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青空の冠  作者: 蛸屋 匿
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3 宿探し

 往来する人が減ってきた頃、私は、首を擦りながら案内板を見上げる。

 現在、私は宿を探そうと四苦八苦しているところ。しかし、城を南として北方面に広がった地図は分かりづらくて、首をかしげる。


「ええっと、ここが現在地なら……西がこっちで……」

「宿を探しているのか?」


 唸り声をあげていたら、声をかけられた。気配を感じ、見上げれば白髪の男が自分に覆いかぶさる形で案内板を見ていた。


「うひゃあっ」

「……安全性を求めるようなら、領主の城に近いほうがいい。その分、宿泊料は高くなっていくが」


 叫んだ私が案内板に張り付いても、男は動じなかった。白い睫毛に縁取られた翡翠の目は、こちらを一瞥するだけで……彼は、その細く角張った手で私の頭すれすれを指さした。


「懐が心もとないというのなら、東の大通りでもいいな。北はやめておけ、なりぞこないが多い」

「うぐ……貴方は誰ですか」

「誰だって構わない。文字は読めるのか?」


 言われて、私は首を振った。

 男は眉を寄せると、装飾をまとった腕を上げる。シャラリ、その音が鳴っただけで人が現れた。薄茶色の髪を襟足まで伸ばした女性だ。


「たい、ロノザ様。どうかなさいましたか」

「これが迷子だと訴えかけてきた」

「……そうなのですね?」


 彼女は疑うような目を、白髪の男に向けた。真っ先に疑われる辺り、常習犯なのかもしれない。しかし、迷子と言われて腑に落ちてしまった私は、その言葉を否定せず「宿屋を探しているんです」と、男の隙間から彼女を見上げた。


「なるほど」

「この際だ、これの宿も探してやれ」

「では、連れて行く者を手配します……それと、殿方は、そう女性に近づくものではありません」


 頭に手をやった彼女は、男の行動に目くじらを立てた。少なくとも敵ではないと分かって、強張っていた体から力が抜ける。未だ、私の背後に立っていた白髪の男は「これは子供だろう?」と首をかしげたが、彼女に睨まれたことで距離を置いてくれた。


