28.不始末
それから一週間後、ラッセリア公国の外務省にて。
貴賓室に招かれたカリダード帝国の大使は苛立ちを募らせていた。
「全く、無礼な……!」
公式会談の開始がすでに二時間も遅れている。しかもこの会談は定期開催とはいえ、来年度の交易について詰める場だ。
帝国の利益にも直結するため、大使は気を揉んでいた。秘書官が声をひそめる。
「……会談の設定も遅れておりました。やはり異変が起きているのでしょうか」
「コーデリア王妃が王都から去った影響かもしれん」
二か月前、王妃コーデリアが側妃となり、王都から移されたことは諸外国に衝撃を与えた。
宰相のオルドスは有能とはいえ、内政畑の人間で外交の専門家ではない。
外交や財政についてコーデリアの貢献は大きく、短時間で穴を埋めるのは困難だ。
さらにディルダ王の能力は……お世辞にも褒められたものではない。
制御する人間がいれば、まだまともなのだが。
その一番制御できるコーデリアがいなくなってしまった、という話である。
「大変お待たせいたしました。ただいま陛下が参られます――」
公国の外交官が汗をかきながら報告に来る。
それを帝国の大使たちはにこやかに受け止めた。
「どうぞお気遣いなく。公国の紅茶を堪能させて頂いておりますので」
表情や言葉遣いは柔らかい。だが、平時よりも低い声に公国の外交官が顔を強張らせる。
数分後、言葉通りにディルダが会談の場に現れた。
「大変お待たせした。うっく」
「…………」
ディルダの顔は異様に白く化粧されていた。まるで何かを隠すために。
しかも声がおかしい。ガサガサなのである。
「まさかお酒を召して?」
「いや、ははは……そんなことがあるわけないでしょう。さぁ、来年の貴国との交易について話しあおうではありませんか」
ディルダの立ち振る舞いは王そのものだった。だが、そのメッキはすぐに剥げてしまう。
重要な数字が頭に入っていないばかりか、すぐに眠気に襲われるようだ。
当人は否定したが、どう考えてもアルコールにやられている。
会談は開始時間が遅れたのもさながら、中身も例年にないほど実もなく長引いてしまった。
夕方、会談が終わり大使館に戻ってから帝国大使は首を振る。
「なんだ、あれは……。話にならなかったぞ」
「無礼かつ無能でしたね」
「全くだ。しかも公国から買い上げるはずの魔獣素材が足りない。どうなっているんだ?」
「一か月半分ほど……コーデリア王妃がおられなくなったからでしょうか」
「恐らくは。皇帝陛下は国土開発のため、魔力を含む鉱石や魔獣素材の確保を望んでおられるというのに……」
帝国大使はため息を吐いた。
近年帝国では増大する人口に対して、それを賄う資源を必要としている。
いまや外交の主軸は資源の確保だ。これで今後数十年の成長が決まるのだから。
「これまでも念押ししていた事柄がこの有様だとはな。皇帝陛下がお怒りにならねばよいが」
帝国大使が帰ったあと、ディルダは再び酒宴に興じた。黒服が新しい酒を持ち帰ってきたのだ。そこに宰相のオルドスが姿を見せる。
「何か言いたそうだな、オルドス」
「帝国との会談につきまして、いささか懸念事項があったとのことで……」
目を伏せながら言葉を選ぶオルドスにディルダは鼻を鳴らす。
「遠回しな言い方は褒めてやる。帝国とのことは問題ない。魔獣の素材について、焦っているようだ」
「……や、やはり帝国の軸はそこと」
「お前の言った通りだな」
「恐れ入ります……」
ディルダのセリフにオルドスは汗を拭く。
実はそれもコーデリアの残した言葉なのだが。オルドスはコーデリアの言葉をタイミング良く伝えたに過ぎない。
「あの女――コーデリアの穴が埋まらん以上、魔獣討伐の目標数をこなすのは無理だったな。まぁ、そこも予想の内だ」
「それならば何よりでございますが……」
「一度、帝国への輸出を絞れば公国のありがたみもわかるだろう。価格の吊り上げもやりやすくなる」
「な、なんと!? 予定数量に足りないばかりか、価格の引き上げも……?」
オルドスは戦慄した。そのようなことをすれば、いくら友好国のカリダード帝国も激怒するのではないだろうか。
近年のディルダの振る舞いでただでさえ、近隣諸国の不信を招いている。
その上でこのようなことは果たして許されるのだろうか。
