受け継がれし鋼の魂(44)
ミーヤは自らに手を差し出して来た少年を見て、ついナオキと口にしたが、しかしすぐに。
(あれ? なんで私その名を口にしたんだろう? そんな聞いた事もない名前……それに、誰なのこの子?)
困惑した表情になった。
そんなミーヤを見て、手を差し出したままのナオキは。
「あ、あれ? ミーヤ? どうしたの? 俺だよ俺! 忘れちまったのか? まさかやっぱりまだ怒って……ぐぬぬ、やはりまずは土下座から入らないといけなかったのか?」
そんな事を言って慌てだすが、しかしすぐにある事を思い出す。
「いや待てよ? 確かカイトさんが精神世界は現実とは違う時間軸になっていたりするとか何とか言ってたような?」
そう、ナオキはここに来るまでにすっかり忘れてていたが、カイトは手短にナオキに精神世界についてレクチャーしていたのだ。
その内容は……
「ナオキくん、ミーヤさんの精神世界を突き進む上でひとつ注意しておかない事がある」
「はい、何でしょうか」
「それは、彼女と対面した時、どんな反応をされたとしても、その反応をもってして、彼女が自らを拒んだと思わない事だ」
「それはどういう……」
「精神世界が本人の深層心理を色濃く反映している以上、過去の記憶だったり、こうあってほしいという現実への願望が展開されているケースがほとんどだ。そして過去の記憶が展開されている場合は十中八九、自分たちに出会う前の記憶が展開されている可能性が極めて高い。というより、ナイトゴーントに支配されている以上は絶対そうなっているだろう。支配する側からすれば、仲間に出会う前の記憶に自らの支配の記憶を上塗りして、その後の記憶を排除すればもう、知りもしない仲間の元に帰ろうとはまず思わないからな」
「……それは確かに」
「だからナオキくん、ミーヤさんが君の事を忘れていたとしても、知らなかったとしても、見ず知らずの人に声をかけられて驚いたとそんな素振りを見せても動揺せず、焦らずに彼女に接するんだ、いいね?」
「は、はい……で、でも……でも、俺の記憶はミーヤにはない状態なんですよね? そんなの……一体どうすれば? 俺はどうすればいいんです?」
ナオキは不安な表情でカイトにそう尋ねてくるが、こればかりはカイトも答えようがない。
一瞬、フミコの精神世界での経験を伝えてもいいかとも考えたが、それよりもナオキ自身のやり方でアプローチをかけたほうがいいだろうとカイトは判断し、具体的な言及は避ける事にした。
何せ、フミコの精神世界にカイトが突入した当時のカイトとフミコの関係と、今現在のナオキとミーヤの関係では積み上げてきた土台そのものがそのまったく違うのだから。
なので。
「当たって砕けろ……だな」
カイトは適当にそう答えた。
これにはナオキも真顔になり。
「いや、砕けたらダメなのでは?」
そうツッコむが、そんなナオキにカイトは。
「ははは、まぁ、いくら出会う前の過去の記憶と言っても所詮は記憶だ。本当にタイムトラベルしているわけじゃない。だから……本気の本気で必死に、彼女の心の奥底に語りかければ君の記憶を呼び起こすさ」
ナオキの肩に手を当てながらそう言った。
しかし、ナオキはどこか不満そうな表情だった。
「カイトさん、そんな精神論でどうにかなるわけ……」
「何言ってんだナオキくん、どうにかなるさ! 精神論でな? だってそうだろ? ここはミーヤさんの精神世界……思いの強さでステータスが変化する世界なんだから」
そんなナオキをカイトは指さし、ニヤリと笑うと。
「それともあれか? 君とミーヤさんとの関係はそんなものなのか? ちょっと出会う前の過去の記憶を脳内で見せられただけで忘れ去られるような薄い間柄なのか?」
そう挑発する。
言われたナオキは拳を握りしめると。
「まさか! そんなわけないです!! 絶対に!! 俺とミーヤの仲は!!」
そう力強く宣言した。
そんなナオキの言葉を聞いて満足そうにカイトは頷き、こんな言葉をナオキに送った。
「だったら信じろ、ミーヤさんを。たとえ最初は君の事を知らないそぶりを見せても、絶対に思い出させるんだ。君ならできるよ」
カイトの言葉を思い出し、ナオキは気合を入れ直す。
「そうだ! あの時言われたじゃないか!! どんな反応を示されても拒まれたと思わない事だって!!」
両手で力強く、自らの両頬をバチンと叩くと、改めてミーヤに向き直り。
「ミーヤ! 俺だ!! ナオキだ!! わからないか?」
そう訴えるが、しかしミーヤはただ困惑するだけであった。
「え? え? な、何? さっきから何なの? あなた」
「だからナオキだ!! 思い出してくれ!! 俺が生まれた時からずっと傍にいてくれたじゃないか! 俺はずっと! その事に感謝してきたんだ!!」
「思い出してって言われても……」
そう言って戸惑うミーヤのすぐ後ろで倒れていたのっぺらぼうなマーヤがすーっと起き上がる。
その姿はもうマーヤではなく、ビースターと融合合体する前のナイトゴーントの本来の姿であった。
「耳を貸す必要はない。あれはお前をかどわかしに来た人さらいだ。あんな犯罪者の口車に乗るんじゃないぞ?」
もはやマーヤに擬態する事なく、堂々とその姿を晒したナイトゴーントの言葉にミーヤは小さく頷こうとするが。
「黙れ!! すっこんでろナイトゴーント!! 今俺はミーヤと話してるんだ!! お前の相手はミーヤを助け出した後で存分にしてやるぞ!! この母さんの仇め!!」
ナオキがそう怒鳴ると、ミーヤは一瞬我に返ったような素振りを見せる。
「仇? 母さん? ……しず、か……?」
そして小さくその名を口にしたのをナオキは聞き逃さなかった。
「そうだミーヤ!! 俺の母さん!! 潮留しずかだ!! あの日約束したじゃないか!! 一緒に仇を討とうって!! こんな悲劇終わらせようって!! なのに!! そんな仇の言いなりになんかなるんじゃねー!!」
しかしナオキの必死の叫びもミーヤには届かない。
いや、届いているが、あと一歩何かが足りない。
(なんでだ? 何が足りないって言うんだ? まだ何を訴えてないって言うんだ?)
