぁよしもりさんがそこまで言うなら……」
納得はしていないが潮留よしもりがそこまで言うならと、ミーヤは渋々と言った表情でそう口にするが、しかしナオキは。
「けど父さん大丈夫なの? 操縦自体久しぶりなんでしょ? 外から見てたら動きもぎこちなかったし……そんなので勝てるの? 負けたら……異能を奪われて殺されるんでしょ?」
そう心配そうに尋ねるが、それを聞いて潮留よしもりは小さく笑うと。
「もとより、この勝負に勝とうが負けようが異能も命も差し出すつもりだ」
一切の躊躇なく言い切った。
これにはナオキもミーヤも。
「な!? 父さん!?」
「よしもりさん!?」
驚き、目を見開くが、しかし潮留よしもりは。
「そもそもカイトくんの言う事が本当なら、この勝負の勝敗に関係なく、俺はもうとっくに異能を奪われていてもおかしくない。というか、彼の立場からすれば、問答無用で条件が整った時点でそうすべきなんだ。けど、それをしない……甘いよな。優しすぎる。非情になれない性格なのかな? 何にせよ、だからこそ、こうして最後のわがままを聞いてもらえた。最後にもう一度、自分の手足を……体を振るって戦うのではなく、自分の操縦で重量感ある鋼の巨体を動かして戦う事を……」
そう噛みしめて言うと、しばし無言でナオキを見つめ。
「な……なんだよ父さんっておわ!?」
そしてナオキの頭に手を置いて、愛おしそうに我が子の頭を撫でるのではなく、その髪を無作為にくしゃくしゃと掻き乱した。
そんな事をされて、何するんだ! と怒るナオキの反応を見て潮留よしもりは楽しそうに笑うと。
「後の事は頼んだぞ。今のお前にだったらすべてを任せられる。この世界の事も、ミーヤの事も……」
そう言ってミーヤの方を見る。
ミーヤは一瞬ドキっとして目を逸らすが、しかしすぐに潮留よしもりを見つめ直し。
「うん、安心して! わたしとナオキで絶対にエムブロを倒して世界を救ってみせるから!!」
そう宣言した。
その言葉に潮留よしもりは満足して頷き。
「カイトくんの話じゃ、本来なら同じく地球から漂流してきたという意味ではエムブロもターゲットになって然るべきはずだが、こっちの世界で変異してしまったため、あれは地球から漂流してきたものとは別物という判定になっているらしい……そして、それはビースターも同様らしく、少なからずエムブロの影響は受けているはずだと。だから俺の異能が奪われて殺され、この世界から俺の記憶や痕跡が消えても、ビースターはこの世界に存在し続けるはずだ。そしてナオキ、お前もな」
そう言ってナオキの目を見る。
「とはいえ、この世界から俺の記憶も痕跡も消えるんだ。だとすればナオキ、お前いったいどういった存在になるんだろうな? 俺にはもう知りようがないが、けどちょっと興味が出て来たぞ?」
そう言って首を捻って考え込む。
そんな潮留よしもりにナオキもミーヤも何か言おうとするが、しかし彼らが言葉を発するよりも先に潮留よしもりは。
「ま、何にせよナオキ。たとえお前がどんな存在になろうと、俺の事を忘れようともお前が俺の息子である事に変わりはない……だからナオキ、何があっても自分の信念だけは見失うなよ」
そう言ってナオキを抱き寄せ、数秒ほどハグをした。
そんな親子の最後の抱擁に、ナオキは涙して強く父の背中を抱きしめる。
そして最後の別れを惜しむように父の背中を離さない息子を潮留よしもりは小さく笑って突き放し。
「じゃあなナオキ、父さんの最後の雄姿を見届けてくれ」
そう言ってハッチを閉じた。
閉まっていくハッチの中をナオキは涙しながら見つめ、そして隣のミーヤは何か言いたそうだったが、結局最後まで口を挟まなかった。
親子の最後の交流を邪魔したくなかったのか、あるいは別の感情か……
ハッチが完全に閉じて薄暗くなったコックピット内の液晶画面にはそんな二人の姿が映し出されていた。
潮留よしもりはそんな液晶画面に手を伸ばして優しく触れて小さく笑い。
「できればふたりの子どもを……孫をこの手で抱いておじいちゃんになりたかったな……そうだろ? しずか」
そう言って懐から妻の潮留しずかの遺品を取り出し、コックピット内にそっと置いた。
そしてヘッドプロテクターを装着して、操縦桿たるトランスフォームオペレーションデバイスに手をかける。
一度目を閉じ、集中すべく深呼吸してから目を見開き。
「それじゃあ、生涯最後の戦いに出向こうか!!」
クラタスを発進させた。
「なぁカイト、本当に機体はクラタスで良かったのか?」
コックピットに乗り込み、ハッチを開けた状態で調整していると、ヨハンがコックピットまでよじ登ってきてそんな事を尋ねてきた。
これには思わず眉を潜めてしまう。
「よかったも何も、クラタス以外に何か選択肢あるか?」
なのでそう尋ね返すとヨハンは。
「いや、勝率をあげるならEagle Primeの方がいいんじゃ」
そう口にした。
その名を聞いて思わずため息が出てしまう。
「あのなヨハン、日米巨大ロボ対決の動画を見せて先入観を持たせてしまった俺も反省しないといけないが、そもそもあれは本来クラタスと同じ土俵に立たせて戦う代物じゃないぞ?」
