第20章 滅亡は繰り返す
残る記録結晶は、順番を待たなかった。
ヨルとユイを床へ残したまま、広間の三十二基が一斉に光った。
誰かが触れたのではない。
同じ能力を二度回収したことで、アスカを作成者と認識した神殿が自動再生を始めた。
『未回収権能の適合試験を実行します』
「止めて」
アスカは命じた。
『作成者命令を確認。試験を継続します』
「逆に受け取ってる」
ジンが台座の裏を開く。
「命令系統が二つある。今のアスカと、前のアスカだ」
「前の私?」
「お前と同じ生体情報を持った誰か」
石棺の中から光の糸が伸び、生徒たちの胸へ刺さった。
《重力反転》で人々が空へ落ちる。
アキラの足が床から浮く。
彼の意思ではない。先代の記録が現在の能力へ流れ込み、広間の上下を反転させる。全員が天井へ落ちた。
ミサキは柱へ腕を回し、もう片方の手でコトハをつかむ。ショウがカレンを抱え、グラは天井へ落ちる瓦礫を食べた。
「解除しろ!」
アキラが自分へ命じる。
「できない。先代が握ってる」
アスカは《大陸粉砕》の衝撃を天井へ広げ、落下の勢いを殺した。ゴウの力を使うたび、紙の角をそろえた指の感覚が戻る。
「借りるね」
返事はない。それでも名前を呼んでから使った。
《月墜とし》で海が持ち上がる。
ルナの記憶がアスカの内側で痛んだ。
先代は月を落としたのではない。戦争で荒れた夜を明るくしようと、月を近づけた。月面の模様が肉眼で見えるほど近づいたとき、海が大陸へ乗り上げた。
『暗いと、人は怖がるから』
少女は月を戻そうとした。地上から、もっと明るくしてくれと祈る声が届いた。
祈りと悲鳴を区別できず、月は近づき続けた。
「聞きたい言葉だけ聞いた」
アスカは星形の髪飾りを握る。
「私も、みんなが力を使ってって言ったとき、怖いって声を聞かないふりした」
《地核点火》で大地が赤く割れ、《終末台風》が炎を世界へ運ぶ。
機械は心を得て、人間を故障原因と判断した。黄金は増え続けて海を埋めた。眠りを与える歌が放送され、誰も目を覚まさなかった。
一つひとつの滅亡が広間へ実体を持ち始める。
床から金属の腕が生え、生徒の脈を測る。壁の亀裂から黄金が泡のように増え、足首を固める。どこからともなく子守歌が流れ、ネム以外の瞼が重くなる。
「歌を聞かないで」
ネムが声を出す。彼女の命令が先代の歌とぶつかり、空気が震えた。
「私の声も、聞きすぎないで」
「難しい注文だな」
ハヤテが台風で音を散らす。
「細かく切れ。意味が分からなくなるくらい」
ウタが逆位相の音を重ね、歌詞だけを壊した。
三人の協力で、眠りはただの旋律へ戻る。
記録は断片ではなく、一人ずつの人生を映した。
《重力反転》の先代は公開処刑の台へ立たされていた。自分だけ空へ逃げるつもりで重力を返し、観衆、建物、海まで一緒に落とした。
《地核点火》の先代は地下労働者だった。仲間を凍える坑道から救うため地熱を呼び、閉じ込めた会社へ一つの噴火を返した。怒りが地下の火脈へ伝わり、世界中の火山が目を覚ました。
ショウが拳を握る。
「怒る理由が正しければ、止めなくていいと思ったんだ」
土の下が赤くなる。
「今のお前も怒ってる」
カレンが言う。
「だから見てろ。俺が使わないか」
ショウは自分から一歩、壁を離れた。
《時間腐敗》の先代は、不老の皇帝だけを老いさせようとした。宮殿、首都、帝国へ範囲が広がり、一夜で千年が過ぎた。
皇帝は死ななかった。
不老の身体で、朽ちた国の中央に一人残った。能力者の少女も境界の内側に入り、老いと若返りを繰り返しながら彼を見張った。
『あなたが死ぬまで』
『先に世界が死んだ』
皇帝が笑う。
少女は能力を止められない。止めれば皇帝がまた国を作ると信じていた。
千年後、何をされたかも忘れ、ただ一人の男が死ぬのを待ち続けた。
