26.メルダの謀略③
数日後、メルダはミスリルを受け取るためにヴォルデの西部に足を踏み入れた。
満ちつつある月が照らす、低木と茂みの平原が取引場所だ。
「ふん、本当に何もない場所ね」
山々がそびえるヴォルデをメルダは嘲笑した。
ドレスもアクセサリーも用意できなさそうな、無価値な土地だ。
いや、ひとつだけ価値があった。ディルダに取り入るための踏み台としての価値だ。
「さっさと受け取って、王都に戻りましょう。時間は?」
「もうそろそろのはずです……」
黒服が懐中時計を見ながら答える。
メルダたちは鉄道を避けて少数による馬車で移動していた。
長居をするつもりは元よりない。ミスリルを受け取ったら即座にサヨナラだ。
周囲はぽちぽちと茂み、樹木があるだけ。
「馬車が見当たらないわね」
メルダが平原に立ち、周囲を見渡す。
「いい度胸じゃない。少しでも遅れたら、ただじゃおかないんだから!」
「まだ遅れてはいませんよね?」
「は?」
決して大きい声ではないが、よく透き通る声。
メルダが振り向くと――そこにはコーデリアとルーインがいた。
「お久し振りです」
「ちょ、ばっ……ど、どうして!?」
メルダが叫ぶと同時にコーデリアが右手を軽く上げる。
周囲の平原から武器を持った数十人が立ち上がり、メルダの馬車を包囲した。
「なっ……!?」
「もう少し警戒心を養ったほうがよろしいですよ。王宮で生きていくなら、ね」
コーデリアの低い声にメルダは半歩後ずさりした。
こんな女だったか?
メルダは必死に頭を回転させる。
メルダの元にいるのは六人ほど。
しかも受け取りだけの予定だったので、最低限の武器しかない。
まともに戦ったら終わりだ。だが、それは向こうも同じはず。
メルダも公国でディルダに寵愛されている立場。
しかもこの任務はディルダも承知しているはずなのだから。
「あ、あたしに手を出したら……陛下が黙っていないわよ!」
「私はそんなの野蛮に見えますか」
コーデリアは不気味なほど静かだった。
「あなたに手出しをするつもりはありませんよ」
「なによ、じゃあどうして――こんなマネを?」
メルダが手紙を送った商人たちは、とっくにコーデリアと繋がっていたのだ。
だから受け取りの場所まで漏れて、誘き出されてしまった。
しかし意味がわからない。
手出しをして来ないなら、会いに来る必要もないはず。
メルダの任務を阻止するなら、ミスリルを渡さなければいいだけだ。
「陛下のお側にいるのは、さぞ大変かと思って」
「……」
わからない。目の前のコーデリアという人間が、何を考えているのか。
これまでも得体のしれない力は持っていたのだが、今のコーデリアは違った。
ディルダよりもオルドスよりも遥かに……異質な存在に感じる。
このような感覚はメルダが生きてきた中で初めてだった。
「心配なのです。あなたがね」
「やめてよ!」
メルダは腕を振った。
「あなたは所詮、負け犬よ! 王都であたしに負けて、追い出されたのよ!」
「では、あなたも同じですね。王都からここまで来ることになったのですから」
「――っ」
「コレが必要なのでしょう?」
コーデリアが左腕を動かすと、ルーインがほのかに青白く光る金属の板を取り出した。
ミスリルの延べ棒だ。大きくはない……丸めた書状程度のサイズ。
コーデリアがルーインからミスリルの延べ棒を受け取り、両手で持つ。
「ヴォルデ産のミスリル。陛下がご所望の品です」
「なんで? どうして、そんな……」
「ミスリルが欲しいのですよね?」
コーデリアの言葉にメルダが押し黙る。
ここで欲しいと言うことは敗北だ。
黙ったままのメルダに黒服が声をかける。
「メルダ様、ここはどうか……」
「あんたは黙ってて!」
「必要ないのですか?」
再度の呼びかけにメルダは唇を嚙んだ。
コーデリアはわかっている。
今のメルダにはミスリルが絶対に必要だった。持って帰らなければ……気まぐれなディルダはすぐにメルダを捨てるかもしれない。
「何が目的なのよ……っ」
「直接、あなたに会って渡したくて」
それだけのはずはない。
しかしメルダの頭ではコーデリアの考えていることが全くわからなかった。
「……不要なら持って帰りましょうか」
「ま、待って!」
思わずメルダが叫ぶ。
この場の主導権はコーデリアにある。
悔しいが、どうにもできない。下手に出てでもミスリルを入手しなければ。
「ミスリルを渡して!」
「渡して……え? 聞き取れませんでした」
とぼけるコーデリアにメルダの怒りが沸点を越えそうになる。
掴みかかりたい衝動に駆られるが、なんとか自制する。
コーデリアの側にいるのは公国でも随一の剣士であるルーインだ。
飛びかかっても瞬時に叩き伏せられてしまう。
「……渡してください!」
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