第8章 危険能力者
円城マドカが死んだ翌朝、食堂の長机は三つに分かれていた。
誰が命じたわけでもない。
神代アキラの近くには、火神ショウ、岩永ゴウ、風間ハヤテたちが座った。中央の机には天城ミサキと赤城カレン、毒島メイ。窓際では真壁リクと白鳥セラが方眼紙を広げている。
終夜アスカの周りだけが空いていた。
水のボトルを持つ手へ視線が集まる。
増えないと分かっていても、指が容器に触れるたび誰かの肩が動いた。
「座っていい?」
御影ユイが向かいの椅子を引いた。
右腕の包帯には血がにじんでいる。
「うん」
「ありがと。立って食べるの、行儀悪いし」
冗談らしく言ったが、ユイもアスカの手元を一度見た。
「聞かないの?」
アスカが尋ねる。
「何を?」
「マドカのこと」
ユイは乾燥食を小さく割った。
「聞いたら答える?」
「分からない」
「じゃあ聞かない。答えたくなったら、そっちから言って」
ユイは逃げ道を作る。
それが彼女の優しさなのか、秘密を手に入れる技術なのか、アスカにはまだ分からない。
食事のあと、全員会議が始まった。
アキラは黒板に三つの項目を書いた。
「帰還方法の探索。能力事故の防止。食料確保。この三つを同時に進める」
「優先順位は?」
リクが聞く。
「生存だ」
「答えになってない」
セラが眼鏡を押し上げた。
「帰還方法が見つかる保証はない。食料は残り六日。能力事故はすでに二度起きて一人死んだ。危険度に応じた管理が必要」
黒板へ歩き、三段の表を描く。
「発動が遅く、限定しやすい者。即時発動するが対抗可能な者。発動すれば対処困難な者」
「人を棚に並べるみたい」
久遠エマが言った。
「分類しなければ、全員を同じ方法で扱うことになる」
「同じ人間として扱えばいいでしょう」
「能力は同じじゃない」
セラのペン先が二度鳴る。
「ミサキ一人の意思で遠方が焼けた。マドカ一人の善意で本人が死んだ。感情だけで安全は作れない」
ミサキは表情を変えなかった。
ただ、机の下で左手を握っている。
「分類するなら、私を一番下にして」
「天城さん」
カレンが止める。
「事実でしょ。範囲も被害も大きい」
「自分から檻に入るのは責任じゃないよ」
「じゃあ、どうすれば責任を取れるの」
カレンは答えられない。
アキラが表の横に「統制班」と書いた。
「探索に出ない者が校舎と能力使用を管理する。危険度の高い者には必ず二人つける」
「監視役に逆らったら?」
空木ソラが尋ねる。
「拘束する」
「またそれか」
「マドカが死んだ。昨日までと同じではいられない」
「マドカが死んだから、お前の命令を聞けって?」
ソラが立ち上がる。
ショウも腰を浮かせた。
「アキラはそんな意味で」
「お前は黙ってろ。怒ると地面が燃えるんだろ」
床の下で低い音がした。
全員が固まる。
ショウは拳を開き、深く息を吐いた。
「……悪い」
その声を合図に、教室の緊張が三つへ割れた。
協力して帰還方法を探す者。
危険な能力を先に封じるべきだと考える者。
そして、最後の一人という条件を受け入れ始めた者。
「管理者の言葉を無視し続けるのも現実逃避じゃないか」
教室の後ろから声がした。
「最後に一人しか帰れないなら、いずれ同じことになる」
「だから今から殺すの?」
ナギサの笑顔が消える。
「殺されるまで待つよりは」
誰も名前を呼ばなかった。
名前を呼べば、その発言が一人の人間のものになる。いまは派閥の声として聞いたほうが楽だった。
アスカは立ち上がった。
足が震えている。
「マドカは、最後の一人になるために死んだんじゃない」
全員がこちらを見る。
「私たちを逃がすために、ゴウくんの手を離させた。最後にそう考えてた」