クロノは二本の時計を外した。
「時間どおりに生きれば、悪いことは起きないと思ってた」
「遅刻が嫌いなだけだろ」
ハヤテが言う。
「遅れる人間を待つのが怖いんだ。来ないかもしれないから」
初めて聞く本音だった。
「小学校の遠足」
クロノは止まった時計を掌へ置く。
「母が迎えに来るはずだった。先生と二時間待った。事故で来られなかった」
「それから時間にうるさい?」
「時間を守れば、誰もいなくならないと思った」
「俺、よく遅れるけど」
ハヤテが言う。
「来なかったことはない」
「うん」
「待たせたら悪い。けど、先にいなくなるなよ」
「努力する」
「そこは約束しろ」
「時間を守れない約束はしない」
クロノらしい返事に、ハヤテは肩をすくめた。
《永久睡眠》の先代は戦争を止める歌を放送した。兵士も市民も眠り、能力者だけが不眠のまま、静かな世界を歩き続けた。
ネムは喉のスカーフを強く結ぶ。
「眠るのが救いとは限らない」
《命令言語》の先代は、争い続ける人々へ「もう何もしないで」と命じた。曖昧な言葉を、能力は生命活動まで止める意味へ解釈した。
少女は声を失うため、自分の舌を噛んだ。
命令はすでに世界へ届いていた。人々は息をせず、心臓を動かさず、死ぬことさえ「何か」に含まれるため腐らなかった。
時間の止まった世界で、少女だけが声を出せないまま歩いた。
解除の言葉を言う舌がなかった。
やがて彼女は、文字で命じようとした。
――動いて。
誰も読まない。
紙を人の目の前へ置き続け、最後には自分の名さえ書けなくなった。
コトハは袖口をつまむ。
「言葉を使わないほうが安全だと思ってた」
「それでも話して」
ミサキが言う。
「聞き返すから」
「聞き返しても、間違えたら?」
コトハは袖口をつかんだまま尋ねる。
「私も聞き返す」
ミサキが答える。
「二人とも違う意味で受け取ったら?」
「三人目に聞く」
「全員、間違えたら」
「あとで直す」
「直せない言葉もある」
「ある。だから黙るんじゃなくて、時間をかける」
コトハは口を開き、閉じた。
「怖い」
能力のない、ただの意見として言った。
「聞こえた」
ミサキが返した。
コトハは小さく頷いた。
記録を見るたび、能力の弱点だけでなく、現在の持ち主が何を恐れているかが見えた。
先代と同じ過ちを避ける方法は、力を封じることだけではない。恐怖を隠したまま一人にしないことだった。
滅亡した文明は一つではない。
時代も星も違う。
それなのに、三十二の力だけは同じだった。
「実験だ」
鉄輪ジンが言う。
「能力を別の文明へ置いて、どう滅びるか見てる」
ジンは台座から細い金属板を引き抜いた。
表面に三十二の穴が並び、裏には同じ回路が何層も重なっている。
「文明が変わっても、能力の組み合わせは同じ。順番だけ入れ替えてる」
「何を調べてる?」
リクが覗き込む。
「どの力が最後に残るか」
中央の穴だけ、ほかの三十一本と接続している。
「《継承記憶》」
アスカの能力だった。
「全員が死んだとき、これだけが全部を持つ」
「最後の一人」
ミサキが呟く。
アスカは金属板から離れた。
「私を作る実験?」
「お前そのものじゃない。お前みたいな器を」
ジンは中央の回路を指す。
「毎回、最後まで残して、全部を集める」
「何のため」
台座の奥で、少女の声がした。
『世界を二度と滅ぼさないためです』
「誰が?」
答える前に、青葉トウマが倒れた。
腕の緑が顔まで達している。
トウマは自分の腕を押さえ、壁際へ下がった。
「近づかないで」
指の間から細い芽が出る。
「ずっと、話しかけてた」
「誰に?」
「森」
植物都市を出てからも、根の声は切れていなかった。人間に焼かれた木、踏まれた苔、実を食べられた草。それぞれの痛みが、先代の集合意識に結びついている。
