2 都を目指して
シュランドの都は、山岳を越えた先の湖上にあるらしい。
「この山を登るの?」
「迂回ルートもあるが……」
「砕け鎧が多いから、おすすめしなーい」
背筋を伸ばしたリンさんは、ベッと舌を出した。
砕け鎧というのは、都や町から追い出された『鎧』のことをさす俗称だって、二人は顔をしかめた。
あまり良い存在ではないらしい。ウォロラに住んでいる人は全員が鎧であり、私のような『人間』は伝承の中にしかいないそうだ。
「鎧っていうのは、こういう体のこと――」言いながら、ショウさんは腰に挿していたナイフを手のひらに向かって振り下ろした。
「ぎ、ぎえええっ」
「鎧族だから、大丈夫だって」
ナイフが触れた瞬間、山々にキンッと甲高い金属音が鳴り響いた。泣きそうな私に対して、ショウさんはケラケラと笑っている。
恐怖に固まっていた私は、彼の右手に傷がないことを……突いて確認した。少しだけ金属の擦れたような跡があったけど、それも「しゅうう」と、音を立てながら消える。
「ほらね、大丈夫だった」
「すごい……」
傷ひとつなくなったことに驚いていると、山の尾根に立ったリンさんがこちらを見下ろしてくる。ショウさんに手を引かれ、山を登りきれば……目と鼻の先に、赤煉瓦の街に囲まれた湖上の城が広がっていた。
「これが都よ。シュランドを治める、南の守り神による結界が見える?」
「えっと……」
「そんな情報を詰め込んでも分からないだろ」
ショウさんは呆れ返っていたけど、目を凝らせば、水面のように揺らぐものが見える。触りたくなって、手を伸ばしたら二人に笑われた。触れられるようなものではないらしい。
「南の守り神ってのは?」
「ウォロラには、三体の守り神がいるんだよ」
「名前のある竜のことね」
「この地を治めているのは、南の守り神である飛竜。名前を呼んでいいのは主人だけで……ううん、ややこしいことは無し! 都を散策しよう」
ひとり納得したショウさんは、大手を振って都の門を潜った。その背をついて行くリンさんの「説明が出来ないだけでしょ」という辛口は、聞かなかったことにしたらしい。
都の入り口は、城門と水門がひとつになっている。二人は銀のプレートを門兵に見せて、その上で硬貨のようなものを渡した。他の人が渡すものより白く輝いていたのは、見間違いだろうか。疑問に思いながらも都の中を歩く。
「表通りは人が多い。路地は人が少ないけど、砕け鎧もいて危険だから、近づかないように」
「砕け鎧って都の中にもいるの?」
「いる」
「厳密には一歩手前の存在ね。指名手配されたら、完全に――」
シュッと首を切る動作に、私は震え上がる。
「はじめて出会ったのが砕け鎧じゃなくてよかった……」そう安堵すれば、この時期の草原に近づく馬鹿は、砕ける砕けない以前にいないと叱られた。私は、本当に運が良かったようだ。
「ありがとうございます……」
「いーえ」
にかっと笑ったリンさんは、ある雑貨店の前で足を止める。
しげしげ、と見つめているのは白い外套のようだ。内側は薄青の布地で、青空を思わせるデザインは可愛らしい。
でも、リンさんがそういう物を好むタイプとは思わなかった……そう驚いたのは私だけではないようで、ショウさんは顎を擦る。
「お洒落するなんて、リンにしては珍しい」
「一言どころか、ぜんぶ余計ね」
顔をしかめたリンさんは、私のことを横目に見てくる。ショウさんは、幼馴染と言うだけあって察しがついたらしい。よく分かっていない私と、その両脇を固めた二人は、足並み揃えて雑貨店に入った。
「メイカ、そこら辺の品でも見ておいて」
「店から出るんじゃないぞ」
言われた通り、店の商品に目を向ける。
どんな商品にも木製の値札がついている。言葉は通じたから、文字も……なんて淡い期待を浮かべたけど、ミミズが這ったような文字は難解。がっくり、肩を落としたところで「メイカ、どうかしたか?」と声が掛かった。
「私、文字が読めないみたいで……」
「……俺も読めないぞ」
「え?」
「ああ」
神妙な顔で頷かれると、何も言えなかった。ショウさんの前で文字の話題を出すのはやめよう、そう考えつつ、後からやってきたリンさんを見やる。彼女の手には例の外套があって……。
「空模様のケープよ」
