17.さらなる道
白皿にニジマスのムニエルが載ってでてくる。
薄くスライスした初夏のじゃがいもとセットだ。
フォークですくうと外の皮はパリッと、中はふっくら。爽やかなレモンとニジマスの香りが最高にマッチする。
口の中でほろっと魚の身が崩れ、濃厚な脂身が溶け出す。
適当なところでじゃがいもをすくって……。こちらは揚げたもので、胡椒で味付け。ピリっとさくっと。芋の旨味だ。
ううーん、美味しい!
「ふむ、焼き加減と脂が絶妙だ。ヴォルデの川魚を食べたのは始めてだが、この身の肥えようは素晴らしい」
「ありがとう。山脈からの水で育っているから良いのですって」
「ほう、なるほど。山の恵みだな」
レオールの様子をちらちらと伺うが、かなりのペースで食べ進めていた。
本当に美味しく思っているのだと嬉しくなる。
で、他のメイン皿が淡水エビと貝のチーズ焼きだ。ヴォルデ産の牛から作った濃厚なチーズに剥いたエビと貝の身を合わせてオーブンへ。
これも山と川の恵みと言えるだろう……!
スプーンでぷりぷりの身とたっぷりのチーズをすくう。
隠し味にスライスした玉ねぎが仕込まれている。
はむっと……エビと貝が口の中で弾けて、チーズのまろやかさと混じり合う。そこにアクセントの玉ねぎが絡んでくれる。
気のせいではなく、エビと貝の身が甘くて……シンプルな味付けのはずなのに、そうと感じさせない。王都でも食べられない美食だ。
レオールがこちらの料理を食べて、はたと手を止める。
「エビと貝もエベラルド領とは全然違うな……」
「そうなの?」
「ここまでエビや貝も美味しく、大きくはならない。さほど距離が離れていないのにな。これが山の違いか」
「エベラルド領の山は標高が低いからかしら」
「恐らくそうだろう。しかも帝国はラッセリア公国より乾燥している」
ふむふむとレオールは感心しながらオーブン焼きをどんどん食べ進める。
結局、あっという間にレオールは晩餐を食べ終えてしまった。彼の側近も同様なので、よほど美味しかったようだ。
晩餐が終わり、屋敷二階のテラスにレオールを招く。
これはもっと個人的な……非公式の会合だ。
用意したのはローズヒップのハーブティー。ちょっと刺激的ながら、落ち着いた香りと味わいを醸し出してくれる。
今はお互いのお付きの人と少し距離が離れている。
晩餐が終わり、もう夜になっていた。
三日月が私たちを照らす中、私はレオールに礼を述べた。
「……今回はほんとうにありがとう」
「いいや、昼にも言ったがこれらは君の実力だ。ミスリルが優先的に手に入ることで、俺も助かる。最近、魔獣との戦闘が増えているからな」
「えっ、それってまさか――ヴォルデから?」
ドキリとして問うとレオールが首を振った。
「人口が増えて魔獣の生息域まで踏み入られねばならない……という完全に帝国の事情だ。これまで放置されていた区域も開発していかなくてはな」
「エベラルド領を見るに、相当なペースで増えているのでしょうね」
「本来なら喜ばしいこと。だが人間が使える居住域を広げ続けるためには、資源が必要だ」
「そのひとつがミスリルというわけね」
レオールがハーブティーを飲みながら頷く。
帝国の人口について、最新の情報は持っていない。
でもエベラルド領からすると全体的にかなり増えているのだろう。
対して公国の人口はここ数十年、ほとんど増えていない。
魔獣との戦いがあるのにも加えて魅力が乏しいせいだろうか。いや、公国は保守的な面が強いのかもしれない。
だからディルダにも逆らえず、私だって……ここに送られてくること自体に抵抗しようとは思わなかった。
「ミスリルの供給量が増加すれば、魔獣を討伐して居住域を広げるのも容易になる。帝国にとっては天恵だ」
「そんな……」
「その天恵に与ってもうひとつ、頼みたいことがある」
「何かしら、何でも言って」
「ヴォルデの食をさきほど堪能したが、非常に良質だ。食料も交易できないだろうか?」
「なるほど……そうね。人口が増えるのなら食料も必要と。でも帝国なら東部の穀倉地帯や南部の沿岸地帯があるんじゃないかしら」
カリダード帝国はここから遥か東の平野が飛び抜けて農業生産が多い。というか、そこに皇帝と帝都もあるのだし。
また、南東の沿岸と大陸棚からも豊富な海産物が得られる。
このふたつが帝国の食料庫であり、そのために飢えない国の異名を持つくらいなのだ。
「一方でコストもかさみつつある。鉄道で輸送できる量にも限りがあるからな」
「むしろ、そんなに……?」
「いざという時の備えという面もある。即答でなくてもいいが、考えて欲しい」
鉄道が開発されてから物資の輸送スピードは劇的に向上した。
農業技術も発展しているはずで、それでも足りないかもというのは相当だ。
だとするとヴォルデの水産や畜産を頼りにしたくなるのもわかる。
私は素早く頭の中で計算をして、結論を出した。
「年に数千人規模の食料なら……」
「本当に? それだけ確保できるのか」
「元々多少暇だったくらいだから。売り先があるのなら、確保できるわよ」
ヴォルデの特産品は今まで、あまり他の領地へ輸出されていない。
領主がしょっちゅう代わるのもそうだし、何より住民に余剰食料への意識がなかったからだ。
旗振り役の領主や代官もいない。買い手もいないのに食料生産を熱心にするはずもなかった。
でも今なら――しかるべき代金を貰えれば、きっとやってくれるだろう。
「ありがたい。ヴォルデから買えれば輸送費も削減できる。早急に前進させよう」
「そうしましょう」
レオールが顔を綻ばせる。
そうすると本当に格好良く、ドキリとさせてくるところがあった。
(……彼はどうして私にここまで肩入れしてくれるのかしら)
ふと、私は思う。レオールは個人的な友愛を優先するような性格ではない。
私の印象ではそうで、あくまで帝国のために働いている。
それほど今のエベラルド領の色々なことが切迫しているということか。
「これからは定期的に交流会を持とう」
「ええ、そうね。色々な協定も進めたいし……それにお互いの人員で心が通じれば、スムーズに事も運ぶでしょう」
最後にカップを持ち上げて乾杯し、レオールは屋敷に泊まって朝早く帰っていった。
本当に頼もしい人だ。
……ディルダもあれほど民のことを考えて行動してくれたらな。きっと色々なことが違っていただろうに。
私は胸の中の気持ちをぐっと押さえつけた。
私の行動は全て公国とヴォルデの為だ。それ以外にはない。考えてもいけない。
側妃という身分は何も変わらないのだから。
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