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青空の冠  作者: 蛸屋 匿
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5 空色のクレヨン

 私の両親は、ずっと昔に死んでしまった。


 正確に言うと行方不明になった。面倒を見てくれている叔母さんは「芽郁花を捨てたわけではない」と最後まで探してくれたけど、見つからなかった。


 父さんは、漁港町のまとめ役である空田家の長男だった。母さんの家族は……遠い場所にいると聞いていた。

 勝ち気な母さんは、いつも笑っていて、その豪快な笑顔が大好きだった。

 父さんは臆病なところがあったけど、料理がすごく上手だった。

 休みの日は、庭に椅子を置いて漁港町を見下ろした。足をバタつかせると、意外にも母さんが怒るんだ。


 その日は……いつもと変わりない朝。母さんは豪快に笑って「お仕事に行ってくるわね」と家を後にした。その背を見ていた父さんは、どこかソワソワしていた気がする。

 テレビのニュースキャスターが『台風一号』の到来を知らせていた。それを聞いて、父さんが泣き出したのを覚えている。

 その後のことは、あまり覚えていない。でも、気づけば、叔母さんが隣で怒っていた。昼寝をしているうちに、父さんが消えちゃったんだって。叔母さんは、父さんからの『連絡』で嵐の中、駆けつけてくれたらしい。


 叔母さんは最後まで「芽郁花は捨てられていないわ」と言い続けてくれた。そのときは帰ってくると信じていたけど。結局、見つかることはなかった。


 両親がいないから、学校では浮いていたし。議員の叔母さんは、中学に上がるのと同時に家を出ていったし。


 ウォロラに飛ばされたのは、必然だったのかもしれない。ウォロラの人は、ひとりぼっちの私に沢山の優しさをくれた。実際、最初に出会った二人のお陰で、私は悲観せずにいられたんだし!


    ✶


 ちらり……足を組んだロノザ様を見上げる。

 つい、話し込んでしまったことに照れていると、ソネスさんから紅茶を差し出された。ほんのり桃の香りがする紅茶は、どこかで飲んだことがある気がする。最初の二人と一緒に飲んだのかな?


「その……不幸自慢をするつもりは、なかったんです」


 頬をポリポリと掻いたら、ロノザ様は「そのような話、自慢にもならん」と鼻を鳴らした。浮き島の人からしたら、そうなのかもしれない。肩を落として落ち込んだら、ソネスさんが焼き菓子を差し出してくれた。

 口に運んだ焼き菓子は、宝石のような赤いジャムが乗っている。

 それはもう、柔らかくて美味しかった。


「私、将来はソネスさんみたいな優しい女性になりたいなぁ〜」


 その言葉に、ロノザ様はぎょっとした。轢かれたカエルを見るような目を向けないでほしいと思う。


「貴様が脅威にならないことなど、最初から分かっている」

「ふんふん……」

「そんなことより、地上の話を誰かにしたか?」


 ごくん。焼き菓子を飲み込んだ私は、あまり話していない旨を伝える。探索者の二人も、深くは聞いてこなかったし。洗いざらい――と言われた通り、私は全てのことを詳細に話した。

 それが終わった頃には日が暮れそうで、宿に戻らなければいけないことを思い出した私は「宿屋のこと忘れてた!」と慌てた。

 そんな私を見て、ロノザ様は角張った指を顎に添える。


「それの泊まっていた宿は、隊員の家族が運営している場所だったか」

「そう……ですね」


 言うんですか? とでも言いたげな顔が、ありありと出ているソネスさん。不審そうな二人から察するに、最初から『監視』されていたのだろう。


「なんだ……最初から目をつけられていたんだ」

「はあ、鋭いのか鈍いのか分からんな」

「メイカさんのお泊りになられた宿には、すでに伝達が入っているでしょう。目まぐるしくて申し訳ないのですが……今日は宿舎の空き部屋を紹介します」


 拒否権は無いようなものだった。コクコクと頷いた私は、ロノザ様の私室(出るときになって知った)から、空き部屋までソネスさんに案内してもらう。


「ときにメイカさん」

「はいっ」

「小人族の伝承を知っていますか?」


 襟足の長い薄茶色の髪が揺れるのを見つめること少し、彼女は雑談を振るような形で聞いてきた。そういえば、探索者のショウさんは私が小人であると信じ切っていたような。

 肯定したところで、私は「あれ」と首をかしげる。

 浮き島の人は度々『伝承』という言葉を口にするけど、そこに出てくるのは小人だったり、人間だったり。ぶれている気がする。


「あれは、三百年前の領主様が流した戯言であるそうです」

「ふうん……?」

「領主様は、旦那様のことを『小人のように可愛い』と褒めちぎっていて、それが尾ひれをつけて小人族という伝承に至ったのですが」


 彼女は息を吐き出すと、ひとつ指を立てて言った。


「その旦那様は、地上から来た人間だったそうですよ」

「そ、そうなんだ……?」


 私の困惑したような反応に、ソネスさんは「伝承という名の歴史ですよ」と眉を下げる。私の理解が及ばなかったと思ったのだろう。その後は、今のウォロラについて聞かせてくれた。


 ――よかった、上手く誤魔化せているみたい。


 自然と、胸元を握りしめていた手を解く。本当はすごく動揺していた。何故かといえば、ソネスさんが口にした伝承の内容が、思い出にある両親の会話とそっくりだったから。

 昔の記憶は、考えるだけでシクシクする。

 夏の匂い。ぽつぽつと浮かんだ雲。海を見下ろせる丘。桃のジュースと、紅茶の香り。そういった記憶に蓋をすると、胸のざわざわは落ち着いた。

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