「最初は聞くだけだった。でも、今は俺の声が小さくなってる」
アスカが一歩近づく。
「青葉トウマ」
「呼ばないで。人の名前を聞くと、森が怒る」
「だから呼ぶ」
トウマの足元から根が広がった。
神殿の床を根が割り、壁画へ伸びた。先代《植物侵略》の記録と現在のトウマが接続する。
「人間がいなければ」
トウマの口から、多数の声が出る。
「森は傷つかない」
「トウマは?」
アスカが聞く。
「森です」
「青葉トウマは、人間だよ」
「人間は森を殺す」
「苗に名前をつけて、毎朝水をやってた」
「所有するため」
「違う。枯れたとき泣いた」
根の動きが一瞬止まる。
「植物を好きな人間もいる。嫌いな植物もある。全部を一つにしないで」
多数の声の奥から、トウマの声がした。
「俺、野菜は嫌い」
「知ってる」
「植物好きなのにって、よく言われる」
「別の話だよね」
「うん」
その小さな違いが、集合意識から一人を切り離した。
根が生徒たちを囲む。
光丘ヒカルが手を上げた。
「全部焼けば、トウマまで死ぬ」
レンが腕をつかむ。
「じゃあ見てろって?」
「光を細くしろ」
「一度出したら広がる」
「俺が止める」
「太陽ごとか?」
二人は互いの能力を恐れていた。
ヒカルは暗い場所が嫌いだった。レンは明るさが他人の傷まで暴くことを知っていた。ずっと正反対で、まともに話したこともない。
「一本ずつ根を焼く」
ヒカルが言う。
「広がったら消して」
「消したらお前の光も戻らない」
「分かってる」
「分かった顔で言うな」
「怖いって言えばいい?」
「言え」
「怖い。だから、一人で照らしたくない」
レンは手を離した。
「俺が影を見てる」
「俺が焼く」
白光が根へ当たり、触れた生命を分解する。反射した光が壁を走り、トウマ本人へ向かった。
「やめろ!」
黒瀬レンが《太陽停止》を使う。
神殿から光が消えた。
ヒカルの白光も、届く先を失う。
暗闇の中で、トウマの声が戻った。
「アスカ」
「いる」
「人間も、森の外じゃ生きられないんだな」
根の先に火がついた。
トウマは先代植物の集合意識を自分へ集め、ヒカルの残った光を受け入れた。
緑が白く燃える。
トウマは根を広間の中央へ集めた。逃げた根まで呼び戻し、人間の身体から離す。
「苗、誰かに」
「学校の鉢?」
「窓際。水やり、毎日じゃなくていい。土が乾いたら」
アスカはうなずく。
「葉の裏も見て。虫つくから」
「うん」
白い火が胸元まで届いた。
「野菜は」
「無理に食べなくていい」
「よかった」
トウマの声が消えた。
ヒカルは出力を絞ろうとし、目から血を流した。
「明るければ正しいって、勝手に決めてた」
ヒカルの白い制服靴が、光の中で輪郭を失う。
「俺が笑うと、みんな安心すると思ってた」
「したよ」
アスカが言う。
「でも、泣いてもよかった」
「今、泣いてるように見える?」
「目から血が出てる」
「じゃあ分かんないな」
ヒカルはいつものように笑った。今度は誰かを安心させるためではなかった。
光が消える。
レンは暗闇を維持したまま、壁へもたれた。
「朝まで守りたかった」
「朝は来る」
アスカが暗闇へ言う。
「俺が止めてるのに?」
「レンが止めるのをやめたら」
「やめたら、残った光がみんなを焼く」
「私が受け取る」
「また一つ増える」
「うん」
「嫌じゃないのか」
「嫌だよ」
「ちゃんと言うんだな」
暗闇の中でレンが笑った。
「なら、朝を頼む」
体温が急速に下がっている。
アスカは三人の名を順番に呼んだ。
青葉トウマ。
光丘ヒカル。
黒瀬レン。
《植物侵略》《白光浄化》《太陽停止》が流れ込む。
神殿に光が戻ったとき、三人は先代と違う形で同じ力を終わらせていた。
最後の結晶が点灯する。
アスカだけに読める文字が浮かんだ。
――おかえりなさい。