「不安そうだな。ふん……」
ディルダはつまらなさそうに机の上の箱に目を向けた。
その側ではメルダがディルダに供する酒を作っている。
メルダが杯と箱を持ち、オルドスの元へ向かう。
「見てみろ」
「――私の成果よ」
「これは……ミスリル! しかもかなりの高品質でございますね」
開けられた箱の中身にはミスリルの延べ棒が入っていた。
青白く穏やかな魔力が感じられる。
「そう、このメルダが手を回して確保したのだ。可愛い奴め」
「お褒め頂き、光栄です!」
メルダがにこりと微笑むが、わずかな違和をオルドスは感じた。
心のどこかに怒りを溜め込んでいるような。ディルダに向けてではなさそうだが……。
ディルダのせいで培われた危機感能力が働く。
オルドスは延べ棒を手に取った。
「これは公国産でしょうか。しかし魔力の波長に覚えがありません」
「ほう、さすがだな。そこまでわかるか」
オルドスは公国で希少な魔術師でもあった。
魔力を含む物質は産地によって微妙な違いがある。公国のミスリルの魔力はどれもが穏やかで似ているのだ。
目の前のミスリルは公国産のはず……だが、今公国で扱っている産地のミスリルではない。オルドスはどの地方で作られたものか同定できるはずなのだが。
「くくく、これはヴォルデ地方で作られたミスリルだ」
「かの地方の鉱脈は枯れたと思っておりましたが……まさかコーデリア様が?」
「本当にご苦労なことだ。土を掘り返し、精錬までするとはな。コーデリアのことは気に入らんが、能力はある。こうやって使えば良かったのかもな」
オルドスはミスリルの延べ棒を箱に戻しながら黙っていた。
コーデリアがヴォルデで手をかけたミスリルの延べ棒を、快くディルダへ贈るとは思えない。どのような経路で入手したかは聞かないほうがいいのだろう。
メルダが関わっているのならなおさらだ。
ヴォルデのミスリルで充当する考えも甘すぎやしないだろうか……。
「とりあえずは帝国の反応を見るとしようか。コーデリアを使えば、何とでもなるだろう」
しかし、その目論見もほんの二週間で崩れ去った。
帝国大使からの書状が届いたのだが、そこにはカリダード帝国の皇帝からの明確な怒りが込められていた。
オルドスは手が震えるのを抑えながら、ディルダへ書状を読み上げる。
『公国と帝国の友好関係を何と心得ておられるのだろうか』
『件の交易品は我が国の発展に不可欠であり、それは貴国もよくよく承知のはず』
『貴国の現体制にわずかながら懸念を覚える』
書状であるから柔らかい表現ではあるが、内容は辛辣だ。
激怒しているといっても良い。
オルドスも外交の専門家ではないとはいえ、これまでに外交文書を読んではいる。こんな調子の文言を帝国からもらったのは初めてだ。
「……陛下?」
読み上げてからオルドスはディルダのほうを見上げる。
ディルダは目を細め、眉を寄せていた。ディルダは苛立っていた。
「ちっ、帝国め。小うるさいことを……!」
思ったよりも厳しい内容はディルダの予想外でもあったのだろう。
これで危機感を抱き、修正してくれるのであればまだ間に合う。
オルドスは駄目押しの情報も上げることにした。
「官僚たちからもコーデリア様の復帰を望む声もあり……」
「お前もコーデリアの復帰に賛成か」
じっと睨むディルダへオルドスが息を呑む。
冷や汗をかきながらも、ここで引くわけにはいかない。
「時機を見て、そうすべきかと」
「どいつもこいつも。まぁ……いい。そろそろ俺からも手紙を送ろうと思っていたところだ」
「おおっ! ではコーデリア様のご帰還を?」
「簡単に戻しては面目が立たん。それはあいつの態度次第だ」
コーデリアは非のないことで頭を下げるのを良しとはしない。
果たしてすんなりと行くのだろうか……。
ディルダの残忍な笑みにオルドスは嫌な予感がした。
これにて第4章終了です!
お読みいただき、ありがとうございました!!
もしここまでで「面白かった!」と思ってくれた方は、どうかポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて頂けないでしょうか……!
皆様の応援は今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!






