表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルマゲドン・ラスト  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/25

第17章 灰の記録

 天城ミサキと同じ顔の少女は、灰の街に立っていた。


 記録結晶へ触れた瞬間、神殿の広間が消えた。


 空には無数の兵器が浮かんでいる。


 記録の中で、ミサキは少女の身体に重なっていた。


 指を動かすと、空の兵器が同じ角度だけ旋回する。狙いを定めなくても、街の距離、人口、風向き、爆発後の死者数が頭へ流れ込んだ。


「見たくない」


 目を閉じても数字は消えない。


 アスカが肩へ触れる。記録の中では手が透け、体温だけが届いた。


「私もいる」


「触らないで。兵器があなたを敵って判断する」


「それ、ミサキが決めた?」


「力が勝手に」


「なら今、私を敵じゃないって決めて」


 簡単に言わないで、と怒鳴りたかった。だが少女の記憶がミサキの怒りへ混ざり、空の一基がアスカへ向く。


 ミサキは歯を食いしばった。


「終夜アスカを攻撃対象から外す」


 砲口が逸れる。


「できた」


「今は」


 安心しない言い方をした。アスカも「もう大丈夫」とは言わなかった。


 記録の少女には、最初から友人がいた。


 戦争が終わったら海へ行こうと約束した少年。最初の兵器を出した夜も、彼は少女の手を握った。


 少年の名は、記録から削られていた。


 軍服の胸元にも、家の表札にも黒い穴がある。少女が呼ぶ声だけが無音になる。


「名前を消されてる」


 アスカが言った。


「この神殿と同じ」


 力を抽出するため、個人の名は不要な情報として切り捨てられた。残っているのは《無限核武装》の先代という役割だけだ。


 少年は海辺の町で網を直して育った。少女は泳げなかった。戦争が終わったら、足のつく浅瀬から教えると約束した。


 兵器とは関係のない記憶ばかりが、ミサキへ強く残った。


『使わなければいい。持っていることと、使うことは違う』


 だが軍は少年を人質にした。


 最初の要求書には、敵軍の無人補給基地と書かれていた。


 二つ目は橋。


 三つ目は、兵士が退避したはずの町。


 少女は毎回、監視映像へ少年を映すよう求めた。軍は応じた。彼が生きていると確かめるたび、次の兵器を出した。


『ごめん』


 少年は画面の向こうで言った。


『君に止めてもらうことばかり考えてた。僕も何かしなきゃいけなかった』


 拘束具へ身体を打ちつけ、見張りの銃を奪おうとする。


 発砲音。


 画面が暗くなった。


 少女はすぐには兵器を出さなかった。


 三日間、床に座っていた。軍人たちは怒鳴り、食事を置き、処刑を予告した。四日目、彼女は窓の外を見た。


 空には一つも雲がなかった。


『もう、誰にも頼まない』


 最初に消したのは、少年を撃った基地だった。


 次に、命令を出した政府。


 敵国が反撃の準備をすると、その国の軍港。


 守る範囲を広げるほど敵が増え、敵が増えるほど兵器も増えた。


『一つだけ。誰もいない海へ』


 少女は従った。少年は解放されず、二つ目、三つ目を要求された。


 少年は逃げろと叫び、撃たれた。


 少女の目から迷いが消える。


『私が全部持てば、誰も奪えない』


 空が黒く埋まった。


 兵器の影で海も黒くなった。


 少女は少年との約束を果たすため、一人で海岸へ行った。水へ足を入れたが、膝より先へ進めない。


『私が全部終わらせたら、泳がなくていい』


 誰へ言うでもなく呟いた。


 約束を忘れたのではない。覚えているから、叶わない形へ作り替えた。


「止める人が死んだから、こうなった?」


 アスカが尋ねる。


「違う」


 ミサキは首を振る。


「一人に止める役を押しつけたから。あの子も、周りも」


 先代の少女は、世界が灰になる瞬間まで自分が皆を守っていると思っていた。


 最後の会議室で、各国の代表は一斉廃棄を求めた。


 少女は受け入れた。ただし自分が先に消せば、相手だけが隠し持つと恐れた。各国も同じことを考え、互いに最初の操作を譲らない。


 話し合いは三日続いた。


 四日目、少女は全兵器を自分の意識へ接続した。


『これで私が裏切らなければいい』


 疲労で指が震えた。眠りかけるたび、兵器の安全装置が解除される。誰かへ任せる提案はすべて拒んだ。


 自分だけなら信じられる。


 その考えが、最後の引き金になった。


 先代の少女は、戦争を止めるため一つだけ出現させた。どの国も攻撃できないよう、誰もいない海の上へ。


 世界は止まらなかった。


 兵器を奪おうとする者が少女を追い、守ろうとする国が囲い込み、敵国は先に殺そうとした。


『使わなければ、もっと多く死ぬ』


 少女は追い詰められるたび、空へ一つ増やした。


 最後には世界中の空が黒く埋まった。


『これで誰も戦えない』


 誰かが一つを起爆した。


 誰かではなかった。


 眠りに落ちた少女自身の指が、一基の起爆命令へ触れた。