「すごい、リンさんに似合いそうですね」
「はあ? 何言ってるの。あんたの分に決まってるじゃない」
「えええ――――!?」
驚いた私に、リンさんは「あたしの趣味じゃないわ」と髪を揺らした。店員さんの前で言うことじゃないのでは……? と様子を伺えば、ホクホクとした顔で頷いているのが見えた。ご購入、という言葉が脳裏に浮かぶ。
「リンさん、それ高かったんじゃ」
「探索者の収入を嘗めないことね!」
「やっぱり高い……」
「まあまあ、珍しくリンが気を利かせてるんだから」
「相ッ変わらず、余計なことしか言わない口なんだから」
ツンと澄ましたリンさんから、空模様のケープを受け取る。手触りの良い布地には、モコモコの綿が縁取るようについている。
使うのがもったいない……そう考えていたら、リンさんに「汚れても、すぐ落ちるから気にしないことね」と言われた。まるで考えを読んでいるようだった。
「本当に、ありがとうございます……」
「シードラ竜がお世話になったお礼よ」
お世話になったのは私の方なのに? そう思っていると、ショウさんが頬を掻いた。
「まあ、メイカの変わった姿は目立つし、羽織っておいて損はない」
「あ、やっぱり変なんだ……」
「ああもう! 女心の分からないやつ!」
リンさんが怒ったところで、店員さんの方から「コホン」と咳払いが聞こえてきた。他にお客さんはいないけど、暴れるのはよろしくない。私は慌てて、手にしていたケープを羽織ってみせる。
「ど、どうでしょうか……」
「……かわいいな」
「見立てはバッチリね」
「お似合いでございます」
店員さんにまで褒められて、顔がすごく熱くなった。いたたまれなくなり、二人の手を引いて店を出る。ちゃんとお礼は言ったから、許されてほしい。
「もう、照れちゃって」
「照れるよ……こんな素敵なものに、似合うか心配だし」
「ちゃんと似合ってるって言ったじゃない。その焦茶色っぽい黒髪とも相性ばっちりよ!」
そう褒められて、嬉しくない人はいないと思う……!
はにかんだ私は「ちゃんとお礼がしたいです」と握りこぶしを作った。何か出来ることは、と言い募れば、目的地まで食べ歩きをしようと提案される。
腑には落ちなかったけど、頼まれたことだから! 張り切って都を歩いた。二人が目指しているのは『たてがみ組合』という探索者のための場所。そこには屈強な探索者がたくさんいるらしい。
「はい、メイカの分」
渡された桃のジュースを飲んだ。甘酸っぱい味に、とろりとした口触りはとても美味しい。なんだか、ただもてなされているだけな気がしたけど……気にしないことにする。
道中では、都のどこに何があるのか、どこが危険なのかも教えてもらった。大体の店は表通りにあるし、大体の場所は兵士が歩いているから、大声を出せば危険も少ないそう。
「メイカ、大声は出せるか」
「え、シャウトには自信があります」
「よく分からないけど、それでいいわ」
そんなこんなで、たてがみ組合に辿り着いた。巨木をくり抜くようにして作られた建物は、人の出入りが激しい。
「メイカとはここでお別れ」
「道中、楽しかったよ」
二人は寂しそうな顔で口にした。もう、別れのときが来てしまったらしい。長いようで短い、二人との時間を思い出していたら、リンさんは硬貨の入った革製の袋を、ショウさんは道中で使っていたナイフを渡してきた。
なんだかんだ、二人は別れを惜しんでくれたのだろうか。
「本当は面倒を見たいぐらいだ」
「……ごめんね。あたしたちが立て込んでるせいで、宿の紹介もできなくて」
「そんな! 気持ちだけでも嬉しいのに……」
二人にとっては罪滅ぼしだったのかもしれない。でも、私は楽しかったから。精一杯の笑顔で二人を見上げた。危険もある世界だから、渡されたものは受け取っておいて――そんな、願いのような言葉さえ優しさにあふれていた。
「重ね重ね、ありがとうございました」
「頑張って生きるのよ」
「それじゃ」
背を向けた二人が見えなくなるまで、私は手を振り続けた。
革袋とナイフは、ケープの内側に仕舞う。それから、暗くなりはじめる都を歩き出した。ここにきて寂しくなるなんて、思わなかった。
知らない世界に浮かれることができたのは、二人がいたから。
そうと思い知らされ、胸がシクシクと傷んだ。