「ありがとうございます……」

「いえ、主が失礼しました。よければ、お名前を伺っても?」

「芽郁花って言います」


 ぺこりとお辞儀をすれば、女性は胸元のプレートを見せてくれた。白銀の縁取られたそれは、別れた二人組が持っていたものよりも輝いている。


「第三飛竜部隊、副隊長のソネスです」

「ソネスさん」


 よく分からないが、凄そうな肩書きに目を瞬いたところで、ソネスさんが呼んでくれた人がやってきた。

 その人は名乗らなかったけど、ソネスさんと同じような鎧を纏っていたから、彼女も『第三飛竜部隊』というものに所属しているのかもしれない。


「色々とありがとうございます」

「所持金は……1790ソカ。これぐらいありましたら、城にほど近い宿屋を紹介できます」

「じゃあ、そこでお願いします」


 ソネスさんたちと別れた私は、前を歩いている女性を見やる。この人は鼠色の髪を後ろで縛っている。

 格好は、銀色の全身を覆うような鎧と特徴的な水色の飾り。ソネスさんより装飾の少ない服は、もしかしたら階級を表しているのかもしれない。

 程なくして、紹介された宿屋に着いた。裏手から入らせてもらい、そのまま客室へ連れて行かれる。


「お疲れでしょう、代金は私の方で支払っておきます」

「……ありがとうございます」


 少し、お金のことなのでためらったが、彼女の言葉に甘えた。空模様のケープを外して、寝台の上に寝っ転がる。鉄のフレームで作られた寝台。マットレスは少し固め。

 ――外泊をしているみたい。

 窓の外から差し込む月明かりを眺めて少し、私は眠りに落ちていた。


    ✶


 思っていたよりも冷たい空気の朝。

 コンコン、とノックの音が聞こえてくる。


「メイカさん、おはようございます」


 ケープを羽織った私は、寝ぼけ目で扉に近づいた。

 開いた扉から見えたのは銀色の鎧。それが、料理用のお玉に見えた私は「叔母さん?」と声を掛ける。

 ピシリ……音が聞こえるぐらい大げさに揺れた、ピカピカのお玉。

 ようやく目が覚めた私は「そのような歳に見えるのですか」と落ち込んだ女性を前に、慌てて謝った。


「ごめんなさい、地元の叔母が、お玉を持っている光景を思い出して……」

「アンダマリの鱗で作った鎧を、その辺のお玉と同列に見るなんて」


「将来は大物になりそうですね」と笑ったのは、鼠色の髪を持った女性。早朝に名乗ってくれた彼女は、アシャさんと言うらしい。


 一階に降りると、食堂が見える。夕飯を食べなかったことを思い出した途端、お腹が空いてきた私は、アシャさんと朝食を食べることにした。

 出されたのはカリカリに焼かれたベーコンと、青々しいレタス。両面を焼いた目玉焼きは初めて食べるけど、外はパリパリ、中はとろとろで美味しい。


「おいひー!」

「喜んでもらえたようで何よりです」


 笑ったアシャさんはサラダを頬張った。その上品な姿に見惚れる。美人さんは行儀も良いらしい。食後のデザートが運ばれてきた頃……目の前の彼女は、くっと背筋を伸ばした。

 ――大事な話をするのかな?

 真剣な顔を作った私は、口の中の焼き菓子を飲み込む。


「まず、メイカさんの経緯を聞いてもよろしいでしょうか?」


 頷いたあと、私は探索者の二人と出会ったところから話し始めた。風に飛ばされてきたことは話さないほうがいいと思ったから、目覚めてからの話をする。

 二人の話をするのは楽しい。そんな気持ちが伝わったのか、アシャさんは笑顔で聞いてくれた。しかし、日が暮れるのと同時に別れた――そう話した瞬間、表情が固まった。


「なんて、無責任なことを」

「二人にも事情があったと思うから……」

「そう、ですね。いえ、失礼しました」


 眉を下げたアシャさんは、今後の予定を聞いてきた。そういえば「都に着けばやることが見つかるかも!」と思っていたのに、何も決まっていない。落ち込んだ私は、桃のジュースを口に含んだ。


「とりあえずは、都を歩くつもりです」

「そうですか……最近の都は騒々しいものです。どうか、気をつけるように」


 怖い顔をしたアシャさんの言葉に、ブンブンと頷いた瞬間。宿屋の窓にバンッと鳥のような生き物がぶつかった。


「えええっ!?」

「伝書用のノコ竜ですね」

「怪我はないかな」

「いつものことですので」


 彼女が窓を開けると、白色の竜が礼儀よく入ってきた。首から下げている書簡をアシャさんが手に取る。その顔はどんどん険しくなり……彼女は大きな溜め息をもらした。


「すみません、召集されてしまい……」


 今から宿を出ることになったそうだ。悔しそうだったけど、宿を教えてもらえただけでも僥倖。私は、後ろ髪ひかれる思いのアシャさんを見送ることにした。白髪の男性について聞くことはしなかった。藪を突くような趣味はないし……払ってくれた宿代は、口止め料と思っておくことにする。


「お世話になりました」

「いえ、私どもは世話のひとつもできませんでした」


「探索者たちの方が、まだ世話をしてくれていたでしょう」と苦笑いをこぼしたアシャさんは、一礼をすると人混みの中に消えていった。




 さて……と道端で伸びをした私は、朝の都を散策することにした。


 シュランドの都は、どこに行っても煉瓦の赤色が続いている。

 条例がそうさせているのかもしれない。都の中を流れる湖水は、純度が高くて透き通っていた。

 背の高い橋から見下ろしたら、銀の鱗がきれいな魚が泳いでいる。


「わあ、魚まで綺麗なんだ……」

「それも竜だよ、嬢ちゃん」


 背後から指摘され、目を瞬く。荷物を持った男性が言った通り、その生き物には角があった。しげしげ、と見つめていたら男性は歩き去っていく。都には気さくな人が多いみたいだ。


「なら、情報でも集めてみようかな」


 私は、純粋な子供のふりをして聞き回ることにした。

 住民によると、都には領主がいるらしい。

 この南の地には守り神がいるけれど、それとは別に『民の暮らし』を守る存在もいる。それが領主であるそう。


「領主様は、守り神が選ぶのよお」

「へえ」


 果物を売っていた恰幅のいい女性は、領主と守り神の関係を教えてくれた。領主というのはお役目のことで、守り神は領主のことを『主人』と呼ぶらしい。鎧と竜の契約を交わすことで、土地を守っているとか。

 説明されてもチンプンカンプンだった私は、にへらっと笑った。

 私と果物屋さんの話に、隣で串焼きを売っていた男性は肩を竦める。


「最近の領主城は、主人を決めてほしいがため躍起になってるな」

「主人は決まってないの?」

「東と西の守り神は、選定された主人がいるが……」

「うちの守り神はワガママだったのよねえ」


 言葉を濁した男性に変わって、女性が言った。つまり、今の都には領主がいないのかな? 二人は顔を見合わせると、控えめに頷いた。それ以上のことは……子供に教えることじゃない、と口を閉ざされる。

 白桃と二本の串焼きを買った私は、また都を歩き出した。

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