6 サザンラの丘陵1
ゴンゴンと打ちつけられる鐘の音で、私は飛び起きる。
脇の出窓から外を見れば、首長の竜が鐘に頭を打ちつけていた。鐘の前に列をなしている姿は可愛いけど、並んでいる理由が『頑丈な頭を削るため』と知ってから痛々しい音に変わったんだよね……。
「よし、支度をしよう!」
頬を叩き、意識を切り替えた私は、第三飛竜部隊の隊員に支給される『式典用の制服』を手に取った。青紫色の布地に、花柄の刺繍がなされた真新しい服だ。腰のベルトを通したあと、ぴかぴかの金具を止めたらばっちり。仕舞い込んでいたナイフを腰に挿して、最後に『空模様のケープ』を羽織った。
支度完了! 私が満足気にうなずいたところで、部屋の扉が叩かれた。
「メイカ、そろそろ出発するぞー」
「ファビス! すぐ行く!」
部屋の扉を開いたら、紺色髪の男性が壁に寄りかかっている。ファビスは、いつの日か私の前で瀕死になっていた第三飛竜部隊の隊員。尋問の日から、宿舎でお世話になっている私の面倒を見てくれているんだ。
銀の鎧に身を包んだ彼は、笑顔で頷いた。
「相変わらず、制服の大きさが合っていないな!」
「これで最小のサイズなんだよね……」
「まあ成長に期待ってことで」
ひらひら、左腕を振った彼は、廊下を歩き出した。
――現在、私は人間であることを伏せて、第三飛竜部隊に身を寄せている。
あくまでも監視対象だから、正式な隊員ではないけどね。
制服はソネスさんが用意してくれた。本当は銀の鎧を着たかったんだけど、その場にいた全員から反対され、妥協案として式典用の制服が渡された。
……それも、同席する子供に着せてあげるやつらしい。新品であることを力説されたことを思い出し、苦い顔をする。
「どうかしたか?」
すると、根は紳士的なファビスが声を掛けてきた。歩くスピードを落としてくれる辺り、優しい人なのは分かるのに、飛竜部隊の中では雑に扱われている。有り体にいえば、同僚からの信頼がないみたいだ。
「ううん。ファビスがモテない理由を考えていただけ」
「ぐふっ」
「ファビス?」
「突然、虫に刺されたみたいだ……ごほほ」
浮き島には、人を咳き込ませる虫がいるのかな? と不思議に思いながら、俯いた彼の背を撫でる。タイミング良く、そこに『三人目』の同行者が現れた。
「メイカ、そのトンチンカンに付き合う必要はない」
「ぐはっ」
いつの間にか、鼠色の髪を持った女性……前に宿を紹介してくれたアシャさんが立っていた。お腹を刺されたのか、腹部を抱え込んだファビスは「ちょっと虫刺されが悪化しただけ……」と咳き込む。
それを見つめるアシャさんは、至極呆れたような顔をしていた。
彼女の反応に、ファビスは唇を尖らせる。
「肌が荒れそう」
「日頃の行いが悪いだけだろう」
アシャさんは、鼻を鳴らしたあと「では、今日も向かいましょう」と、城の裏手にある水門を目指した。今から向かう場所は、自然の竜が生息する地帯。都の西に位置する『サザンラの丘陵』という緩やかな丘だ。
サザンラの丘陵に通うことは大事なお役目なんだよね。
私は、ロノザ様から「竜の生態系を知るように」と仰せつかっている。その同行者として選ばれたのが、前を歩く二人だ。アシャさんは索敵に長けていて、危険を避ける形で動けるだろうって言われた。ファビスは……ロノザ様によると竜に詳しい鎧らしい。
「メイカ、あそこに見える竜なんだけど」
「はい!」
「シュランドに最も多いガログ竜だね。前に少し話したけど、今の時期は、草原を群れで爆走しているから単体で見るのは珍しい」
「ほほーん……」
内心でドキリとしながら、ファビスの話を聞く。
探索者の二人が、この時期の草原に近づくような馬鹿はいない――と言っていた意味が分かったからだ。アシャさんとファビスは、私の焦りに気づかず「保護する予定は」「そうだな……竜舎の空きは?」「冬の竜が帰ったから空いている」なんて専門的な会話をしている。
「保護もしているの?」
「はい。竜にはナワバリがあるので、それに合わせて手を出す場合も」
「ナワバリが変わる?」
「そう、ですね……」
「時期ごとに変わる竜も多いよ。例えば、ガログ竜の大移動。あの子たちは、初夏の前にはシュランドを出ている。暑いのが嫌いなんだ」
「それで保護する必要があるんだ……」
納得した私に、ファビスは「はぐれたのか、追い出されたのか確認してからになるけどね」と言いながら、片膝をついた。地面に片方しかない手を這わせると、彼のつけていた花の腕輪から、ちんまりとした竜が出てきた。
「愛しいテュフォン竜。あの子とお話してきてあげて」
『フュレレッ』
タッタと地を蹴った竜は、ひらりと尾を揺らしながらガログ竜に近づいた。テュフォン竜はファビスが相棒にしている極小型竜。普段は花に紛れている習性と、笛のような鳴き声が可愛いっていうのは、ファビスの教え。
「ねえ見て、僕の恋人。小さくて可愛いでしょ」
うっそりとした表情でテュフォン竜を見下ろした彼は、何故だろう。どこか変態じみている。それぐらいじゃないと博士になれないのかな? と思っていたら、アシャさんから「あれは手本になりませんので」と苦々しい顔をされた。
全員が全員このような様子ではないらしい。
そうと聞いて安心した私は、無事に交流できたらしいテュフォン竜を見て、頬を緩めた。小さくて可愛い竜であることは、確かに間違いなかったから。




