14.精錬
トルドの手はかすかに汚れていた。それは土と岩に向き合った汚れだ。そうでなければ鉱石を掘り起こすことはできないのだから。
「コーデリア様が帝国と協力されたおかげです。まさにコーデリア様の知恵と行動の成果かと」
「ありがとう。私も嬉しく思うわ」
「それで、しかしとても差し出がましいながら……ええと……」
トルドが口ごもる。
私は察した。何か言いにくいことがあるのだ。
「差し出がましいことなんてないわ。仰って」
「……ううむ、ミスリルについてなのですが……精錬されたミスリルはどこへ向かうのでしょう? やはり王都にですか」
「えっ?」
「聞けばヴォルデ山脈に魔獣が増えたのも、今の王様――いえ、政府からだとか。ヴォルデは放っておかれたように思います。それを今さら、また良いところは王都のものなのでしょうか」
私はヴォルデの歴史書を思い出していた。
なぜヴォルデに鉱山が多かったのか?
それはヴォルデが流刑地だけでなく、犯罪者の収容地も兼ねていたからだ。
五百年前、まだラッセリア公国の独立からさほど年月の経っていない頃。公国政府は捕らえた犯罪者をヴォルデに送り、鉱山開発に従事させていた。
ヴォルデは盆地で細い東西の道しかない。天然の牢獄としても好都合だったのだ。
二百年ほど前の世界的な戦乱期には犯罪者だけでなく流れ者など、住所不定の者たちも捕らえてヴォルデへと送った。
八十年ほど前から公国の機構も整備され、ヴォルデは流刑地としての役割を終えたのだけれど。近年送られるのは王都での政争に敗れた人だけのはずだ。
(私もそのひとり……)
今、ヴォルデに住まう人たちには何ら罪はない。
だが、住民の感情にはしこりが残っている――ということか。
私は静かに目を伏せた。今の私には理解できる。かつての鉱業は刑罰でもあった。でもそこから生み出される物はヴォルデの誇りでもあったのだ。
せっかく鉱業と誇りを取り戻せてもまた中央に吸い取られる。
それはやはり納得しがたいのだろう。
「大丈夫よ。そうはさせないわ」
「コーデリア様……」
「隣接するエベラルド辺境伯とは話ができています。ヴォルデから産出したミスリルはしかるべき値で帝国が買い取るわ。公国の他の地域には輸出しません」
「おおっ! なんと……!」
「公国の中央へも働きかけを考えております。ヴォルデの未来が明るくなるために」
これは本心だ。王妃だった私がここに来たのは、運命としか思えない。
トルドは私の言葉に何度も頷き、人の輪へと戻っていった。
彼の顔は晴々として、満足しているようだった。
精錬施設から熱気が漏れ出し、尖塔から煙が噴き出す。
「ようし! じゃんじゃん精錬するぞぉ!」
「おおっ! 釜の火を燃やせ、もっと熱く!」
住民の掛け声を聞きながら、ルーインも感慨にふけっていた。
「ヴォルデの皆さんが政府にああいう想いを抱いているとは……」
「こういう場に来て、腹を割らないと聞けない話ね」
「難しいですね」
「そうよ、でも懐に飛び込めば普通ではできないこともできるわ」
今回のことはルーインにとっても見て学ぶいい機会になったと思う。
それから夜までささやかな宴は続き、鉱石から精錬されたミスリルが排出された。
最初のミスリルの延べ棒が完成して、私とルーインはそれに立ち会う。
「どうぞご確認くだされ」
鉄製の箱にミスリルの延べ棒がセットされ、恭しく運ばれてきた。
「とても綺麗ね」
金属の光沢と青色の魔力が組み合わさり、淡く発光している。
ミスリルの放つ光は揺れ動き、海に波が広がるようであった。
見ていると吸い込まれそうなほど青く、清い。高品質の証拠だ。
この美しさは絵画や言葉では言い尽くせない。実物あってのものだ。
もう熱はないとのことで、手に持ってみる。
ずしりと重い。手のひらと指には魔力が伝わってくる。
でも不快ではない。穏やかな湖面に似た、静寂だ。
触れているだけで大地の息吹を感じられる。
「ありがとう。とても良いわ」
「光栄にございます……!」
金属箱にミスリルの延べ棒を返す。
その日は遅くまで人が絶えることがなく、私が屋敷に戻ったのは明け方近くであった。
翌日から精錬施設も本格稼働して、純度の高いミスリルが生産されていくことになった。
数十年前に精錬がストップされたとはいえ、経験者は豊富。
さしあたり鉱業のほうはこのまま順調に進んでくれそうだ。
屋敷の中でルーインが楽し気に報告書をめくる。
「鉱山のほうも転用可能な資材や設備を移し、効率化ができてきています」
「いいわね、鉱山にも予算を投じていきましょう」
鉱山の整備とともに新しい鉱脈探しも行いたい。
この辺は帝国の専門家とも協調しなければ。
道路もまだ改善の余地がある。今のヴォルデの道路のほとんどは昔のまま。
最新の機材を運べるほど整っておらず、道幅も足りていない。
道の整備は必須だが、やれば効果的なはずだ。
「徐々に進めていきましょう。成果は出てくるわ」
「はい! 頑張りましょう!」
こうして北の鉱山も徐々に整備され、ちゃんとした鉱山になっていく。
まだ生産量は多くないが、これから増えていくことだろう。確かな手応えを感じながら、私はレオールへ報告の手紙を書いたのだった。
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!





