30.成功と綻び
よしよし。現地の人たちと気脈を通じるのは大切だ。
ヴォルデは人口が少ないため、よその人間は目立つ。ディルダの黒服も直接動くのは控えているはず。
間接的な行動なら、住民の支持さえあれば防ぎようはある。
鉱山の視察と指示出しを終えると、屋敷から緊急の早馬がやってきた。
王都から急ぎの書状が来たので、持参したのだという。
「何でしょうか。急ぎだなんて」
「さぁ……えっ? 銀粉に王の封印よ」
筒の中から取り出した書状には日光にきらめく銀粉がまぶしてあった。
さらには赤の蝋で王であるディルダの紋章も押されている。
「最上位の礼式ですね」
「……馬車の中で読みましょう」
これは公国でも本当に重要事項でしか使われない形式だ。例えば大臣への任命書とか。
これは只事ではない。ルーインとともに馬車の中へ移動する。
「もしかして復帰の通達ではないでしょうか」
「それは無いと思うわ。だって私が側妃へ降格された時には、これよりランクが下の書式だったから」
封印を解いて書状に目を通す。
……。
『コーデリアよ。そなたの振る舞いは王妃たるものではなかったゆえ、側妃とした』
『心より反省し、余に忠実たることを誓うなら王都へと帰還させよう』
「ぶっ殺すわよ」
「コーデリア様、心の声が」
「何なの、このふざけた文は?」
怒りを抑えたまま、書状を読み続ける。
『ただし帰還しても当面は側妃のままとする。これは体面上の話だ。そう簡単に正妃に戻すことはできぬ』
『余は寛大にもそなたの功績とするべく、帝国との外交案件をいくらか用意した。これらの諸案件を滞りなく達成した暁には、そなたを再び正妃として迎え入れよう』
「なーんなのよ! これはっ! 舐めてんの!?」
私の怒りは頂点に達していた。思った以上にしょうもない書状だ。
「この最後の部分、コーデリア様にお仕事を用意して? わざわざそんなことをしたんですか」
「要は仕事が回っていないのよ。それで困っているんでしょう」
「なるほど……。押し付けることを美しく言うものですね」
「マネしちゃ駄目よ。これは悪い語彙力だから」
一通り言って、少し落ち着いてきた。
私は熱しやすいが冷めやすい。
「で、返答をどうするかだけど……」
平身低頭として謝罪すれば王都に戻す。
これは予想通りだけど、私が謝るべきことは何もない。謝りたくもない。
(しかも王都に戻って、ディルダが変わるわけじゃないのよね。私が這って元の地位に戻るだけ……それも確約じゃないし!)
妃の地位は正直、どうでも良い。もう魅力的には思えないからだ。
私が気になっているのは国のこと。国の仕事をするのには立場がいる。
そのための妃の地位と言ってもよい。あとは本が読めればいいだけなのに――。
結局、全てはディルダの思うがままだ。私はぐっと背筋を伸ばした。
「命令は拒否するわ」
「そのほうがいいと思います。この条件では、戻ったところで……ですし」
そこでルーインが明るい顔をした。
「でも兄上からこの書状が届いたということは、兄上の心持ちや王宮内で変化があったということ。しかるべき流れで名誉の回復もなされるかと」
「そうね……」
そうだといいんだけど。
でもディルダが自分の非を認めるのか。この書状を読むと不安になってくる。
私が正妃に戻っても繰り返すようなら、あまり意味はないんだけどな。
「コーデリア様のお返事は僕がお持ちしますね」
「いいの?」
「僕が持参したほうが、兄上も和らぐかと」
ディルダはルーインへは無茶をあんまり言わない。少なくとも私よりかは好感度が高い。
「わかったわ。すぐに返事を書きましょう」
◆◆◆
屋敷に戻ったコーデリアはすぐに返信の書状を作り、ルーインへと持たせた。
ルーインは早馬を駆って鉄道に飛び乗り、王都へ急ぐ。
翌日、ルーインは公国の王都へと久し振りに帰ってきていた。
「懐かしの王都、そのはずですが……」
遠目には何も変わっていない。でも妙な臭いがする。
下水とゴミの臭いだ。
王都を歩いていくと、その原因がすぐにわかった。
コーデリアは何事もきちっとしており、市民生活にも目を配る。だが、彼女がいなくなったあとの王都はどうなのだろうか。
道には回収されていないゴミがいくつも目につく。下水も……臭いからして同じだろう。
「上に立つ者が変わると、こうも早く変わるんだね」
王都の民はどう思っているのだろうか。麻痺しているのだろうか。ヴォルデからやってきたルーインだからこそ気が付けたのかも。
王宮はさすがに綺麗で、数か月前から何も変わっていないようだった。
取り次いでもらうと、早速小広間に案内される。そこでは昼間から宴が行われていた。
ディルダがルーインの姿を認め、赤ら顔から杯を掲げる。
「ルーイン、久しいな」
「お久し振りでございます、兄上」
ルーインは膝をついて挨拶する。その様子にディルダは唇を歪めた。
「ヴォルデの地は退屈だろうな。お前もコーデリアに義理立てしなくてもよかろうに」
「そこまでヴォルデが悪いとは思いません。魚がとても美味しいですし」
「お前はやはり変わっている。用件は聞いた。返書を早く見せろ」
ルーインはディルダの側仕えにコーデリアからの書状を渡した。
礼式は銀粉、側妃の紋章入り。つまりはディルダと同じ格式だ。
側仕えから書状を受け取ると、ディルダは封を切って早速読み始める。
「……ふん」
『陛下からの温情ある御言葉、誠に痛み入ります』
『すぐにでも王都に戻りたいところではございますが、しかしこのところ体調が優れず、ヴォルデの政務も執り行わなければいけません』
『また、帝国との案件につきまして、陛下のお慈悲はもったいないばかりにございます。ですが私めの力量と器で何ができますでしょうか』
端的に言うとコーデリアは慇懃無礼に返事をした。ディルダの要請は一切拒絶だ。
コーデリアの返事の意味するところを察して、ディルダが怒る。
「なんだ、これは……! せっかくの温情を蔑ろにしおって!」
苛立つディルダに対し、ルーインは黙したままだった。
「俺の指図通りには、何もしないということではないか!」
ガンと杯をテーブルへ叩きつけて置くディルダ。
周囲は震え上がるが、ルーインは落ち着いていた。
「おい、ルーイン! これはどういうことだ!?」
「コーデリア様は此度の件について、ご心痛がとても深く床に臥せっておられます。側妃への降格という処置はそれほど重いかと」
ルーインの毅然とした物言いにディルダが舌打ちする。
「ちっ……! くそっ!」
ディルダは爪を噛み、周囲を睨みつけた。ルーインは王族の中でも人気があり、実直でその点はディルダも評価していた。
気に入らないのはコーデリアだけであり、ルーインは嫌悪の対象にはなっていなかった。
「もういい! ヴォルデに戻ってコーデリアを説得しろ!」
「善処いたします」
ルーインを下がらせてから、ディルダは苛立ちが止まらなかった。
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