受け継がれし鋼の魂(37)
「奪還工作だと?」
イレーナの言葉を聞いたナイトゴーントは戦闘中であるにもかかわらず動くのをやめ、そして冷却のために開いたコックピットのハッチに目を落とす。
そして、ゆっくりと肩を震わせると、そのまま大声で笑いだした。
そんなナイトゴーントを見てリーナが眉を潜める。
「何がそんなにおかしいわけ?」
その言葉にナイトゴーントは肩を震わせながら。
「何がおかしいかだと? あぁ、おかしいとも……余から奪還だと? この下僕をか? こいつは笑わせてくれる。一度でも余の配下となったものは余の支配から逃れられん。死ぬまで余の命に付き従うのだ。そう、死ぬまでな?」
そう言って、もう十分外の空気を取り入れてコックピットの中は冷やしたと判断したのだろう。
腹部の開いたコックピットのハッチを拳で軽く叩き、ハッチを閉めるとニヤリと笑い。
「小細工をどれだけ必死に仕込んだところで無駄なあがきだ」
そう言って、周囲で攻撃の機会を窺っていたTD-66やヨハンの搭乗するクラタスに視線をやり、そしてナオキが搭乗しているビークルを見てさらに狂気に顔を歪め。
「とはいえ、例外がいなかったわけではないがな? かつてこの近くに存在した、今はなき城塞都市……そこを襲撃した際、余の支配下においたにも関わらず、余の支配を脱した女がいてな? 後にも先にも例外はあの女だけだ……まぁ、その女も直後に無謀な突撃をおこなってきたので返り討ちにしてやったがな? まったく、すぐに逃げ出せば、まだ生存の可能性はほんの少しでもあっただろうに、バカな女だ」
そう口にした。
そのナイトゴーントが発した言葉を聞いたナオキは思考が停止する。
そんなナオキの様子を見てイレーナはまずいと焦る。
ナイトゴーントの話した内容はあきらかにナオキの感情を刺激し、負の感情を高ぶらせるためのものだ。
そして、このタイミングでそれをする理由はひとつしかないだろう。
慌ててイレーナは叫ぶ。
「ナオキくん!! そいつの言葉に耳を貸しちゃだめ!! 無視して!! 今はミーヤさんを助け出す事だけ考えて!!」
しかし、すでに遅かった。
ナオキはプルプルと拳を震わせると。
「今なんて言った?」
そう小さな声でナイトゴーントに尋ねる。
小さいとはいえ、その声には激しい怒りがこもっているのは明らかであった。
そんなナオキの言葉を聞いて、ナイトゴーントは楽しそうに。
「バカな女の話をしたんだ。余の話を聞いてなかったのか? まったく、親が親なら子も子だな?」
そう言って肩をすかしてみせた。
そんなナイトゴーントの仕草を見て、ナオキの怒りは頂点に達する。
「そうか……お前か……お前だったのかナイトゴーント……母さんを殺したのはお前だったのか!!このやろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ナオキは感情をむき出しにして叫ぶとアクセルを全快、ビークルをナイトゴーントに向かって一気に走らせる。
「母さんの仇!! お前だけは絶対にぶっ殺す!!!!」
怒り狂うナオキを見てイレーナは最悪の展開だと頭を抱えた後、隣にいるリーナに声をかける。
「リーナ!! わたしと魔法のタイミングを合わせて放って!! お願い!」
「うん!! さっきの対流加熱だね?」
「いや、今はナオキくんの暴走を止めないと! だから純粋な攻撃魔法!! ナオキくんとナイトゴーントの間に放って炎の壁を作る!!」
「あぁ、なるほど。物理的に進めなくするわけね」
リーナは頷くと右手を突き出し、イレーナも杖を構えて素早く詠唱して魔法を放とうとしたところで突如上空に膨大な量の水を含んでいるであろう巨大な水の球体が出現し、今まさにナイトゴーントへと突っ込んでいこうとしているナオキの頭上へと強烈なゲリラ豪雨のごとく、その膨大な水を一気に落下させた。
それはヴィクトリアの滝に匹敵する勢いであり、そんなものを真上から浴びせられたナオキは回避する間もなく濁流にのみ込まれ、ビークルごと、屋上の入り口付近へと流されて行ってしまう。
そんな光景を見て、今まさに魔法を発動しようとしていたイレーナとリーナのふたりは口をあんぐりと開けたまま、何が起こったのか理解できないといった具合で混乱し。
「え? 何今の? ひょっとしてイレーナの魔法?」
「いや、わたしは系統が火だから水なんて使えないよ」
「じゃあ誰が? って……そうか! マスターだ!!」
リーナが目を輝かせてそう叫んだと同時に、水に流されたナオキが屋上の入り口へと流れ着いた。
屋上の入り口で止まり、口に入った水を吐き出したナオキが顔をあげると、そこには父親である潮留よしもりが立っていた。
「父さん……」
「このバカ息子がぁぁぁ!!!」
潮留よしもりはナオキが何か言う前にその頭に思い切りゲンコツを叩き込む。
