18.レオールとコーデリア①
ヴォルデ地方から我がエベラルド領に戻り、俺はふーっと息を吐いた。
「彼女はやはり変わらなかったな」
ラッセリア公国に接するエベラルド辺境伯に生まれて、コーデリアと初めて会ったのは……彼女がまだほんの十歳頃だ。
会ったのはラッセリア公国の夜会だ。
その時、俺は十五歳。初めて挨拶した時からコーデリアは異彩を放っていた。
公爵令嬢でかつ王族への婚約が確定している身にしては、彼女はあまりにも欲がなかった。
誰かと間違えたのかと思ったくらいだ。
アクセサリーもドレスも身分に沿ったものではあるが、目立つことを恐れて地味。
それはむしろコーデリアと彼女の実家の処世術だったのだろうかと、今では思い至るのだが。
「レオール様、なにとぞよろしくお願いいたしますね」
にこりと微笑む彼女の噂はその当時から知っていた。
神に愛された才女。目を持って全てを知る者。
それが本当のことかどうかわからなかったが、コーデリアはとても本が好きだとは事前に伝え聞いていた。
なので俺は用意しておいた手土産の本を手渡した。
帝国の歴史書のひとつ『皇臣問答』で、五百年前の皇帝と側近の問答集だ。
帝国では帝王学のひとつとして重んじられている書であり、本好きの才女であればふさわしいだろうと思ったのだ。
しかし本を受け取ったコーデリアはわずかに瞬きをしたあと、嬉しそうな顔をした。
俺はそこでピンときた。彼女は心の底から嬉しがってはいない、と。
俺自身、表情を繕うのが苦手だ。だがその分、他人の表情を見抜くことは得意だった。
「この本に何かあったのか。遠慮なく言ってくれ」
「ああ、いえ――」
迷った後にコーデリアは口を開いた。
「申し訳ございません。シャハーディー氏の版も読んでおりましたもので」
「……っ! そこまでお詳しいとは」
今、俺が渡した皇臣問答は百五十年前の注釈が入っている版だ。これがスタンダードなのだが、シャハーディー版はそのひとつ前の三百年前のものだ。
シャハーディー版を読んで、スタンダードな版を読んでいないということはあり得ない。つまり俺の渡した本は読み切ったという意味だ。
「この版でさえ本来は大学初等ほどの難易度。さらにシャハーディー版は……古語の知識も必要なはず。誠に素晴らしい」
「いえいえ。最新の装丁がされたこちらも楽しみに読ませて頂きますね」
コーデリアはにこりと微笑み、本を受け取った。
その時はあと少し他愛のない会話をした程度だった。
「帝国では大々的に鉄道を敷設されているとか」
「ええ、杉に恵まれていましてね」
「カリダード杉でございますね。今の時代、良質な木材があるのはお羨ましいです」
「ほう、なぜ?」
これは少し試すための質問だった。
カリダード杉はラッセリア公国にはない。
その杉の用途までコーデリアの年齢では把握していないだろう。
だがコーデリアは淀みなく答えた。
「列車の燃料や金属の精製に不可欠ですもの」
「……まさしく」
「公国ももっと鉄道に注力しなければいけませんね」
「あなたのような方がいれば、公国の未来も明るいでしょうね」
「そう願いたいですわ」
コーデリアの言葉は希望半分、諦め半分と言ったところだった。
わからなくもない。公国における鉱業は衰退気味で、魔獣に頼った経営には限界がある。
今こそ思い切った再投資と技術革新が必要なのだが、公国の現状では難しいだろう。
その夜はコーデリアの婚約者であるディルダとも会った。
彼のほうが多少コーデリアより年上なのもあり、面識はすでにある。
率直に言うと俺はディルダを評価していなかった。
表面上は賢そうに見えても、奥底には放埓さがある。
「俺がいるから公国は安泰ですよ」
高価な香水とアクセサリーに身を包み、過剰なまでの自信に満ちている。
彼の興味は贅沢や音楽にしかないらしく、知性的な会話は難しそうだった。
周りの抑えがあれば……問題はないのだろうか。
その時はまだディルダも王太子ではなかったので、さほど深くは考えなかったが。
それでもコーデリアとは不釣り合いだと思わざるを得なかった。
これがコーデリアとの最初の出会いであった。
その後何回か顔を合わせたが、特段の話はなく――希少で古い本をプレゼントすると喜ぶ程度のことだった。
ただ、常ではない親近感を彼女に抱いたのも事実だ。
なぜなら彼女はどんな小さな話でも覚えている。帝国についても、俺のことにしても。覚えてくれているというのは何にしても大きい。
半年経とうと一年経とうと、距離をすぐに縮めてくれる。
コーデリアの周囲もそうなのだろう。彼女に並々ならぬ好感と期待を寄せているのがありありとわかった。
その後、俺は基盤を固めながら対魔獣戦闘でも成果を出していった。
エベラルド領は魔獣の多発するラッセリア公国に接している、
そのため帝国においても魔獣の発生が多い。
因果な話ではあるが、そのためにエベラルド辺境伯には【力】が求められるのだ。
俺は着実に武功を積み上げていった。
帝国大学の教職という話もその一環だ。俺は対魔獣戦の知識を伝授し、一方で領主に必要な知識を再度振り返る。
期間限定の教職にいる間に、コーデリアは留学生としてやってきた。
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