「どうして分かる」
アキラが尋ねる。
ミサキがわずかに首を振った。記憶のことは伏せる約束だった。
それでもアスカは続けた。
「私の中に、マドカの記憶があるから」
ざわめきが起きる。
「能力だけじゃない。痛みも、怖かったことも入ってくる」
ユイがアスカを見た。
「秘密にしてたんだ」
「ごめん」
「私には謝らなくていい。でも、みんなには?」
責めているのではない。
問いだった。
アスカは教室を見た。
「全部は話せない。本人が誰にも言ってないことまで見えるかもしれないから」
「便利だな」
レイが笑う。
「自分だけ秘密を持って、他人には能力を申告させる」
「そうだね」
反論できなかった。
「でも、死んだ人の秘密を、私が勝手に全員へ話すのも違うと思う」
沈黙が落ちる。
ミサキが立った。
「終夜さんの監視は私が続ける。私の監視は赤城さんと終夜さん。記録は三人で別々につける」
「核と継承者を組ませるのか?」
アキラの眉が寄る。
「互いに危険だから。片方だけを檻へ入れない」
会議に結論は出なかった。
規則は残った。机の配置も戻された。
だが昼になるころには、食事も探索班も三つの集まりに分かれていた。
分裂は、意見より先に生活へ現れた。
協力派は食堂と保健室を使った。アキラの統制に従う者たちは体育館へ物資を集めた。最後の一人という条件を口にする者たちは、三階の教室へ移り、夜になると机を扉の前へ積んだ。
水の配給にも三つの列ができた。
「同じ貯水槽なのに」
ナギサが青いヘアピンへ触れた。
「並ぶ場所まで分ける意味ある?」
「毒を入れられると思ってるんだろ」
ハヤテが声を落とす。
「誰が?」
「誰でも」
その答えが一番怖かった。
昼の探索班を作ろうとしても、組合せで揉めた。
《命令言語》のコトハと同じ班は嫌だと言う者がいる。《血液支配》のカレンへ本名を知られたくないと言う者もいた。ナナが名簿を持っていることさえ、存在削除の準備ではないかと疑われた。
「昨日まで出席確認に使ってたのにね」
ナナは名簿を胸へ抱いた。
アスカは何も言えない。
自分も石碑を見た直後、ミサキから距離を取った。同じことが教室全体へ広がっただけだ。
午後、空腹を訴えた食満グラが、マドカの増殖物を食べて消す案を持ち出した。
「あれは食料だろ」
ショウが言う。
「俺の胃に入るとは限らない」
グラは細い腹へ手を置いた。
「別の場所へ落ちる感じがする。入れたものは戻せない」
「袋を減らせれば校庭を使える」
リクが提案する。
「また実験?」
ミサキの声が硬くなった。
全員がマドカの死を思い出し、黙る。
グラは小さく首を振った。
「今日はやらない。腹が減ってると、たくさん食べたくなるから」
自分の力を使わない理由を、自分で言った最初の生徒だった。
アスカはその言葉をノートへ書いた。
力を持っていることと、使うことは違う。
当たり前だったはずの区別が、終末界では毎日消えかけていた。
夕方、アスカは廊下でユイに呼び止められた。
「ねえ。マドカの記憶に、私のことあった?」
「少し」
「何て?」
アスカは迷った。
「ユイは秘密を言いふらすけど、本当に困る秘密は言わないって」
ユイは笑った。
「褒めてる?」
「たぶん」
「そっか」
彼女は割れた窓へ目をやった。
ガラスには二人の姿が映っている。
アスカとユイ。
その奥に、もう一人ユイがいるように見えた。
振り返る。
誰もいない。
「どうしたの?」
ユイが尋ねる。
「今、窓に」
もう一度ガラスを見る。
映っているユイは一人だけだった。
「何でもない」
答えたとき、ガラスの中のアスカが一瞬だけ笑った。
自分は笑っていなかった。




