表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルマゲドン・ラスト  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/21

第13章 森になった街

 埋葬を終えた翌日、青葉トウマが「街が呼んでいる」と言った。


「誰が?」


 風間ハヤテが聞く。


「木が」


 冗談ではなかった。


 崩壊都市の方角から、細い蔓が校庭まで伸びている。昨日まではなかった。先端がトウマの靴へ触れ、確かめるように巻きついていた。


 蔓には小さな白い花が咲いていた。トウマが顔を近づけると、花弁が呼吸に合わせて開閉する。


「名前、分かる?」


「知らない種類」


「植物に詳しいのに?」


「全部知ってるわけじゃない」


 トウマは花へ触れず、ノートへ形を描いた。


「知らないまま名前をつけたくない。こいつには、もう自分の名前があるかもしれないから」


 ナナが紙の札を結ぶ。


「仮称、白い花」


「それならいい」


「根が地下でつながってる」


 トウマは目を閉じる。


「水がある。建物も、人が歩ける道も。もっと深いところに、大きな空洞がある」


「罠かもしれない」


 アキラが言う。


「植物に罠って考えがあるかは分からない。でも、何かを避けてる。怖がってる」


 先遣隊は十二人で出発した。


 出発前、カレンが荷物を一つずつ開いた。


「二日分の水。乾燥食。薬。縄。予備電池」


「遠足みたい」


 ライカが言う。


「遠足ならお菓子がある」


 ナギサが返す。


 マドカの名を誰も口にしなかった。


 アスカは鞄の底に、マドカが増やした菓子袋の切れ端を入れた。


「持っていくの?」


 ミサキが気づく。


「置いていくと、なくなりそうで」


「持っていってもなくすかも」


「うん」


「なら写真を撮る」


 ヨルから借りたカメラで、切れ端を撮った。物と記録を別の場所へ残す。それが二人にとって、失いたくないものを二か所へ残した最初の日になった。


 アスカ、ミサキ、トウマ、ナギサ、海堂マリン、鉄輪ジン、鳴海ライカ、アキラ、ゴウ、ハヤテ、メイ、リク。


 残りは校舎を守る。


 黒い森を抜けるのに三時間かかった。


 木々の葉は裏側だけ紫色で、風が吹くと一斉に色を変える。トウマが幹へ触れるたび、枝が道を開いた。


 枝は人によって開き方を変えた。


 トウマには大きく。ゴウには肩幅ぎりぎり。アキラの前では、一度閉じかけた。


「嫌われてる?」


 ハヤテが笑う。


「昨日、校庭の根を切ったから」


 トウマは幹へ掌を当てる。


「必要だったって伝える」


「木に言い訳するのか」


「説明。聞かなくても言う」


 アキラは、避難路を塞いでいたこと、全員が出られなくなると考えたこと、ほかの方法を探す時間がなかったことを話した。


 枝は動かない。


「謝れば?」


「判断は間違ってない」


「間違ってないことと、傷つけたことは別」


 アキラは幹を見上げた。


「傷つけたことは謝る」


 数秒後、枝が少し上がった。


「偶然だ」


「そうかも」


「便利だな」


 アキラが言う。


 トウマは眉を寄せる。


「お願いしてるだけ」

「同じことだろ」

「違うよ」


 植物都市は、森の向こうにあった。


 高層建築の窓から木が生え、道路は根で割れている。緑に覆われた信号機が、電気もないのに点滅していた。


 交差点には車が止まったまま残っていた。


 運転席から木が生え、屋根を突き抜けている。後部座席には小さな靴と、開いた絵本。人の身体はない。


「逃げたのかな」


 ナギサが言う。


「植物に取り込まれた可能性もある」


 リクが答える。


「今は、逃げた可能性も言って」


「根拠がない」


「取り込まれたほうにもない」


 リクは方眼紙へ二つの可能性を並べた。


