15.荒れる王宮
同じ頃、公国の王宮にて。
今日も今日とて諫めるコーデリアがおらず、ディルダの生活は荒れていた。
昼間から酒をあおり、悪友と博打や音楽に興じている。
「メルダ、お前には失望したぞ」
「……ご、ごめんなさい!」
ディルダが竪琴を鳴らすたび、隣のメルダが震える。
「俺の手の者も送ったというのに、ほぼ損害なしとはな……」
「だ、だって! エベラルド辺境伯の兵があんなに強いだなんて! イエティはあたしたちでも手こずるくらい強い魔獣なのに!」
「黙れ」
「ひぃっ!」
眉を吊り上げたディルダにメルダがのけぞる。
確かにイエティは強力な魔獣だ。公国でも慎重に慎重を期して討伐しなければならない。不意に群れで襲われれば、かなりの被害が出かねないのに……。
帝国の雷光と言われるレオールは看板倒れではなかったということか。
「コーデリアに失敗させる、というのは悪くはない考えだがな」
エベラルド領に手を回し、ヴォルデの失態とする。上手く行けばレオールがどう動こうと帝国の心証を損ね、コーデリアの責任を問えたのに。
そこまでやれば、さすがのコーデリアも詫びを入れざるを得まい……。
ディルダの頭の中には民の損害や近隣諸国からの評価は計算に入っていない。
ラッセリア公国を自らの思う通りにするだけが望みであった。
「まぁ、いい。メルダ、お前の失態も面白い」
「えっ……?」
「ほら、酒を飲め」
「で、でももうあたしは結構飲んで――」
「俺の酒が飲めないのか?」
「!? いえ、飲みますぅ!」
ディルダはメルダに杯を押し付けた。こうやって飲ませれば失敗も可愛く見える。
メルダは手を震わせながら、杯の酒を一気に飲み干した。
「うっ、ぐぅぅっ!」
「ははは、よく飲んだな。まだ俺に忠誠心は残っているか?」
「も、もちろんです! 陛下をお慕いして……っ」
「じゃあ新しい計画をやろう。お前向きのな」
ディルダがにやりと笑うと同時に、メルダが顔を青くして倒れた。
さすがに宮廷医がやってきてメルダを運んでいく。
宴が一旦お開きになった後、広間に今度はオルドスがやってきた。
「何かあったようでございますが……」
オルドスが冷や汗をかきながら問うと、ディルダは鬱陶しそうに金髪を揺らした。
「メルダが酒の飲み過ぎで倒れた。中々の余興だったぞ」
まだ十六歳で小柄なメルダになんという無茶を。
吐き捨てるようなディルダの言葉にオルドスは戦慄する。
しかし、ディルダは酒に酔うとこのようなところがある――とオルドスは知っていた。
コーデリアからの手紙からも示唆されていたからだ。
『陛下は酒精に振り回されている気配があるようです』
ヴォルデ到着後に書かれたであろうコーデリアの手紙には、恨み言は一切なかった。
それよりも公国の未来を心配し、王宮勤めの貴族や官僚への気遣いにあふれていた……本当に得難い人間だったと今になっても思う。
コーデリアには早々に王都への復帰を願いたいが、タイミングが重要だ。
下手をすればさらなる災いを――コーデリアを巻き込む形で引き起こしかねない。
ヴォルデへ流された人間は王都には戻れない。しかし他の地に移される場合はある。
赦免されるとしたら、そこまで行きつかねば。
そこにディルダの部下が走り寄って、笛を弄る彼に何やら報告をする。
黒服の彼らはディルダ直属の部下で何をしているかオルドスも知らない。噂によるとディルダに反抗的な人間を調査し、闇の工作にも従事しているらしい。
報告を聞いたディルダが顔を歪ませ、笛をテーブルに置いた。
「くははっ! それは面白いな!」
「な、なにがあったかお聞きしても?」
「コーデリアがヴォルデの地であれこれ画策しているようだぞ。枯れたはずの鉱山も見つけ出そうとしてな」
「それは……結構なことでは。領地経営に邁進なされているということで」
「ふん。汚れたヴォルデの地を再び掘るとはな。ご苦労なことだ」
「……!!」
オルドスは内心の驚きを表に出さないよう必死に顔を取り繕った。
ヴォルデは流刑地であったが、大昔の話だ。今もそのように考えたことはなかった。というより、多くの貴族や官僚はそうではないだろうか。
「王家や政府に逆らった人間たちの末裔だぞ。まぁ……暇にしておくと何を考えるかわからんから、働かせるのは悪くない。やる気も生産性もない連中だがな」
なんという言い草であるか。
ヴォルデの地には犯罪とは無関係に送り込まれた人間も数多い。
それはラッセリア公国の恥部なのに。
しかも日々、そこに暮らす民を慮る姿勢では到底なかった。
「陛下はここまで……」
「何か言ったか?」
「いいえっ、それでヴォルデのことは……?」
「様子見ではあるな。価値ある鉱石が出れば良し。失敗すれば、あのいけ好かない女も頭を下げに来るかもな。いずれにしても見ものだ」
「ははっ」
オルドスは冷や汗を流しながらディルダへ礼をした。
とりあえず、とりあえずは静観の様子だ。しかしディルダの態度はとても器ある王の態度とは言えない。
「それに手は打ってある。俺が無策だと思うのか」
「い、いいえ」
「メルダにも箔が必要だしな」
ごくりとオルドスの喉が鳴った。
メルダを動かして、何かはしているようだ。
ディルダが側付きを顎で差し、キャビアを口へ運ばせる。
「ところで最近、酒のつまみのレベルが落ちたな」
「……! 宮廷内の執務が滞っておりまして、逐次改善して参ります!」
「あのコーデリアを飛ばしたせいか」
ディルダが不愉快そうに眉をひそめる。
まさにその通りで、様々な所に支障が出てしまっていた。
というのもコーデリアはまさに歩く書庫。公国の近年の文書なら全て記憶し、自分で処理してしまえるのだから。
さらにはあの人柄で官僚の心の支えにもなっていた。
それがぽんと理不尽な理由で抜けてしまったのだ。官僚たちの動揺と士気低下も著しい。
「あの女はお節介だからな。色々なところに口を出していた反動か。立て直しに尽力しろ」
「ははーっ! 寛大な御言葉に感謝申し上げます!」
「俺の気はそこまで長くないぞ。つまみの味を戻しておけよ」
オルドスは再び頭を下げ、広間から退出した。
ディルダから十分に離れたところでオルドス配下の官僚たちが寄り集まってくる。
「宰相閣下、陛下は何と……?」
「うむ――」
この場にいるのはオルドスの信頼篤い者ばかり。
今のやり取りを率直に伝えると、官僚たちは口々に不満を漏らし始めた。
「コーデリア様は公国の為に身を粉にして働いておられたのに……!」
「しかも予算も人員も陛下のご遊興優先ではないですか」
「わかっている。私の気持ちも同じだ」
この場にいない官僚からも突き上げは増えている。
現場は今の体制が無理なことを理解しているのだ。
「いずれ陛下の承認を得て、コーデリア様の復帰を願い出るつもりだ」
「おお、是非に!」
やはりコーデリアの人気は凄まじい。能力も人柄もあるから当然ではあるが。
話しが終わり、官僚たちから別れてからオルドスは呟く。
「コーデリア様……早く戻ってきてくだされ」
オルドスの大窓からは夏の積乱雲が見えた。黒く重い陰。
ラッセリア公国に嵐が降り注ぎそうであった。
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