受け継がれし鋼の魂(36)
「風よ、目の前の物質を穿て」
右手を突き出し、そう口にしたリーナの手のひらの先からほんの小さなつむじ風が発生し、操縦桿にぶつかった。
とはいえ、そのつむじ風の威力はあまりに弱く、操縦桿に特段変化は起こらなかった。
それは当然で、そよ風が当たったくらいでどうにかなるような代物ではない。むしろそよ風が当たった程度で操縦桿が倒れたり、壊れたりした方が問題だ。
なので、傍から見ればリーナはそんな風を飛ばして何がしたかったのか頭を捻ってしまうところだろうが、しかし当の本人はそれを見て目を輝かせると、同じく隣でリーナが魔法を放ったのを見て興奮しているエマとはしゃぎだす。
「やった!!ほんとに出た!!出たよエマ!!すごいすごい!!」
「ほんとだ!ほんとに魔法出ちゃったよ!!すごいよリーナ!!これでメイジの仲間入りだね!」
「うん、間違いないよ!!わたし、メイジになったんだ!!」
そんな二人を見てイレーナは。
(いや、メイジは系統魔法を使う人間の貴族を指す言葉だから……亜人の場合は確かソーサラーだったような?あ、けどリーナの場合だとソーサレスのほうがあってるのかな?ハーフにも亜人と同じ言葉が適用されるかわからないけど)
そう思いながら、尊敬するシリカ・アールハイト・フォン・ヴァルマル=オーロミュンデのあるエピソードを思い出す。
その年はハウザ諸王国群東部において、真夏でないにも関わらず異常な暑さを記録し、多くの村や集落、さらには都市部で干ばつが発生していた。
川や池に湖、さらには地下水までもが干上がり、暑さをしのぐために日影に逃げ込んでも、すぐに熱風が押し寄せてきて涼しくなどならなかった。
そう、外にいようが屋内にいようが、木陰に隠れようが、洞窟の中に入り込もうが、山に登ろうが、どこにも涼しい場所はなかった。
避暑地と呼ばれる場所は全滅し、どこにいても常にサウナの中にいるような状態であった。
特に洞窟内や井戸の中、そして屋内は最悪だ。
熱気が内部に蔓延し、蒸し風呂どころの騒ぎではない。
あんな場所に入り込むなど自殺行為だ。
ゆえに誰もが夜に野宿を選択した。
たとえ屋内で寝るにしても入り口の扉も窓も全開にしなければ耐えられない。そんな状況であった。
それが何日も続き、東部の住人のほとんどが暑さに耐え切れず、弱り切ってダウンしていたのだが、ある日シリカがそんな東部の村々や街をひとつずつ回っていき、酷暑を吹き飛ばしていった。
曰く、「平民令嬢シリカさまが訪問された後には熱風は存在せず、冷風が弱り切った皆の体を癒してくれた」と……
シリカが私営の騎士団の面々にどんな魔法の発動を指示し、どのように魔法をかけ合わせたかは不明だが、いずれにせよシリカの放った魔法によって東部を襲っていた異常な酷暑の問題は解決したのだ。
そして、その話が国中に広まった当時はシリカさますごい!と、まるで神の奇跡をシリカさまが起こしたのだと信じて疑わなかったが、次元の狭間の空間内の図書室でリーナとエマとともに本を読んで学習するようになった今ならわかる。
シリカが行ったのは神の奇跡ではない、あれはいうなれば図書室に設けられているクーラーと同じ原理だ。
つまりは対流熱伝達。
メイジではないシリカは魔法の理論について誰よりも必死に勉強し、理解していた。
それと同時に、魔法を使用していないにも関わらず自然界で発生する事象についても研究しており、魔法が使えなくても色々とできる事があると知っていたのだ。
だからこそ、シリカは様々な魔法の組み合わせを迷うことなく指示でき、思い描いた通りの結果を生み出せるのである。
そんな憧れの存在の真似事をイレーナは今考えついている。
というよりも、通常の攻撃でどうにもならない以上はこれしか手段がないのだ。
ビースターと融合合体したナイトゴーントの内部に取り込まれているミーヤ自身にアプローチをかけるには……
イレーナは決意を固めると、魔法が発動できて喜んでいるリーナに作戦を伝える。
