10.厚意
「――っ!? そ、それは受け取れないわ!」
「なぜだ? 帝国で判別できなかった魔獣討伐への貢献だ。我々に協力すべき道理は君になかったのに、全くの善意で協力してくれた」
「確かにそうかもしれないけれど……」
「公国側妃の君の知識を借りるなら、ラッセリア公国の中央政府に問い合わせてからが筋。その工程を短縮できたのは君のおかげだ」
ううむ。何とも面倒な理屈を。こーいうのをこね回すのがレオールは得意だ。
しかしイエティの素材……か。今の私には喉から手が出るほど欲しい。
魔物の素材の有用性はしっかりと理解している。イエティの場合は住む山との親和性により、ある種の鉱物と反応する。
「帝国は魔獣の脅威を重く見ている。ヴォルデ領主である君との協力関係はこれからも重要になるだろう。資金面や資材面において、連携は惜しまない」
それは……レオールからの感謝と恩返しだった。
つまりは私の目標。当座の資金を調達するという目標が達せられたということでもある。
「あなたはそれで構わないの? これらイエティは公国から来たものかもしれないのに」
「ふむ? そうなのか」
レオールはわざとらしく小首を傾げてとぼけた。さっきまでその話をしていたのに!
「しかし公国から魔獣が来たのかもしれない、というのは国際問題にもなりかねん。慎重に真偽は確かめねばならんだろうな」
「……わかったわ。すぐではないけど動くから」
「ありがとう。それは帝国の利益にも繋がる気高い精神だ」
ということでイエティの素材の半分を受け取ることにして、様々な協定をレオールと結んだ。
内容的には今後の協力――魔獣に関する情報交換や連携、交易の推進等だ。
その中には必要な人員の派遣や帝国製の蒸気機関車のレンタルも含まれる。
正直に言うとこちらにかなり有利な協定だった。
「本当にいいの?」
「問題ない」
レオールの表情は変わらないが、博打をやっているふうではない……。
「このエベラルド辺境伯領でラッセリア公国とほぼ同等の人口がある。加えて帝国内でも君を評価する声は多い」
「恐れ多いわね」
「公国の状況が状況だ。取りうる手段を取る。君もそうだろう?」
問われて頷き返す。その通りだ。このままでは終われない。
諸々の取り決めを交わし、私たちはレオールの屋敷を後にした。
すっかり夕方近くだが、まだヴォルデには戻れる時間だ。
「もう少しゆっくりしていってもいいのにな」
「ヴォルデでやらないといけないことが山積みですから」
「……そうだな。君は使命を自覚している」
レオールのそういう言葉遣いは好きだった。
「あとは蔵書を置いて行かざるを得なかった、とも聞いた。本を愛するコーデリア妃には耐えがたいことだろう」
「そうね。読む本がなくなってしまいそうよ」
屋敷に残されたのはわずかな本だった。しかも屋敷の前の主は本に大した興味がなかったようだ。
公国で非常に一般的な本、それこそ貴族なら誰でも読むレベルの本しかなかった。
なので私が読んだことのある本しかなく、仕方なしにそれらの本を読み直して凌いでいるところである。
「君の読書欲を満足させられるかはわからんが、蔵書をいくらか貸そう」
「ええっ!? いいの?」
「あとで第三書庫に案内する。古い本から新しい本もそこそこあるはずだ」
「た、助かるわ……!」
新しい本! それが読めなくて鬱屈としていたのだ。
ということで私は書庫に案内され、十冊ほどを借りていくことにした。
本当にレオールは私のことをよく知っている。
丁重に礼を言って屋敷を去り、鉄道列車に乗ってヴォルデへと戻る。
とりあえず大変なことになっているのはわかったが……。
さて、何から手をつけようか。
◆◆◆
コーデリアが側妃となってヴォルデに流されすぐ、ラッセリアの王宮にて。
小うるさいコーデリアがいなくなり、王宮はさらに退廃していった。
昼間からディルダは竪琴を手にして、酒をかっ喰らっている。
「陛下は本当に音楽がお好きですのね」
ディルダの隣のメルダがしだれかかる。
ラッセリア公国の王族は音楽に秀でた者が多い。それは初代ラッセリア国王がまさに音楽の名手であったからだ。伝説によると彼の奏でる音色は魔獣をも鎮めたという。
「ああ、音楽はいい。楽器も素晴らしい」
ただ、ディルダの音楽好きは度を越していた。なにせ楽器までいくつも自作して、王宮の楽団を急拡大させたのだから。その規模は公国財政にダメージを与えるほどであった。
「もちろん酒も女も好きだがな」
「まぁ、嬉しいです!」
メルダが手を叩き、喜ぶ。子爵家に生まれたメルダの虚栄心が満たされていた。
節操、倹約なんて馬鹿らしい。
貴族に生まれたからには心の奥底から楽しみたい、それがメルダであった。
「あのコーデリア様を追い出して、私が次の正妃ですわよね?」
「まぁ、それも面白いのだがな。しかし周りがうるさい」
ディルダが窓の外を見やる。王宮にはまだコーデリア派の貴族や官僚が数多くいる。
いきなり全てを辞めさせるのはさすがに無謀だ。
「少しずつ、俺色に塗り替えていかないとな」
先代の父から残る目障りな女、それがコーデリアだ。公爵家の出身でもある彼女だけは貴族階級でもあり、官僚からも非常に人気がある。
官僚たちは好き勝手に金を無駄遣いするディルダを嫌ってさえいる。だがコーデリアを排除すれば官僚どもも動かしやすくなるだろう、とディルダは考えていた。
メルダは猫撫で声を出してディルダにせがむ。
「早く妃になりたいです! 何か手はないのですか?」
「コーデリアに落ち度があれば、もっと話は簡単なのだがなぁ」
意地悪い笑みをディルダが浮かべる。竪琴を撫でる手が邪悪な音を立てる。
「私にできることは……? なんでもやりますわよ」
「ほう、そんなに妃になりたいのか」
「もちろんです! だって、あの……あの女! あたしに恥をかかせて!」
メルダの目は見開かれ、血走っていた。
「その屈辱を晴らすためなら……あたし!」
「お前の領地は……確かヴォルデのちょっと北だったか?」
「ええ、東部と北部の間にありますわ」
「じゃあ、手の者はいるんだな」
「もちろんですわ。家族は勉学に専念しろとかうるさいですけれど。あたしに期待してくれる人もたくさんいますから」
「なら、役目はあるぞ」
ディルダが広間の配下に目を向ける。ここにいるのはディルダが選んだ部下だけで、コーデリアやオルドスの息はかかっていない。
「上手く行けば、貴様を早く妃にできるかもな」
これにて第2章終了です!
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