 アスカは絵本を拾わなかった。頁の間から芽が出ている。もう人の物とも、植物の一部とも言い切れない。


 ライカが駆け寄る。


「生きてる」


「機械が?」


 ジンが端子を探す。


「電気がどこかから来てる。地下だ」


 探索隊は、根に持ち上げられた古い商業施設で休憩した。


 保存食は十二人へ均等に分けるには一袋足りなかった。


 リクは体重と消費量で分ける案を出し、カレンは負傷者を優先した。


「トウマは多め」


 ミサキが言う。


「植物とつながると体温が下がる」


「私は少なくていい」


 アスカは自分の分を押し出す。


「死者の力があるから、普通より消耗しない」


「本人の感覚?」


「たぶん」


「たぶんで減らさない」


 全員の分を少しずつ減らし、余った一人分をトウマと負傷したゴウへ分けた。


 完全な公平ではない。理由を口にし、本人へ確かめたことで、誰か一人が自分を消さずに済んだ。


 棚には缶詰に似た容器が残っている。表示は異世界文字だったが、アスカには「種子保存用」と読めた。


「食べ物じゃない」


 リクがすぐ振り返る。


「なぜ読める?」


「形が似てるから、たぶん」


 また嘘をついた。ミサキだけが気づき、何も言わず水を渡した。


 ナギサとマリンは床の割れ目へ耳を当てた。


「海につながってる」


「こんな内陸で?」


「生き物の音がする。大きい」


 建物全体が低く鳴った。


 ハヤテが飛び起きる。


「今の何?」


「魚」


「魚は建物を揺らさないだろ」


「ここの魚は揺らすみたい」


 短い笑いが起きた。


 何日ぶりかで、誰も能力を疑うためではなく、単純におかしくて笑った。笑いが止んだあと、全員が少し恥ずかしそうに水を飲んだ。


 終末界にも、何も失わない十分間があった。


 トウマが道路へ膝をついた。


 指先から細い根が伸び、ひび割れへ入る。


 彼の呼吸がゆっくりになる。


「トウマ?」


 アスカが肩へ触れようとする。


「待って」


 声が重なって聞こえた。


 一人の声ではない。


「下に、たくさんいる」


「人?」


「記憶」


 トウマの瞳に緑の筋が走る。


「木が見たもの。街が森になる前、人が火を持って追ってきた。木は逃げられなかった。だから、強くなった。壁を壊して、道を塞いで」


 根が周囲で持ち上がる。


「人がいなければ、切られない」


 アキラがトウマの腕をつかんだ。


「戻れ」


 蔓がアキラの手首へ巻きつく。


「触るな」


 トウマの声が低くなる。


 アスカは彼の前へしゃがんだ。


「青葉トウマ」


 名前を呼ぶ。


「教室の枯れた鉢に、毎週水をやってた」


 緑の瞳が揺れる。


「枯れてなかった」

「みんな枯れたと思ってた」

「根が生きてたから」


「じゃあ、人間も同じかもしれない」


 トウマの呼吸が速くなる。


 蔓がアキラの腕から離れた。


「ごめん」


 彼は道路へ手をついたまま、顔を伏せる。


「向こうの考えが、自分の考えみたいになる」


「次から一人でつながらない」


 ミサキが言った。


「必ず誰かが名前を呼ぶ」


 根の網から得た情報を、リクが地図へ書き写した。


 地下には巨大な円形空間がある。三十二の細長い箱。中央の空洞。校舎の白い扉と似た入口。


「三十二の棺」


 トウマが呟く。


「木は、そう覚えてる」


 帰路、食料倉庫と水路を見つけた。


 成果は大きかった。


 それでもアスカは、街を出るまで何度も振り返った。


 建物の窓という窓から、葉がこちらを見ている。


 植物は人間を憎んでいるのではない。


 怖がっている。


 怖さが世界を覆うほど育ったとき、憎しみとの違いは残るのだろうか。


 夜、トウマの腕には細い緑の線が残っていた。


 本人は「土の汚れ」と言った。


 洗っても落ちなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