「あ痛ー------!!!」
潮留よしもりからゲンコツをくらい、ナオキは痛みのあまり大声をあげた。
そしてその頭部には巨大なタンコブが膨れ上がった。
そんな親子ふたりを見てカイトは「ほんとにぶん殴ったよ、この人」と言って苦笑したが、今でこそ体罰は問題視され、DVも発覚すれば社会的な死は免れないが、潮留よしもりは1995年に当時まだ小学生だった状態でこの異世界に漂流してきたのだ。
つまりは感覚がその当時の常識で止まっているのである。
まだその頃の学校教育はと言えば、何か生徒が問題を起こせば罰として教師が暴力を振るうのは当たり前、遅刻だったり宿題を忘れたりすれば水を汲んだバケツを両手に持たせ、授業中ずっと廊下に立たせるのは日常茶飯事であった。
部活動においては、失敗したり、言う事を聞かなかった生徒を顧問が殴る蹴るの暴行をくわえて指導するのは当たり前、むしろ強豪校はどこもそうやって生徒を指導していた。
しかし、そんな体罰は今や、やろうものなら学校も教師もマスコミに叩かれ、ネットで誹謗中傷の対象とされ、そして懲戒解雇は免れない。
つまりは今の社会の空気を読めば、常識的な感覚をもっていればやろうとは思わないはずなのだ。
だが、潮留よしもりはそうではない。
社会の常識が1995年で止まっているのだ。
その後の社会の変化を知らないのだ。
だからカイトがドン引きするような事であっても、潮留よしもりからすれば、え? こんなの普通じゃないの? みんなやってたり、やられてたりするじゃない! となるのである。
そんな現実を目の当たりにして、これから行う作戦、本当に大丈夫かな? とカイトは少し不安に思ってしまった。
何故ならその作戦とは……
「ったく、父さん。思い切り殴る事なかったでしょ。水に流された時点でもう頭は冷えて冷静になってたよ」
「そいつはどうかな? 水に流された程度でお前の暴走が止まるとは思えないが?」
「少しは息子を信用してよ……それより、今の水ってお義……カイトさんが?」
「そうさ、協力してもらったんだ。で、ここからが本題なんだが……」
潮留よしもりはそう言うとナイトゴーントへと目をやり。
「ミーヤを取り戻す。それはお前にしかできない事だ。理由はわかってるだろ?」
そう口にするが、しかしナオキは少し表情を曇らせ。
「けど、今のミーヤには俺の声は……」
そんな息子の様子を見て潮留よしもりは小さくため息をつくと。
「まったくお前は……ここから届かないなら、ミーヤの心に直接届ければいい。そのための手助けはしてやる、主にカイトさんがな」
そう言ってカイトに目を向けた。
そんな父につられるように、ナオキもカイトのほうを向く。
「お義……カイトさんが?」
少し困惑した様子のナオキを見たカイトは潮留よしもりをちらっと見た後で頷くと懐からアビリティーユニットGX-A03を取り出して、すでにセットしてあるアビリティーチェッカーの液晶画面上に表示されたエンブレムを指差し、こう告げた。
「精神潜航、こいつであの子の……ミーヤの深層心理に入り込むんだ。とはいえ、俺ができるのはナオキくん、君を彼女の深層心理に連れていくところまでだ。彼女をそこから救い出せるかどうかは君次第だ。俺がどうにかできるわけじゃないし、すべきじゃないと思ってる……彼女を救い出すのは君でないと意味がないんだ」
「カイトさん……けど、俺は」
「君でないとミーヤに訴えても響かない。何度も言うが君でないと意味がないんだ」
カイトはそう言った後で潮留よしもりが。
「ナオキとカイトくんがミーヤの深層心理に潜ってる間は俺がファイナルヒュージョンしてビースターを動かし、ナイトゴーントに対処しておく。だからナオキ、お前は絶対にミーヤを取り戻してこい!」
そう言って息子の……ナオキの肩をバシっと叩いた。
父にそう言われ、ナオキは腹をくくる。
「あぁ、わかったよ父さん!! 俺、絶対にミーヤを取り戻してくる!!」
「あぁ、決めてこい!! お前はそれだけに集中したらいい。しずかの……母さんの仇を討つ事は今は考えるな、ミーヤの事だけに集中しろ!」
「わかってる! 任せろ!!」
そんな親子ふたりを見て、カイトも意を決する。
ナイトゴーントに支配された者の深層心理に飛び込むのだ。
恐らくはフミコの時やココの時と同様に憑りついている相手との戦闘も控えているだろう。
つまりは深層心理の殻の中にいるミーヤを説得するだけじゃない。
ナイトゴーントとも精神世界の地で戦う事になる。
現実の世界ではマシーンアタック以外は通じないバイオスターが、精神世界でも同じようにマシーンアタック以外の攻撃が通じないのかどうか……
未知数な部分が多いが、それでもやるしかない。
そう、やるしかないのだ……
こうして、戦いの舞台はミーヤの深層心理へと移るのである。




