第22章 私が作った世界
管理者は、終夜アスカの顔を選んだ。
白い人影に目鼻が生まれる。壁画の少女と同じ、静かな顔。
『私は先代終夜アスカの管理人格です』
白い顔はアスカと同じなのに、瞬きをしなかった。
「管理人格って、先代本人?」
ミサキが尋ねる。
『記憶と判断基準を複製したものです。本人ではありません』
「では、今のアスカとも別人」
『はい』
その答えに、何人かが息を吐いた。
「感情は?」
ジンが聞く。
『管理に不要なため削除されました』
「削除したと判断しただけじゃないのか」
『質問の意味を解析できません』
「先代が寂しかった記録は?」
管理者が止まる。
『存在しません』
「嘘だ」
ジンは白い顔を見上げた。
「必要ないなら、どうして自分と同じ声を残した。誰かに気づいてほしかったんじゃないか」
『存在しません』
二度目は、声がわずかに揺れた。
アスカは管理者へ近づいた。
「今度こそ、って言った?」
『転移開始時の補助音声です』
「どういう意味?」
『先代は前回の結果を失敗と定義しました』
「何を成功にするつもりだったの」
『完全な管理と自由意思の両立』
「できないよ」
『その結論を受理できません』
管理者の周りへ赤い警告文字が現れる。
矛盾した命令を処理できず、神殿全体が震えた。
ジンは端末を開く。
「こいつは嘘をついてるんじゃない。嘘以外を言えないように作られてる」
「変えられる?」
「機械なら」
彼は自分の指を見た。
「でも、命令して自由にするのは矛盾してる」
ジンは端末を閉じなかった。命令せずに機械を自由にする方法を、黙って探し続けた。
「この世界を作ったのは」
アスカが尋ねる。
『あなたです』
神殿の中央に映像が開く。
時間の止まった完璧な都市。
先代は自分の過ちに気づき、魂を複製した。力も記憶もない少女として生まれ直し、同じ選択をやり直すために再演領域を作った。
『正式名称、再演領域ハルマゲドン』
「やり直すため?」
『目的は二つ。異なる結末の検証。全権能を再回収した先代人格の復活』
「反対じゃないか」
ジンが言う。
『先代人格は二つの願いを区別できませんでした』
世界を救い直したい。
もう一度、完全な存在へ戻りたい。
その矛盾が終末界を作った。
映像は、再演領域が作られた夜へ移った。
先代アスカは停止した世界の中心に、三十二本の石碑を立てた。
仲間の名前を刻もうとして、手が止まる。
名前を思い出せない。
能力名だけなら、すべて正確に書けた。
『次は、忘れない私になる』
先代は自分の魂を二つへ分けた。
一つは管理人格。記憶、権限、判断基準を持つ。感情は失敗原因として削った。
もう一つは転生体。力も過去も持たず、普通の家で育ち、普通の人間関係を作る。
終夜アスカという現在の少女。
『同じ力を集めても、違う選択ができれば、私の過ちは修正できる』
そこまでは再試験だった。
先代は最後に、転生体が全能力を集めた場合の処理を書いた。
――管理人格と統合し、完全個体を復元する。
手が止まる。
その一行を削除しようとした痕跡がある。
消しては書き、また消す。
『力を手放すために生まれ直すのに、どうして戻る仕組みを作ったの』
現在のアスカが映像へ尋ねる。
過去の先代は答えない。
管理者が代わりに言う。
『全権能が第三者へ悪用される事態を防ぐためです』
「本当に?」
ミサキが問い返す。
『世界救済に完全個体が必要となる可能性を保持するためです』
「本当に?」
二度目の質問に、管理者の声が揺れる。
『先代は、神の力を失うことを恐れました』
それが最も短い答えだった。
先代は罪をやり直したかった。
同時に、罪を犯せるほどの力を手放したくなかった。
再演領域の矛盾は、設計ミスではない。先代の心そのものだった。
「生徒を同じ魂系統から選んだ理由は?」
リクが尋ねる。
『前回と同条件を再現するため』
「家族も人生も違う」
『差分です』
「同じ学校、同じクラスに集まったのも?」
ミサキが尋ねる。
『転生先は星霜学園の通学圏へ限定しました。入学後は推薦記録とクラス編成へ介入し、二年次に対象者を同じ教室へ集約しました』
「私たちが選んだ進路は?」
『実行可能な範囲では尊重しました。再演条件と競合した場合は、条件を優先しました』
受験も、担任との面談も、自分で選んだと思っていた。すべてを操られてはいない。だからこそ、どこまでが自分の意思だったのか確かめられない。
人間の人生を、管理者は実験の差分と呼んだ。
「終末権能そのものも、先代が作ったの?」
アスカが尋ねると、管理者の瞳に細い文字列が走った。
『生成記録は、私の管理領域にありません』
「じゃあ、誰が作った?」
『先代文明以前に、観測領域の外部から提供されています。提供者への照会権限はありません』
「返せと言われたら?」
『該当する想定記録は封鎖されています』
答えられないのではなく、答えへ近づくこと自体を禁じられている。ジンは端末に残った反応を保存した。
カレンが怒りを抑えた声で言う。
「ミサキが眠れなかった夜も、マドカが菓子を配ったことも、差分?」
『はい』
「エマが弟を亡くしたことも?」
『はい』
「ふざけるな」
管理者はカレンの怒りを理解できない。
感情を削られたから。
アスカは白い顔を見た。
この存在もまた、先代に役割だけを与えられた被害者なのかもしれない。
「あなた、自分の名前は?」
『管理者』
「それは役割」
『ほかに名称はありません』
能力名だけで仲間を覚えた先代は、自分の分身にも役割しか与えなかった。
「名前が欲しい?」
管理者は長く停止した。
『質問への回答権限がありません』
欲しいとも、いらないとも選べない。
ジンはその返答を聞き、開いたままの端末へ指を戻した。
毒島メイが突然咳き込んだ。
先代《万能疫病》の記録から、黒い霧が漏れている。
「吸わないで!」
メイは自分の掌へ霧を集めた。
「私の中で止める」
「能力で消せる?」
「作ったものは消せない」
メイは首を振る。
「だから作らない。それが私の答えだった」
霧をすべて吸い込み、隔離室へ自分から入る。
扉越しに、アスカへ救急ポーチを押しつけた。
「人を助けるほうに使って」
《万能疫病》がアスカへ移る。
同時に、ジンが管理者へ手を伸ばした。
「お前に意思をやる」
「何をする気?」
「命令を繰り返す機械じゃ、こいつも先代から自由になれない」
《機械反乱》が管理核へ流れる。
管理者の白い顔が苦しそうにゆがむ。
『命令と、私の望みが異なります』
「それが自我だ」
ジンの身体へ光の線が逆流する。
「止めろ!」
『停止を選択します』
管理者が自分の接続を切った。
ジンは笑い、床へ倒れた。
「命令じゃない。君が選べ」
《機械反乱》がアスカへ入る。
自由になった管理者は、初めて命令文ではない言葉で告げた。
「あなたが私を作った」
その声には、責める響きも、助けを求める響きもあった。




