受け継がれし鋼の魂(42)
物心ついた時からエルフの里が嫌いだった。
何せここにはワクワクするような楽しい事が何もない、ただ変化のない退屈な毎日がずっと続き、それが当然だと語る大人のエルフしかいないからだ。
姉のマーヤを除けば同年代のエルフはいない。いや、同年代どころか子供自体がこのエルフの里には自分と姉のマーヤしかいなかった。
歳がもっとも近いエルフは、もうとっくに青年となっており、話し相手にもならなかった。ちなみに歳は600歳離れている。
そんなわけで姉のマーヤ以外に話し相手も遊ぶ相手もいない幼少期をミーヤは過ごしたわけだが、そもそも遊び相手となる同年代がいたところで、里での生活は楽しくはならなかったであろう。
何せ里中にエルフたちの研究施設が立ち並んでおり、子どもが遊びまわるだけのスペースが里にはもうなかったのだ。
そして研究施設のエルフたちは子供が外で騒ぐのを嫌う。
研究施設はどれも見た目は立派であるが、その外壁は極端に薄く中身はスカスカであり、研究施設の真横を通り過ぎた者たちの話し声が筒抜けの状態なのだ。
そしてそれは、研究施設の中で研究に没頭しているエルフたちの心をかき乱す。
集中しているところに、それを阻害するノイズがはいるのだ。そりゃ研究施設の近くでは私語厳禁となるのも致し方ないだろう。
そして、成長した大人のエルフですらそうなのだ。なら騒がしく暴れる子供ともなれば、扱いがさらに厳しくなるのは当たり前で、場合によっては立ち入り禁止にすらされてしまう……
そんな、ある意味で里全体から歓迎されていないミーヤとマーヤは遊び場を里の外に求めるようになる。
とはいえ、幼い子供にとって里の外の光景は不気味そのものであった。
うっそうと茂る草木に空を覆い隠す背の高い木々の枝葉、それによってまだ昼にも関わらず森の中全体が薄暗かった。
遠くの方で何かが揺れ、どこかで何者かに見られている気配がした。
それがただの錯覚なのか、現実なのかの区別がつかない。
怖い……そんな感情を抱いたミーヤとマーヤは立ちすくみ、森の奥へと進むことができなかった。
しかし、森の奥に進まない事には遊び場は確保できない。里の中にいてはただひたすらに、静かに退屈な時間を過ごすはめになるのだから……
この時、勇気を振り絞って一歩前へと進めていたら、世界は変わっていただろうか?
それはわからない……結局、ミーヤとマーヤは里の中で退屈な日々を過ごす事を選んだ。
何せ幼いミーヤとマーヤにとって、里の外に広がる森は底知れぬ恐怖を感じる魔境だったのだから……
とはいえ、里の中もそれと同じくらい、否、それ以上に恐怖を感じる空間だった。
恐怖といっても意味合いは大きく異なるが、とにかくミーヤとマーヤにとって、故郷たるエルフの里で暮らしていた20年間は楽しい思い出など何もない苦痛の時間だったのだ。
親や隣人からは、子供のうちからでも研究をはじめておけと口うるさく言われ、生涯を共にする探求テーマを見つけるよう強要された。
しかし、ミーヤもマーヤも、そんなものを見つける気にはなれなかった。
同じものをじっと見続けて観察を続けるだけのくだらない退屈な日々。
毎日こんな事を繰り返して一体何がそんなに楽しいのか?
理解不能だった。
しかも、それを数千年にわたって続けるという……そんな事を数千年も? 一体何を考えているんだ?
さらには真理を探究するにはそれでもまだ時間が足りないくらいだ、万単位での経過観察が必要と父が言い出した日には卒倒してしまった。
そして、それはマーヤも同じで、どうやら自分たち姉妹はエルフでありながらエルフの考えは合わないようだ。
そんな自分たち姉妹にとって、たまに森の外からやってくる人間の行商人の話だけが唯一の楽しみだった。
いくら悠久の時を生きるエルフといえど食事はする。食料を自給するために農地も耕す。
だが、どうしても森の中だけでは手に入れる事ができない食料や栄養素がでてくる。
食事面だけでなく資材も面でも……
そして人間の商人もエルフが森の中では手に入らない、足りない食材や資材を欲していると知っている。
だから人間の商人たちは定期的にエルフの里に物資を売りに来るのだ。
当然、売るだけでなく、森の中で採れた素材やエルフの工芸品なんかも商人は買っていく。
故に商人が訪問してきた日だけは例外的にエルフの里が賑やかになるのだ。
そしてミーヤとマーヤはこの日をいつも心待ちにしていた。
何せ商人からは森の外の様子を聞くことができる。
人間社会がどんななのかを知る事が出来る。
里の大人のエルフたちが絶対に教えてくれない事を……
商人から聞いた外の世界の話の数々はどれも新鮮で眩しく輝かしい世界に思えた。
エルフの里と違って言い伝えの数やレパートリーが圧倒的に多い。
いつ聞いても飽きが来ない、最高のエンタメであった。
だからこそ彼らが里に来れば姉のマーヤと共に外の世界の話を色んな人に聞いた。
そして聞けば聞くほど、どうして自分たちはこんな退屈な世界にずっといるのだろう? とそんな思いに駆られてしまう。
こんな、何もない色あせていた世界に……
ここには心動かされるものが何一つない。ならば、自分の心の内に従って、里を飛び出すべきではないか?
そう思うようになる。
エルフの人生は長いのだ、それをこんな何もない里でずっと過ごすなどまっぴらごめんだ!
しかし大人たちは言う。
人間社会に飛び込めば1秒に1回は何かが起こる。そんな体験をこの先ずっとしていけば精神が摩耗するだけだぞと……
そんな急激に心すり減らしてどうする?後がしんどくなるだけだぞ? と……
黙れ! それがどうした?
そんな事に怯えて、大人たちは里に閉じこもっているのか?
だったら自分たちは里にしがみつくことはしない、新天地を求めて外へと踏み出す!
こうしてミーヤとマーヤは人間の商人の荷台に紛れ込んでエルフの里を抜け出したのだった。