歯噛みするナオキはそこでカイトから手渡されたある物の存在を思い出す。
父の潮留よしもりがカイトに託したと言う代物。
曰く、これを使えば絶対にミーヤを取り返せるという代物。
懐に手を突っ込み、それを取り出す。
「これを使えば……どうにかできる……のか?」
取り出したパンパンに膨らんだ封筒を見て、ナオキはその中身を取り出そうし、これを渡してくれた時のカイトの言葉を思い出す。
「まぁ、これに頼らずナオキくん、君自身の想いでミーヤさんを取り返すんだ。それがいい、絶対に」
その言葉と、そう言った時のカイトの表情を……この代物にどうにも納得がいっていないといった感じのカイトの反応を思い出し。
(なんだろう……父さんには悪いけど、これは使わない方がいいような気がする……)
そっとパンパンに膨らんだ封筒を懐に戻した。
しかし、そうなると次に何をすればいいのか? というより自分に今何ができるのか?
本当に記憶を呼び起こせるのか?
ナオキに迷いが生じた時だった。
そもそも、ミーヤがナイトゴーントに支配される原因となった負の感情の発散。
ミーヤが最後に発した言葉を思い出す。
「ねぇなんで!? 私がナオキの事一番よくわかってるのに!! そんな女よりずっとナオキの事理解してるのに!! 信頼してきたのに!! 助けて来たのに!! 一緒にいたのに!! ナオキの事ずっと見てきたのに!! ずっとずっと傍にいたのに!! 生まれた時からずっとずっと護ってきたのに!! 私が一番ナオキの事好きなのに!!誰 よりも愛してるのに!! なのになんで昨日出会ったばかりのよく知りもしない子のほうに行くの!? ねぇなんで!? なんでなの!? 答えてよナオキ!!」
その言葉を思い出し、ナオキははっとした。
(そうだ……俺は何を難しく考えていたんだ。悩むことじゃない……簡単な事じゃないか! これまで散々、カイトさんやイレーナさんに言われてたじゃないか!)
ここに来るまでにカイトからは何度も尋ねられていた。
自分はミーヤとどうなりたいのか? と……
ミーヤの事をどう思ってるのか? と……
負傷したイレーナは自分なんかよりもミーヤの事を心配をしろと、ずっと発していた。
なのに自分はどうしてその事に目を逸らしていたんだ?
わかっていた事なのに、簡単な事なのになんで?
「カイトさん、まだ俺にはよくわかりません。こういう事言うのは最低かもしれないですけど、俺の中でまだ答えが出てないんです。特別な感情はあります。そりゃあります……けど、それは生まれた時からずっと傍にいてくれたっていう感謝の気持ちのようなものでもあるし、母さんの復讐を……バイオスターとの戦い方を教えてくれた恩師への尊敬の念のようなものでもあるし……けど、確実に言える事は……ミーヤは俺にとって大事な存在ってことです」
カイトにはそう答えていた。
本当に曖昧な、最低な答えだと思う。
よくわからない? まだ答えがでてない?
バカを言うな! 答えなら出ているはずだ。
けど、それを口にする勇気がなかっただけだ。
恥ずかしくて言えなかっただけだ。
けれど、それではダメだ。
もう、曖昧な態度で引き延ばす事は出来ない。
ミーヤを助けるには、一歩踏み込まなければならない。
ミーヤを取り返すには、前に進まなければならない。
ナオキは決意を固め、そしてミーヤにこう述べた。
「ミーヤ、今の君はずっと前の、俺を知らない頃の記憶のミーヤだろうから、そんな君に行っても戸惑うだけかもしれない……それでも言わせてくれ! これまでずっと、俺の傍で支えてくれてありがとう。俺もミーヤの事が……俺だってミーヤが大好きだ!」
ナオキがそう叫んだ直後、ミーヤの表情に変化が起きた。
「へ?」
その変化に慌ててナイトゴーントがミーヤに迫るが、しかしナイトゴーントはミーヤに触れる事もできず、跡形もなく消え去った。