 記録はそこを意図的に曖昧にしていた。個人の失敗ではなく、能力の必然として保存するために。


「違う」


 ミサキは記録へ向かって言う。


「力が勝手に滅ぼしたんじゃない。この子が一人で持たされた。持つって決め続けた。両方」


 責任を奪わない。罪だけを押しつけない。


 その言葉を口にすると、空の兵器が一瞬止まった。


 次々に白い光が咲く。


 ミサキは記録から手を離した。


 神殿の床へ吐く。


「同じ」


 呼吸が乱れている。


「最初は脅すだけ。使わない。誰もいない場所なら。私が考えたことと同じ」


 ミサキは自分の両手を見た。


「終末界へ来る前にも、考えたことがある」


「いつ」


「中学のとき」


 誰にも話していなかった。


 ミサキの能力が初めて現れたのは、通学路で知らない男に腕をつかまれた夜だった。頭上へ小さな黒い球体が生まれ、男の足元を消し飛ばした。爆発はしなかった。地面だけが、丸くなくなった。


 男は逃げた。


 翌日からミサキは、嫌な相手を思い浮かべるたび、黒い球体がどこへ現れるかを想像した。


「出さなかった」


「うん」


「でも考えたことを、今も怖がってる?」


「考えられる自分がいる。終末界では、考えるだけで出る」


 アスカは否定せずに聞いた。


「誰かに話した?」


「初めて」


「今、話せた」


「それで安全にはならない」


「安全じゃないって二人が知った」


 ミサキは顔を上げた。


 先代の少女には、秘密を告げる相手が最後にいなかった。少年がいた頃にも、自分の中の攻撃衝動までは話さなかった。


 同じ力。同じ考え。


 違いがあるとすれば、隠さずに口へ出した今だけだった。


「最後は違う」


 アスカが言う。


「まだ最後じゃないだけ」


 ミサキは立ち上がり、神殿の奥へ歩く。


 アスカは追った。


 三十二の棺の裏に、細い通路がある。行き止まりには縦穴が開いていた。底は見えない。


「来ないで」


「また?」


「今度は止めないで」


 ミサキは縁へ立つ。


「あの子も、最初は止める人がいたと思う。信じてくれる人も。それでも最後は灰にした」


「先代と同じ力でも、ミサキは先代じゃない」


「どうして言い切れるの」


 アスカの中に六つの能力がある。


 死者が増えるたび、自分も変わった。だから簡単には言い切れない。


「言い切れない」


 ミサキが笑った。


「正直だね」


「でも、先代と同じになるって言い切ることもできない」


 一歩近づく。


「私は、ミサキが怖い。今も」


「知ってる」


「だから見てる。信じるって、怖くなくなることじゃないと思う」


「落ちたら、能力が来るよ」


「来る」


「全部そろうのに近づく」


「それでも嫌だ」


 アスカはミサキの腕をつかんだ。


 身体ごと縦穴から引く。


 ミサキが抵抗する。二人で床へ倒れた。


「離して!」


「嫌」


「世界を灰にするかもしれない!」


「そのとき一緒に止める!」


「できなかったら?」


「間違えたって言う。一人で正しかったことにさせない」


 ミサキの力が抜けた。


 アスカの胸へ顔を押しつけ、声を殺して泣く。


「どうして、そこまで」


「死んでほしくないから」


 安全だからでも、使えるからでもない。


 言ってから、アスカは自分の答えを初めて理解した。


 ミサキはしばらく泣いた。


 やがてアスカの胸を押し、身体を起こす。


「今の言葉、あとで利用しないで」


「利用?」


「死んでほしくないって言ったから、何をしても止めてくれると思わないで」


「思わない」


「私も、あなたを守るからって、何を隠してもいいことにしない」


「うん」


「約束じゃなくて、規則にする」


「規則?」


「危険な考えを持ったら言う。相手が怖いと言っても怒らない。止める方法を二人とも知る」


「破ったら?」


「言う。破ったって」


 罰を先に決めない規則だった。


 アキラなら不完全だと言うかもしれない。セラなら検証できないと言う。けれど二人には、完全でないまま続ける方法が必要だった。


 広間へ戻ると、ミサキは監視記録のノートを開いた。


「今日から、終夜さんの記録も私がつける」


「私の?」


「口調、知らない言葉、能力を使った回数。私だけ監視されるのは公平じゃない」


 アスカは頷いた。


 ミサキはノートの最初に書いた。


 ――終夜アスカ。現在、自分の名に反応する。


 次の行へ、ミサキは自分のことも書いた。


 ――天城ミサキ。兵器を出していない。出したいと考えたことを話した。


「監視ノートじゃなくなった」


 アスカが言う。


「相互観察記録」


「名前が堅い」


「じゃあ何」


「二人のノート」


「もっと堅い案を考える」


 ミサキは表紙へ仮、と小さく書いた。


「何それ」


「最初の確認」


 二人は少しだけ笑った。


 壁画の顔のない少女だけが、笑わずにこちらを見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