「リーナ、これでわかったでしょ?リーナには魔法が使える。で、喜んでるとこと悪いんだけど悠長にしてる時間はないよ。だから作戦を伝えるね」
「あ、うん。そうだったねイレーナ、一緒に魔法で攻撃するんだったよね。ごめん、嬉しくてついはしゃいじゃった。不謹慎だよね……で、作戦って?」
「うん、それはね………」
イレーナの話を聞いてリーナとエマは顔を見合わせる、そしてイレーナの顔を見て疑問を口にした。
「本当にそれだけでいいの?」
「というか、そんなので何とかなるわけ?」
これに対しイレーナは自信たっぷりといった表情で。
「大丈夫!ぜーったい絶対うまくいく!わたしとリーナの魔法を組み合わせて対流加熱をおこなえば!!」
そう断言した。
そんなイレーナの言葉を聞いたリーナとエマは。
「わかった。わたしはイレーナを信じるよ!」
「まぁ、どっちにしろ真正面からの戦闘には参加させてもらえないだろうし、それでも何かしようっていうなら妥当なラインかもね」
そう言うとリーナはイレーナの横に立ち、魔法が使えないエマは操縦席に座って四脚クローラー方式双腕型コンセプトマシンを動かす準備に入る。
そして3人が顔を見合わせ頷く。
「それじゃ、いくよ!」
「「おー!」」
四脚クローラー方式双腕型コンセプトマシンがゆっくりと動き出した。
ナイトゴーントへとナオキのビークルは攻撃を仕掛ける。
だが、そのすべてがいとも簡単にかわされていた。
取り込んだミーヤの記憶によって、すでにナイトゴーントはナオキの攻撃の癖をすべて知っている。
もはやナオキの攻撃など寝ていてもかわせるレベルだ。
そんなナイトゴーントにTD-66とヨハンが乗り込んだクラタスが攻撃を仕掛ける。
だが、中にミーヤがいる事で完全な本気で攻められない2体の攻撃をかわすのは造作もない事だった。
(さて、こいつらとじゃれ合うのも飽きてきたな……そろそろ内部へと突入するか)
ナイトゴーントがTD-66のパンチをかわしながらそんな事を思った直後だった。
ナイトゴーントの体に異変が生じた。
(なんだ?)
突然の違和感にナイトゴーントは一瞬動きを止め、何かを気にするように腹部へと手をあてた。
そしてつぶやく。
「どういう事だ?どうして体温が……急に上昇しだしたんだ?」
それは普通なら気にする事はない些細な事だ。
というよりも今は戦闘中であり、激しくとはいかないまでも、それなりに動いている以上は体温が上昇するのはごく自然な事だ。
そう、自然な事なのだが、問題はその体内温度の急激な上昇速度であった。
あきらかに少し動いた程度で体温が上昇したで片付けていいレベルではない。
融合合体で取り込んだビースターが警告音を発するほどなのだ。
ナイトゴーントはこの異常事態に、とりあえず取り込んだビースターの内部を冷却すべく、コックピットのハッチをほんの少し開く。
この急激な気温の上昇に取り込んだミーヤが耐え切れず死亡したらすべてが水の泡だ。
ゆえにナイトゴーントは外の空気を取り込んでコックピット内部を冷やそうとする。
とはいえ、この行為は現状リスクを伴う。
何せ目の前の敵はコックピット内部にいるパイロットを奪おうとしているのだから……
(少し無理に動かしすぎたか?いや、さきほどまでの戦闘でビースターがオーバーヒートする前兆はなかった……それが突然どうしてこんな負荷がかかって温度が上昇しだしたんだ?)
ナイトゴーントは訝しみながらも周囲に視線を巡らせ、そして少し引いた場所にいる四脚クローラー方式双腕型コンセプトマシンを睨みつける。
「お前らか……一体何をしやがった!?」
ナイトゴーントのその言葉を聞いて、相手がこちらを認識した事を悟ったイレーナとリーナは操縦席から外に出て、操縦席の上に立つと。
「一体何をしたかだって?そんなの奪還工作に決まってるでしょ!!返してもらうよ!!ミーヤさんを!!」
そう言い放った。
よろしければ☆評価、ブクマ、リアクション、感想などなどお願いします!




