第75話 「バースト」
司令室の中……機材がひしめくその中央で、ニニコを拘束するマリィ。
対峙するフォックスの、冷たい声―――
「よう、サルガッソ」
フォックスは、マリィを名前ではなくコードネームで呼んだ。それがなにを意味するのか……
「フゥ。なぜこんなことになってるんでしょう。ほんの15分前まで、再会を喜びあってたじゃないですか」
悲痛な面持ちのマリィ。
切実な声で訴える。
……いったい、どの口が言うのか?
「んー! ヴォグズ、ヴォッグス……」
室内に反響するニニコのうめき声。
まだ口に、水な義肢の先端を突っこまれている。
「ン――――!!」
「ニニコちゃんを放せとか、なにか無いんですか? フゥ」
「ンー!」
うめくニニコ。
「ニニコちゃんには私の血を飲ませました。どういうことか、わかりますよね? HPVSウィルスの潜伏期間は3日です。その間にワクチンを打てばよし。予定通り、キスカンダスに着けばいいのですが……この艦が沈んだら、間に合いませんね」
「なにが言いたいわけ?」
フォックスは籠手を構えることもせず、入口に立ったままだ。水な義肢の射程外にとどまっている。
距離、約15メートル……
「ニニコちゃんを助けたかったら、これ以上、私を悲しませないことです」
脅迫するマリィ。
「脅迫してんのか? いいよ、こんな船沈んでも」
受け流すフォックス。
「……それ、なにを持ってるんですか? 見せてください」
「これ? 枕だよ。見てもしょうがねえ」
丸めた白衣に目をやるマリィ。
ぶら下げた荷物を、マクラだと言い張るフォックス。
と―――
「ンー!」
ぶわぁ!
バチバチバチ!
黄色!!
ニニコのスカートから黄色に染まった触手が1本、激しい電光を放ちながら、マリィの鼻先に伸びる!
だが届かない。
あと30センチ……バチバチバチ!
「ンー! ンー!」
いまいましく、マリィを睨むニニコ。
「ウワッ! なにこれ!!」
後ずさるマリィ。
目の前で閃光を放つ触手……眉をしかめる。
「いったい何なんです、このアイテムは? いろんな色に変わって……よくわからない」
「……」
今度はフォックスが黙ったままだ。
暴れるニニコにさえ一瞥もくれない。いや……静かに、口を開いた。
「ニニコを放せ」
マリィも、フォックスを見た。
お互いに、とてつもなく冷たい目。
放火魔の目。
沈没屋の目。
「放しませんよ。それより答えてください。さっき、なんで私を燃やそうとしたんですか? 意味不明なんですけど」
「ニニコを放せ」
「なんで、私を燃やそうとしたんですか?」
「ニニコを放せってんだ!!」
「放しませんよ! この子は、レベッカの代わりにするんです!」
叫ぶ。
2人の絶叫が反響する。
「はぁ、はぁ……そこまで言うなら教えてやろうか? マリィ」
「ハァ、ハァ……ええ、聞かせてください。フゥ」
「ニニコに血を飲ませても、HPVSに感染させられねえぜ?」
「はあ!? なにを言って……な……!?」
「ンー!」
バチバチバチ!
バチバチバチ……ズルズルズルズル!!
黄色く発光する触手が、 " 赤 " に染まっていく。
赤に。
血のような赤に!
「なに!?」
マリィが、眼前の触手の変化にふたたび叫ぶ。
今度は赤!?
たじろいだ拍子に、水な義肢のアームは大きく揺れ、ニニコの口が自由になった。
「ンー! ぷはっ! はぁ、はぁ……!」
泣きながら、マリィを睨みつけるニニコ。
呼吸を荒げ、吐き捨てる。
「あんたの血なんかいらない……」
マリィは……
「なにこれ? 今度は、赤……? うわァ!!」
触手に目を奪われたのは、一瞬。
ブシュウ!
触手の先端から、霧状の血が噴きだした! マリィの顔を覆う、血の煙。
「うわ! 目が! 目が……!!」
おもわず目を閉じ、両手で顔をぬぐうマリィ。
し、視界が……見えない!
同時に水な義肢の拘束が緩み、ニニコがどすんと尻もちをついた。
「どすん、痛い! お返しよ、ワーワー!」
解放されるやいなや、わめきまくるニニコ。
「し、しまっ……」
ふたたびニニコを捕らえるべく、マリィは水な義肢を床に這わせた。
もちろんなにも見えない。
手探り―――だがどこにもいない!
モニターにぶつかる。
椅子をなぎ倒す。
いない、いない!
瞼を強引に開くマリィ。
視界は真っ赤……
「……な!!」
悲鳴。
激痛の目に映ったものは、
消火器。
消火器を左手にぶら下げるフォックス。
白衣の中身……消火器をぶら下げて、フォックスがこちらを見すえている。
「ひー!」
フォックスの背後に隠れるニニコ。
フォックスは消火器を、投げた。
いや転がした。
ボウリングの玉のようにゴロゴロと、マリィに向かって。
ゴロンゴロンゴロン……
近づいてくる消火器に、マリィは目を奪われる―――……ハッとフォックスに視線を戻した。
だがもう遅い。
もう遅いよ。
ボッ!!
焼き籠手の人差し指に、炎弾が灯る。
「や、やめ……」
マリィが叫んだ。
だがもう遅い!
ドン! と発射された炎弾は、レーザービームのように加圧式消火器のバルブをぶち抜いた。
超、至近距離。
マリィの足もとで、消火器は爆破された。
ドオオオオオオン!!




