33.助力
ルーインは王宮から帰る途中、コーデリアに言われたことを思い出していた。
「少しゆっくり帰りますかね」
主たるコーデリアはルーインに王都の様子、途上の様子を探るように言伝していた。
使者として不審がられない範囲で、あるが。
王都ではいくつもの新聞を買い、のんびりと散策する。
「……尾行されている」
素人ではないが、一流ではない。間に合わせの尾行要員と言ったところか。
「まぁ、関係ないですけどね」
ルーインは気を張りながらも、コーデリアへのお土産に新刊の本を数冊買う。
街中の悪臭には住民も閉口しているよう。
「全く、こんなんじゃ商売上がったりだよ」
愚痴をこぼすのはテラスを掃除する喫茶店の店員だ。
路上に面した店にとって、現状は耐えがたいものに違いない。
市民の顔は暗く、賑わいはなかった。
列車に乗って南回りからヴォルデに戻る道を行く。
数日間プラスしての工程だ。当然、遠回りだが……。
「それでもぐるっと行けば、結構情報が得られるかなぁ」
王都の駅もさほどの忙しさ、人の波が少なくなっているような。
ある種の不景気さは隠しようもない。
予算がないのか外装に汚れが残ったままの列車に乗り込む。
南回りに差し掛かる平野で、いきなり列車が急停止した。
衝撃にルーインが座席から飛び出しそうになる。
「おわっぷ!」
「申し訳ございません。線路上に危険を察知したため、急停車いたしました……」
車掌のアナウンスにルーインが小首を傾げる。ついてない。
そのまましばらく待っていたが、列車は動かなかった。
最初は冷静だった乗客も慌ただしくなる。
「またかね……」
「きっと魔獣だよな」
どうやら乗客は魔獣によって列車が止まったと思っているようだ。
南部では魔獣討伐の費用が削減されていると聞くが、列車にも影響が出るなんて。
「……これはちょっと色々と調べないとですね」
結局、列車は復旧しなかった。ルーインは列車から降りて、南を回ってヴォルデに帰ることにしたのだった。
◆◆◆
ルーインが旅立ってから数日後。ヴォルデに意外な来客が訪れていた。
公国宰相のオルドスがやってきたのだ。
「久し振りね、オルドス閣下」
「お久し振りでございます……」
「少し痩せたんじゃない?」
他の人にはわからないだろうが、数キロほど体重が減っている気がする。
オルドスは額の汗を拭い、目を伏せた。
「やはり隠してはおけませんか。仰る通りです」
「心労、お察しするわ」
「コーデリア様に比べれば……」
「私はかなり快適よ」
これは本音だった。ヴォルデに来た当初はどうなるかと思ったが、今はのびのびと仕事ができる。成果も出ている上に、住民の皆も協力的だし。
まぁ、ディルダという馬鹿の相手をしなくても済むのが一番大きい。
彼の存在がどれほど負荷になっていたのか、今さらに思う。
「ここは夏でも涼しいし、肉や魚も味が濃くて美味しいわ。欲しいものは隣の帝国から買えちゃうしね」
私は肩をすくめた。
隣のエベラルド領は、それだけで公国に匹敵するほど巨大だ。
なのでその中心地であるレオールの座す街は極めて豊かである。そこから色々な物が買えてしまうため、お金さえあれば不足はない。
「確かに。コーデリア様の才覚なら、不便はございませんでしょう」
オルドスが頷き、少し目線を後ろにそらした。
そこにはオルドスが持ち込んだ書類の束がある。
(そろそろ来る頃かなとは思っていたけれど)
「今日来られたのは、あの書類の件ね?」
「……はい。申し訳ございません」
オルドスは恐縮しきりだった。
立ち上がった私は書類の束に近寄り、手に取る。
例年の処理書類ではあるけれど……停滞しているのだろうか。
「陛下よりさらなる予算節約を命じられ、しかしながら書類処理そのものが滞っておりまして。あとは……どうにも国庫を動かしておられるようで」
オルドスは内政屋で、こういうところには勘が働く。
公国の内政の書類全般に目を通しているのだから。
「いいわ、先に処理しちゃいましょう」
私は高速で書類を処理し始めた。
各数値の付け合わせ、処理すべき支払いや受け入れの名目。積み上げるべき執行の予算……。
他の部署との折衝が必要で後回しにすべき書類、先に処理しておくべき書類などなど。
最近見ていなかった書類に懐かしさを感じながら、猛烈にさばいていく。
「オルドス閣下、あなたは別室で休んでいていいのよ?」
書類の量的に丸一日はかかる。まだ昼前とはいえ、今日中に終わるかどうか。
「いいえ、私も微力ながらお手伝い申し上げます。コーデリア様に仕事を持ち込んでおきながら、私だけ休むなど……!」
「……わかったわ。無理はしないでね」
オルドスにもプライドがあるのだろう。数か月で痩せているのに大変なことだ。
彼のお付きの文官も必死になって書類を処理していく。
ただ、私のペースで飛ばしすぎると周りがついてこられない。
オルドスとお付きの人間を合わせたよりも私のほうが早いからだ。
全ての数字と書類を覚えているので、これは仕方ないが。
(ま、少しだけ抑えてもいいわよね)
周りが疲弊しすぎない程度のスピードで書類を片付けていく。
気が付くとあっという間に夕方になっていた。書類はあと残り四分の一くらいか。
死ぬ気で頑張れば今日中には終わるが……。
「残りは明日にしましょうか――ん?」
手にしていたのは林業に関する予算書。公国内の木材伐採についてだ。
「おかしいわね……」
「何か不審な書類が?」
さすがに疲れを隠しきれていないオルドスに私は心苦しさを感じながらも書類を渡す。
これは今、話しておいたほうがいい。
「来年度、この伐採の予算は新設された部署へ行く流れになっているのだけど、その部署の予算には少ない額しか計上されていないの」
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