「え? そうなの? でも動画じゃ普通に戦ってたし」
「まぁ、そう思うよな? けど実際は違うんだよ。確かに有人操作の巨大ロボという点では同じフィールドで戦える代物だ。だから日米巨大ロボ対決が実現したわけだし。けどな、そもそもクラタスとEagle Primeじゃ開発のコンセプトがまったく違うんだよ」
「コンセプト?」
「そう、クラタスの開発目的は遊びだ。言うなればサバゲーの延長線上で、巨大なロボを操縦しながら遊べたら楽しいよねっていう、そういう代物なんだ。だから武装も殺傷能力が低いペットボトルや花火を飛ばすロハスランチャーにBB弾のガトリング銃……まぁ、バイオスターと戦うために実弾に換装したけど、本来は殺傷能力が低い、遊びのための巨大ロボなんだよ。一方でEagle Primeはお国柄もあるけど、あれは将来、軍事の面で軍用巨大ロボの時代が到来すると見越して開発されてる。だから武装も巨大ドリルアームにチェーンソー、重量がクソヤバいナイフアームと殺意ましましだ。そりゃクラタスも負けるだろって……けど、だからこそ殺傷を抜きにした単純にロボ同士で遊びまわる用途には向いてないんだ」
そうヨハンに伝えるが、しかし納得している様子ではなかった。
なので、そんなヨハンに正直なところを伝える。
「それにな、正直この勝負に勝とうが負けようがどうでもいいんだ。勝敗の有無に関わらず、あの人はもうこの世界での意義を無くしている。勝負に勝ったからって、異能を奪うのはなしにしろとは言わないはずだ。だから、今からやるこれは儀式みたいなもんだ。相手の現世の未練をなくしてやるっていうな……地縛霊が生前やり残した何かを解決し、満足すれば成仏するっていう、それと同じだ。相手が最後にこれをやりたいって言うなら、それを叶えてやる。そういう類の勝負なんだよこれは。だから、絶対に勝とうだとか、そういうのは正直ないな」
これを聞いたヨハンは何ともいえない表情を浮かべると。
「なるほどな。カイトがそういうなら……」
そう言ってからチラっとある方向に目を向ける。
そして……
「でも、せめてあの子たちの期待には応えてやってほしいな」
そう言って、遠くでがんばれー! 負けるなー! と声援を送るリーナ、エマ、イレーナの3人の気持ちも考えろよと暗に告げた。
これには思わず苦笑してしまう。
「善処するよ」
それだけ言うとヨハンはクラタスから離れていった。
そしてこちらもハッチを閉じ、そしてお互いクラタスに搭乗しての戦いが始まった。
結論から言うと、勝負に勝ったのは潮留よしもりだった。
だからと言って潮留よしもりが異能を奪われ殺される事に抵抗する事はなく、この異世界での任務は終わった。
次元の狭間の空間に戻ると、ケティーに最後のクラタス対決で負けた事をものすごく笑われたが、リエルやドリーからは今後も似たようなロボが活躍する異世界を訪れる可能性はあるんだから練習して腕を磨いておいた方がいいのでは? と至極真っ当な事を言われた。
この意見はもっともだと思い、以後、次元の狭間の空間にクラタス演習場が追加される事になる。
ビースター新造研究所の近くにある少し小高い丘、そこには何もない、ただ殺風景な景色が広がっているだけの空間なのだが、しかしなぜかナオキは毎日その場所に通っていた。
自分でも理由はよくわからないが、ここに来なければならない。そんな気がして毎日通っているのだ。
そして今日もまた、理由もわからず、何もない空間を見つめていると。
「あ、やっぱりまたここにいたんだ! おーい!!」
「ミーヤ」
背後から声をかけられたので振り返ると、こちらに手を振り歩いてくるミーヤが見えた。
そしてその手にはなぜか花束が握られている。
「ミーヤ、その花は?」
「ん? あぁ、これ? なんだろう、ここに来る時は何故かもってこないといけないような気がして……」
ミーヤはそう言うと、持って来た花束をある場所に置いた。
これだけ何もない、広い場所の中で、どうしてその場所をチョイスしたのか、本人にもわからない。
ただ、その場所に置かないといけないような気がしたのだ。
「ふーん、変なの」
「そういうナオキこそ、なんで毎日ここに来るの?」
「……さぁ、なんでだろうな? どうしてか、来ないといけない気がして……」
「ふーん、変なの」
ミーヤはお返しだと言わんばかりにナオキの言葉を真似すると、互いに笑い出す。
そして、無意識にこう口走っていた。
「皆さん、見守っててくださいね」
その皆さんが一体誰なのか、ナオキとミーヤにはわからない。思い出せない。
ただ言える事は……忘れてしまったけれど、きっと二人にとって大事な人たちだったのだろうという事だ。
そして、そんな思い出せない、いたかどうかもわからない大事なひとたちの為にも、一刻も早く世界に平和を取り戻さないといけないと二人は決意を新たに手を繋いで研究所へと戻って行った。
これより数年の後、彼らはついにバイオスターの親玉であるエムブロを打ち倒し世界に平和をもたらすのだが、その物語は誰も預かり知らぬ物語である。




